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いろはにほへと  作者: 月山 未来
立秋―秋分の章
13/30

信用・平和、後悔

 その日の朝の空気はすごく透き通っていた。

 ――今日でここともお別れか。

 風花は荷物を持ってゆっくり立ち上がった。いつもより大分早く起きたため、まだ誰も起きていなかった。

 カラカラ……

 そのまま誰も起こさないように静かに戸を開ける。

「……四時か……」

 まだみんなが起きてくるには一時間ある。――少しゆっくりしていこうか。

 女だけどなめるな、とみんなに交って走った訓練所。

 星が綺麗だったのもその時は気付かなかったけど、雪継と話した廊下。

 鈴の名前のこと、結局よく分からなかったな。でも中庭もいい思い出。

 そして――

「……雪継……?」

 風花の目の前には確かに雪継がいた。初めてここに来た時、緊張しながら通った門の前に。

「風花!」

 とっさに踵を返して走ろうとした。でもそれは出来なかった。雪継が風花の腕を掴んだのだ。

「……どうして……どうしてここにいるのよ……」

「それはこっちが聞きたいな。風花、その荷物はなんだ」

 雪継は風花の腕を掴んでいる手に力を込めたらしい。全く振りほどけそうになかった。

「……離してよ」

「風花」

「離してよ!」

 お願いだから――

「その前に僕の質問に答えろ。まさかここを出る訳じゃないだろ?」

「……知らない」

「風花!」

「もういいじゃない!」

 お願いだから行かせてよ。

「あたしがここを出ても出なくても……あんたに関係無いでしょ!」

 泣きそうなの。今あなたの顔を見ると……あたしはもう行けなくなっちゃうから。

 やっと消せるかもしれないこの迷いを――また蘇らせないでよ。

 “言わなかったら一生後悔するよ”

「……そうだな、関係無い」

 雪継が風花の腕を離して言った。その言葉が胸に刺さった。自分で言ったくせに。なんで傷ついてんの、あたし。

「風花にとって僕はどうでもいい存在かもしれない。でもな」

 今度は風花の手を取って雪継が続ける。

「僕にとって風花は、この世で一番大切な存在なんだ」

「……雪継」

「風花、僕は君が好きだ。迷惑だと思うけど……これだけは伝えておきたかった」

「……雪継……!」

 思わず雪継に抱きついた。それを突き離すことなく、雪継は受け止めてくれた。

「……雪継……あたしも雪継が好き! 大好き!」

「風花」

 雪継がまっすぐ見てくる。

「もし君がここを出るなら僕も一緒に行く。……でも、まだ早いんじゃないか?」

「……え?」

「君がなんでも抱え込む必要なんて無い。僕達は元々紺氏の人間だ。まずはここで十分信用を得てから出ていくべきだと思う。そうじゃないと、逃げたと思われるだけじゃないか?」

 雪継が言っていることは正しい。……でも――

 “お前はそれだけ……信用されてんだよ”

 信用っていうものはとても恐ろしい。

「大丈夫、君は僕が守る」

 雪継の手が頭にのった。

「……うん」

 ――雪継を信じてみようと思う。


                  *


「え――――――――――――っ!?」

 この声は風花だ。そしてその隣にいる雪継も、驚きというより呆れた顔をしている。

「なんだ、これ」

 雪継が言ったのは、目の前にある料理のことだ。

「ふっふっふーすごいだろー!?」

 私は自慢げに言った。いや、もちろん私が作った訳じゃないんだけど……

「だれがこんなこと……」

「私が頼んだのさ! 今日は風花と雪継の記念日だからねー!」

「お前! 余計なことするな! そしてそんな大声で言うな!」

「別に私が言わなくてもみんなちゃーぁんと知ってるよ?」

「はぁ!?」

 後ろでは秀広さんや領主様がニヤニヤ笑いである。中には「いやー、雪継にも春が来たなぁ!」と、もうすでにお酒の瓶を開けている人もいる訳で。

「お前が言ったのか」

 ギロリと睨んだ雪継の顔は多分、今までで一番怖い。

「いやいや違うよ! 私無罪だから!」

「じゃあなんで知ってんだよ!」

「え、んーと……風花と雪継の微笑ましい光景を領主様が発見してしまってですねー……」

 といいつつ領主様を振り返る。あくまでも私は悪くないという設定で。

「まぁ、そこから気を利かせてこの状態になりましたっ!」

「まぁじゃねぇ! つかなんで敬礼してんだお前は!」

「とっとりあえず座ってよー! せっかくの料理が!」

 雪継は諦めた様子でその場に座った。

「それにしてもよかったねー」

「感情こもってないぞ」

「え、そんなこと無いよー」

 だって前から両想いって知ってたしねー。今さら衝撃も何も無いっつの。

「本当におめでとう! 私もうれしいよ」

「その祝福は素直に受け取っておくよ」

 さらっと返した雪継だが、まだ少し顔が赤かった。

「風花もおめでとう」

「……ありがとう。鈴のおかげで素直になれたよ」

「ちょっと待て、それどういうことだ」

 雪継が突っ込んだところで、私と風花は目を合わせて笑った。


                  *


「はぁーっ、今日はすごかったー」

「でもお前、前から知ってたんじゃないのか」

「そうですよ! 二人から相談受けてたんですってー!」

「お前もそれぐらい信用されてるってことだろ」

 おお? と秀広さんの顔を見る。……珍しく誉めてくれた?

「……なんだ」

「いや、秀広さんに誉められたの初めてかなーと」

「本当のことを言ったまでだ」

 しれっと返されたのが今は素直にうれしい。ようやく認めてもらえたのかこれは!?

 と、ガッツポーズしようとしたその時。

「調子乗るなよ」

 ずこっ。なんてゆーか……これくらいで調子乗るって思われてるのがショックです……

「今までの私を見てましたよね!? 調子乗ったことありますか!?」

「それは調子に乗る暇が無かったからだろが」

 う……確かに。紺氏が攻めてきて忙しかったし、自分が紺氏になったりだったし……

 でもさぁ……実際私、偉くない!?

「せっかく誉めてくれたと思ったのにー」

「なんか文句あんのか」

「い――――――っつも一言余計なんですよっ」

「うるさい能無し」

「って今のは明らかわざとでしょう!?」

 秀広さんは笑いつつ言葉をつなげる。

「まぁ……お前のおかげで今があるんだ。そこは自信持っていいんじゃないのか」

「え?」

「紺氏と紅氏が争うのを止めたのも、この都で平和にあいつらが恋愛できるのも。全部お前が頑張った結果だ」

 私が――?

「……違います」

「え?」

「私が頑張ったんじゃありません。みんなが頑張らせてくれたんです。それに私……自分で何かしようと思ってした訳じゃないし」

 わざとらしく胸を張って言ってみる。

 まあ本当のことだしね。私はなんていうか、みんなの代表者みたいな気分で突き進んでたから。あーでもそう考えると私、ちょっと自己中心的かな。

「でも本当によかった。風花と雪継、あの二人すっごくお似合いだと思うんです」

「ああ、そうだな」

「お互いに相手のこと想い合ってるし。最初に会った頃から仲よさそ……じゃなかった!」

「は?」

「そーいえば……前に私が風花に連れて行かれた時、雪継と言い争ってました」

「……お前連れて行かれたのか」

「え、知らなかったですっけ」

 秀広さんは顔で説明しろ、と言っている。

「えーと。私がいなくなった時、ありましたよね? それは風花に誘拐されたんですよ」

「え」

 そうだったのか、と聞き返されて大きく頷く。

「その時そこに雪継もいて……なんか結構仲悪そうでした」

 だって風花とか思いっ切り舌打ちしてたし。言葉遣いも荒かったし。

「でもどうやってあれからこんな状態になったのか……」

 意味が分からん。ある意味ソンケーします。

「そりあえず一段落って感じですかね、私的には」

「あぁそうだな。お前はな」

「え?」

 どういう意味ですか、と訊こうとしたら秀広さんはスタスタと歩き出してしまった。

「ほら、そろそろ冬眠の時間だぞ。子うさぎ」

「冬眠って……私人間ですから! しかもうさぎなんですか!?」

「可愛い方だろ、うさぎ。まだましだと思え」

 可愛いとか可愛くないとかの問題じゃないってのよ! ……ん? 待て、可愛い?

「秀広さん! 私は可愛いってことでよろしいですかっ」

うさぎ・・・は可愛いけどな」

「うさぎだけですかっ」

 ちぇっ、いいですよーだっ。どぉーせ私、男だもん。

「いいから早く寝ろお前」

「はいはーい今すぐー」

 次うさぎ見たら素直に可愛いって思えなくなるだろが、こんちくしょう。


「雪継もよく説得したもんだな」

 そう言って笑ったのは真次だ。

「説得じゃありませんよ」

 風花は部屋に呼び出されていた。

「雪継が言ったことには一理あるなって思ったし……雪継だから信じてみようかなって」

 “ここで十分信用を得てから出ていくべきだと思う”

「そうか。……まぁおかげでお前もここにいることになったんだしな」

「……雪継が言うんなら仕方ないです」

「お前らの観察もできるしなぁ」

 と真次が冷やかし半分で言った。

「したら殴り倒します」

「嘘だって」

 即座に否定っと。……あたしが黙ってたら本当にするつもりだったな。

「……もう前みたいなあやまちを繰り返さなくて済みます」

「……風花」

「はい」

「お前が過去に失敗したのを後悔しているのは分かる。でも、もうその話はよさないか」

 真次が険しい顔で言い、さらに続けた。

「この都にいるほぼ全員がそれに後悔しているし、思い出したくないと思っているはずだ」


 戸にかける手を止めた。私が入ろうとしているのは領主様の部屋だ。

「……ごめんなさい」

 そして風花の声も聞こえた。……失敗? 後悔?

「悪気が無いのは分かってる。まぁ、私もいつまでも隠し通せるとは思ってない」

「そんなっ……! ばれたらあたし達だって困ります!」

「どうして?」

「どうしてって……この都であのこと知らないのは鈴だけだし……でも」

 私だけ――……?

「っていうことは……ばれたらほぼ全員が一言だけで全て分かるんですよ!?」

「ばれたってどうってことない」

「あなたのことを悪く言う人だっているはずです!」

「仕方ないだろ」

「諦めるんですか!?」

「……私はそれだけのことをしたんだ」

 ……何? これってどういう――

「――鈴。隠れなくてもいいんだぞ」

「え……?」

 心臓が止まるかと思った。

「大丈夫だ。入ってこい」

「えっな、鈴っ……!?」

 風花が慌てる。……だって向こうから私の姿見えてないよね……?

 カラカラ……

 少し申し訳ない気持ちで戸を開く。

「……鈴……」

 風花が消え入りそうな声で私の名前をつぶやいた。

「……領主様、どうして」

「今はちょうど報告に来る時間帯だからな。それに、地味に穴あいてるんだぞ」

「え!?」

 後ろを振り返って確認する。う……ん? 確かに穴……あります。

「あ、えっと……七班就寝の準備完了です」

 報告は一応しておく。つい最近、報告係を任されたばかりだ。

 そしてまた戸に手をかける。

「鈴」

「……はい」

 何を言われるかはなんとなく分かった。……でも。

「気にしなくていいと言いたいところだが、お前は無理そうだな」

「…………はい」

 逃げたい。いや、逃げなくてはいけないと思った。

「知りたいか?」

「領主様!」

 風花が領主様に向かって叫ぶ。……まるで言わないでと訴えているように。

「鈴が知っている必要ありません! 何もそんなことっ……」

「お前だったら?」

 質問は私から風花へ変わった。

「お前だったら一人だけ知らないことがあっても耐えられるか? 自分だけ隠されたままで、それを分かってて普通に振る舞われてうれしいか?」

 ものすごく嫌だ。隠されていることじゃなくて、風花が嫌がっていることを聞かされるような雰囲気が。その何かを避けてきたのに、今ここで向き合わなければいけないのか。

「……嫌です」

 風花が半泣きでそう言った。でも――そうまでして知るほどのことなのだろうか。今の状態では判断がつかない。

「分かるな? 鈴には今から話すぞ。もし嫌だったら出ててもいいが……」

「大丈夫です。最後までいます」

 風花は強くそう言った。

 ……大体予想はできている。――思い出したくない過去のことだと。

「鈴、いいか」

「……ちょっと待って下さい」

 心の準備が出来ていない。話の内容は分かる。でも心が追いついていない。

 私は後ろを振り返って深呼吸した。

「じゃあその間に……秀広に了解とってくるか」

 領主様がそう言って部屋を出た。

「……鈴……」

「……なんかごめん」

「ううん、鈴が悪いんじゃないよ。あたし達が隠してたのが悪いんだから」

「そんなこと……」

 ないよ、と言うはずが声が出なかった。手が震える。――怖い。

「大丈夫……?」

 風花が私の背中をポン、と叩く。それが優しくて安心した。……でも。

「……私が話聞いても……友達でいてくれる……?」

「何言ってんの。当たり前でしょ」

 今の平和な関係が壊れてしまうような気がした。

「……ごめ、私……話された後、普通にいられる自信っ無い……」

「……うん」

 涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。――何言ってんだろ。まだ話も聞いてないのに。

 コンコン。

 そのノックがやけに大きく聞こえた。戸を開けたのは領主様で、その後ろには秀広さんもいた。

「……秀、広さ……」

「秀広もいた方がもしもの時に安心だからな。連れてきた」

「おいお前、大丈夫……じゃないな」

 秀広さんが私の正面に来て、頭に手をのせた。

「……大丈夫だ、泣くな」

「……はいっ」

 思わず潤んだ声で返事をしてしまった。今はもうそれどころじゃない。

「これでいいな。……鈴、心の準備はいいか」

「はい」

「よし、今からお前が来る前のことについて話す。そのまんま真実だ、いいな」

 怖いけど――大丈夫だ。私は強くなったんだ。

 大丈夫と言ってくれる人がすぐ側にいる。信用できる仲間がいる。それだけで十分だ。後は――

 覚悟だけ。

 全員頷いたのを確認し、領主様は口を開いた。 

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