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いろはにほへと  作者: 月山 未来
秋分―立冬の章
14/30

明かされる過去~壱~

「相変わらず外さないな、あいつは……」

「全くだ。天才じゃないのか」

 少しざわついた周囲を気にすることも無く、大介はその場で弓矢を片付け始めた。

 ――こんなのいつものことだ。

 大介としては的の真ん中に矢を命中させることなど、難しい内に入らない。

 弓矢を片付け終わると、大介は自分の部屋に向かって歩き出した。

「おいおい大介。置いてくなんてひどくないか?」

 と言って大介を追いかけてきたのは秀広である。

「別に置いてきた訳じゃない。的に命中させた奴から訓練切り上げろって言われただろ」

「そうだけどよー」

 まぁとりあえずお疲れ、とお互いの肩を叩き合うのもいつもの光景だ。

 大介に色々と不満をこぼす秀広だが、結局こいつも実力は自分より上だと大介は思っている。

「さすが優等生は違うなー。一発で真ん中に命中とは」

「そういうお前だってそうだろ」

 そう言ってまた足早に歩き出す。しかし、秀広は大介の歩調に合わせてついてきた。

「……お前待たなくていいのか」

「は? 誰を」

「真次に決まってんだろ」

 秀広はめんどくさそうな顔をした。

「なんで待たないといけないんだよ」

「なんでってなぁ……まだ訓練始めたばっかの弟……」

「分かった分かった」

 大介の言葉を途中でぶった切った秀広は、仕方なくといった様子で踵を返した。

 秀広の弟は秀広と五歳離れている。まだ訓練も始めたばかりで、動きもどこかぎこちない。この都のしきたりにも慣れていないので、大介と秀広は交代で世話係を任されている。

「違う! 全然当たってない!」

 秀広の声が聞こえてきて思わず振り返る。

「兄さん、もうちょっと優しく……」

「お前に優しくしたって甘ったれるだけだろ!」

「でも……」

「いいから早くしろ! じゃないといつまで経っても終わらない!」

 秀広、もっと弟大切にしろよ。


                  *


 そんなある日のことだった。

 ガラッ。

「おい! 起きろ!」

「あ~? どうしたんだよ……」

 明らかに眠そうな声で返事をしたのは大介の隣で寝ていた秀広だ。

「いいから早く来い! 今……紺氏が攻めてきてんだよっ!」

「嘘だろ!?」

 飛び起きた秀広に続き、次々とみんなが起きてくる。もちろん大介も飛び起きた。


 急いで集まると確かに外は騒がしかった。

「おい、大介と秀広。お前らは二人で攻撃にまわってくれ」

「どうして二人だけなんですか」

 聞いたのは大介である。

 秀広は優しくお人好しだ。しかしその性格と正反対の大介にとって、秀広と組むのは少し気が引けた。

「お前ら以外に誰がいるっていうんだ。命中率、馬鹿みたいに高いくせに」

 まぁ仕方ない、と大介はため息をついた。これも紅氏のためだ。


「まだなのか!?」

 いらついているのは父――義徳よしのりだ。

「申し訳ありません。向こうが予想以上に気付くのが早く……」

「もういい! とにかくなるべく早くしろ!」

 そう言って不機嫌そうに黙った。

 風花は義徳の死角になるところから様子を窺っていた。――ばれたら怒られるどころでは。

「……風花?」

 びくっと肩が跳ねた。風花の名前を呼んだのは、

「お母様……」

「どうしてここにいるの! 部屋から出ないでって言ったでしょう!?」

「どうした」

 義徳がこっちを向いた瞬間、その顔が歪んだ。

「……お前、どうしているんだ」

 風花の顔を見ながら聞く。

「ち、違うの。だって……」

「今すぐ戻れ!」

 義徳の怒鳴り声が返ってくる。母も風花の背中を押し、「いい子だから戻って」と囁く。

 ――いい子なんかじゃないもん。

 風花が数歩動いたその時。

「……なんでだ」

「え?」

「なんでこの私があいつの父親にならなければならない」

「なんでって……」

 義徳と母が話す声が聞こえる。おそらく義徳は風花がもう行ったものだと思ったのだろう。

「大体お前が拾ってきたりしなければ……」

「やめて下さい、聞こえたらどうするんですか。……あの子だって辛いのよ、両親が小さい頃に亡くなって」

 ――え?

「だからといって……うちで引き取る理由もないだろう!」

「……声が大きいです」

 つまり、つまりあたしは。

「風花は……私達のこと本当の親だと思ってるのよ。両親が亡くなったのはあの子小さすぎて覚えてないだろうし。あの子の記憶の中では私達が肉親なのよ」

「そんなことは分かっている。だがどうしてうちなんだ」

「……何度も言わせないで下さい。あなたと健介けんすけさんは仲が良かったでしょう。健介さんはあなたのこと信頼して……」

「そんな信頼いるか」

 あたしは……あたしは養子――?

 ずっと、ずっと本当の親だと思っていた。優しい母と厳しい父。父に関しては冷たすぎる時もあったが、風花が養子とすればそれも納得がいく。――でも。

 風花は自分でも気付かないうちにその場から離れていた。

 ――養子? 違う、そんなんじゃ。そんなの嫌だ。認めたくない。

「風花様?」

 警備の人に見つかって思わず振り返った。……今は誰かにすがりたい。

 潤んだ目を手で拭きながら足を止めた。しかし、その人は風花が求めている反応をしてくれなかった。

「風花様! なぜここにおられるのですか!」

「嫌っ! 離して!」

 掴まれた腕を振り払おうとするが、さすがに大人相手では無理だ。

「どうした」

 案の定、義徳に見つかった。そのまま引きずられるように連れて行かれる。

 ――もうだめだ。

「……なんでしょ」

「は?」

「あたしはっ……養子なんでしょ!」

 自分でもびっくりした。自分の口から養子なんて言葉が出てくる日が来るなんて――

「ねぇ、そうなんでしょ!? さっき話してたじゃない!」

 義徳は一向に口を開かず、前を向いていた。

「答えてよっ! そんなの隠されたってうれしくない! あんた達は気遣ってるつもりかもしれないけどあたしからしたら大迷惑よ!」

 言っている途中から次々と涙がこぼれ落ちる。

 ――こんな涙、拭く価値も無い。

「裏切り者! 何よっ、なんのつもりで肉親のふり? 小さすぎて覚えてないから? だからいいの? あたしの記憶の中で一生あんた達が肉親だなんてふざけんなっ!」

「黙れ」

「あたしが気付かなかったらずっと騙すつもりだったの? あんたらそれでも親のつもりかっ!」

 ドンッ。

 自分の足元が不安定になり転んだ。風花の肩を押したのは他の誰でもない。義徳だ。

「好き勝手言いやがって。私が裏切り者だったらお前は恩知らずだ。引き取ってやったのに感謝の一言もないのか」

「誰があんたなんかに引き取ってって頼んだのよ!」

「健介だ」

 言い返しのつもりだったが義徳はそれに答えた。健介というのは全く覚えがない。

「……お前の本当の父親だ。とうの昔に戦で死んだがな」

 健介――……

「……仲が良かったの?」

「さぁ。でもあいつの妻……お前の母親はお前を産んですぐ死んだ。だからだろ、自分が戦で死んだらお前を私に預けると言ってきた」

「……ふぅん」

「お前、ここが嫌だったら行くとこあるのか」

「野宿の方がここよりましよ」

 精一杯、義徳を睨んだ。しかし義徳は目を逸らして言った。

「……行くとこないんならここで情報屋として働いたらどうだ」

「あんたに仕えるなんてまっぴらごめんだわ」

「……ふん、随分生意気になったもんだな」

「お褒め頂き光栄」

 皮肉を返して風花はその場を後にした。


                  *


「ちっ、くそ……全然当たらないな」

「こっちもだ」

 大介と秀広は攻撃を続けていた。しかし、さすがの二人でもこの状態は撃ちにくい。

「おい、二人とも」

「はい」

「裏に回ってくれるか。もう正面からじゃ無理だ」

「分かりました」

 足早に裏門へ回る。まだここまでは敵も来ていないようだ。

「どうする?」

 その一言で通じたらしく、秀広は答えた。

「……とりあえず後ろから行くしかないだろ」

「あぁ、そうだな」

 敵の背後に回り込み、弓を構えた。そして手を放そうとしたその時、

「いたぞ!」

 その声は紺氏のものだった。後ろを振り向くと敵が走って近づいてきている。

「……走るぞ!」

 大介は秀広に叫びそのまま走り出した。


「はぁ、はぁっはぁっ……」

 息が上がり、耐えきれずにその場に倒れこんだ。

「……くそっ」

 逃げた先は向かうべき方向と正反対で、戻るだけでも気が遠かった。

「大介。……どうする?」

 今度は秀広が聞いた。

 ここからだと戻ってもまた見つかる可能性が高い。

「……大介?」

 秀広はその場を立った大介を不思議そうに眺めた。

「ここからだったら……紺氏の都の方が近いんじゃないのか」

「……そ、それは」

 大介はにやりと笑った。

「奇襲ってのも悪くないだろ」

                       

「真次! 早くしろ!」

 真次は怒られて思わず首をすくめた。また怒鳴られると困るので歩く速さを上げる。

 しかし、十二歳の真次にとって重い弓矢を持ちながら大人についていくのは重労働だった。

「……あの、兄さんはどこへ」

 真次が気になっていたことを聞くと、そこにいた一人の先輩が口を開いた。

「あぁ……秀広なら大介と一緒に……」

「――おいっお前、秀広と大介見なかったか!?」

「え、いや……見てないけど……」

 真次の前で大人二人の会話が繰り広げられる。

「今そこら辺にいる奴らに聞いたら……あの二人、裏に回ったっきり帰ってこないんだ」

 確かに今は敵の攻撃もいったん弱まった。そろそろ状況報告で戻ってきてもいい頃合いだ。

「……まさか……」

 殺されたなんてことは、というところは声にならなかった。しかし、真次の言いたいことはみんな察したようだった。


                  *


「……こういうのは想像してたのか?」

「いや、してなかった……全く」

 というのは目の前の紺氏の都のことだ。予想以上に警備が多すぎる次第である。

「なんでだ? ここの警備よりも戦いの方が大事だろ?」

 もちろんそれは大介も思っていたので返す言葉が無い。

「気が狂ったんじゃないのか、義徳あいつ……」

 そうとしか考えられないが、そうだったら逆に困る。

「この大人数に二人は無理だろ」

「諦めんのか?」

「仕方ないだろ、この状況で……」

 すると秀広はため息をついた。

「――お前はいつもそうだな」

 それは唐突だった。唐突すぎて理解するのに少し時間がかかった。

「……なんだよ、いきなり」

 大介はやっとそれだけ言った。

「自分に少しでも不利な部分があればすぐ逃げ出すだろ」

「逃げてるんじゃない。他の可能性を捜してんだよ」

 思わず言い訳のようなものが出てしまう。

「そんなのやってから言えよ!」

 秀広はその言い訳を容赦なく刺してくる。

「ただ闇雲にぶつかってるだけのお前が言うな!」

 それが悔しくて言い返した。

「逃げるなやってみないと分からない? ふっ、随分偉いんだなお前は。そんな偽善なんて早いうちに捨てたらどうだ?」

 ずっと胸の奥にしまっていたものを全て投げつけた。

 その眩しいくらいの正義感。自分に無いものを持っている相手への嫉妬。そこからの憎しみ。

 でもそれはいつも――

 自分に返ってくる。

「そこを動くな!」

 二人の空気を切り裂くように聞こえたその声に振り向いた。

 ――しまった。全く周りを見ていなかった。しかも声を荒らげたせいで見つかるなんて馬鹿か。

 腰の刀を抜こうとした瞬間、

「うっ……!?」

 目の前の男はばったりと倒れた。その後ろに立っていたのは――

「こんにちは、お間抜けなお兄さん方」

 青い髪に映える白い肌。まっすぐな瞳はしっかりと二人を見据えていた。

 確かこの子は。

「あれ、死んでないよね? ちょっと急所に当たっちゃったかしら」

 そう言って彼女は自分が倒したらしい男を見た。

 ――そうだ、この子は。

「……君、あいつのとこの子だろう?」

 紺氏の中で実力のあった武士、健介。確か健介は八年前に死んだはずだ。妻は誰だっただろうか。

「どうして分かるの」

 ややつっけんどんに彼女は言った。

「分かるさ」

 健介あいつの面影がある。

 完全に大介と風花の二人で話していたので、秀広は理解しきれずに怪訝な顔をしている。

 ――待て、いくら子供とはいえ紺氏の人間だ。何をするか分かったもんじゃない。

「……警戒しなくてもいいわよ。むしろあなた達の味方みたいなもんだし」

「どういうことだ?」

「あたし、もうこんなとこうんざり。だからあなた達に協力してもいいんだけど?」

 まるで試しているような口ぶりだ。

「ここを通るなら強行突破じゃないと無理ね。誰かがおとりになるしか」

 彼女は顔でどうする? と言っている。

「……私が行く」

「大介!」

 待てと言わんばかりに秀広が叫んだ。

「お前正気か!? ここはもういい! 引き返……」

「諦めなきゃいいんだろ」

「え?」

「もう逃げない」

「……大介……」

 秀広のせいか。いつも私が調子を狂わされるのは。だとしたら、少し感謝しなければならない。

「――約束だ、必ず戻ってくる」

 拳を前に突き出した。意地っ張りでまっすぐで正義感だけは強い、その戦友に。

「あぁ、分かってるよ――」

 秀広もまた、大介の拳に自分の拳を突き出す。

「あたしはいても邪魔だろうから情報しかあげられないけど。行くなら頑張ってね?」

 しばらく黙った後、彼女はそう言ってくるりと振り返り歩いて行ってしまった。

 さっきの様子を見れば足手まといになるようなことはしなさそうだが。しかしまぁ歳は十くらいか。堂々としているものだ。

「……じゃあ、行くぞ」

 大介は秀広に言い、その一歩を踏み出した。


                  *


「なんだって!?」

 真次は驚いてその声に振り返った。

「本当かそれは……」

「あぁ、見たって言ってるんだよ。あれは確かに大介と秀広だったって……」

 秀広――兄さんか。真次は自然と表情が険しくなった。

「森の方へ行って戻ってこないってことは……」

 つまり。

「まさかあいつら……紺氏の都に乗り込んだんじゃないだろうな」

「確かに……森からだったらその方が近いか……」

 ガタン!

「おいっ、真次!」

 呼び止められているのは分かったが、自分でも無意識のうちに走り出していた。

 弓矢なんているか。刀で十分だ。

 唯一の家族、秀広。でもその唯一が無くなったら私は――どうする?

 いつもなら頼れる兄の正義感は今となっては真次の不安を大きくあおり、走る速度を加速させるだけだった。

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