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いろはにほへと  作者: 月山 未来
立秋―秋分の章
11/30

交差する好意

 チュンチュンチュン……

 小鳥の鳴き声。この鳥はなんていう鳥だろう?

「ん~……」

 ガラッ。

「早く起きろお前は――――――――――――!」


「だから、いっつも思うんですけどね」

 私は朝食を食べながら言った。本当はすごく寝たい気分だ。

「秀広さんって、ここぞって時にも誉めてくれませんよね」

「そう簡単に誉めて調子に乗られても困る。特にお前は」

 ……くそう、近い内に法律と裁判所つくって訴えてやるこいつ。

「だっていい事したんですよ~? 昨日は特に。少しくらいの寝坊は大目に見て下さいよ!」

「寝坊は寝坊だろが。いい事したら寝坊していいなんて誰も言ってない」

「はいはい、もういいですよー。今までいい事しても調子乗らずにやってきたのに……」

 ――とにかく、今日から新しい生活が始まるのだ。


                  *


「集合ー! とりあえず集まれ! 今日は大事な話がある!」

 訓練場にいた者はその声に振り向き、作業を止めた。

「えー、今日はみんなに紹介するべき人が二人いる」

 領主様はそう言うと、隣にいた雪継に目で合図をした。

「……今日からこの都で働かせてもらいます、雪継です。未熟な部分もあると思いますがよろしくお願いします」

 周りから拍手が起こり、雪継は少し恥ずかしそうに目を伏せた。う~ん、これぞ王道の完璧な自己紹介!

「同じく今日からお世話になります、風花です。よろしくお願いします!」

 一方風花は笑顔が上手だ。少し首を傾げて、これでいいかな? と目で様子を窺っている。

「それでは……雪継の教育係に秀広を指名する」

「はい」

 秀広さんはキレのいい返事で領主様に一礼した。……でも、このコンビ大丈夫か。

「風花の教育係には……鈴!」

「……ほぇ!?」

 完全に油断していたため、変な声を出してしまった。周りからどっと笑いが起こる。

「という訳だ、解散!」

 そして二人の自己紹介は終わりを告げた。


「ごめんねー、私なんかで」

 鈴は苦笑混じりの声で風花に言った。

「いいよ別に。元はと言えば鈴に助けてもらったんだし」

 昨日は「鈴が紺氏の奴らを連れてきた!」だのなんだので大騒ぎだった。しかし鈴が説明するとみんな安心したようで、鈴って信用されてるんだなーとしみじみ感じた。

「てゆーか……教えることっていっても何も無いよね?」

「そう? あの時は雑用ばっかりだったわよ。確かにあたし女だけど、そこまでなめられても困る」

 そっかごめん、と言いつつ鈴は手を合わせる。

「じゃあ……一応基礎体力作りとかはした方がいいのかな?」

「ええ、元情報屋ですから?」

「……なんか新鮮」

「え?」

 急に鈴が不思議そうな顔をする。

「だってさー、最初に風花と会った時と随分違うなぁって……」

「あれは明らかにつくってたのよ! あたしがあんなにおしとやかーな女の子だと思った?」

「普通はそう思うって! だって見た目も全然違ったもん」

「……前の方がよかったって言いたいのか」

「そうじゃなくて! 今も可愛いよ、うん! でも髪おろしてサラサラ~だった方が……」

「もういい! それ以上言うなっ!」

 風花は鈴の方を向かずにそう言うとやさぐれた。

「おい、お前ら早く上がってこい。昼飯だぞ」

「えっ……もうそんな時間!?」

 やば、と鈴が駆け出そうとする。そんな鈴に風花は訊いた。

「ねぇっお昼ご飯ってみんなで食べるの?」

「うん、そうだけど……どうしたの?」

「ううん。なんでもない」

 首を傾げる鈴に風花は笑ってごまかした。

 ……だって、雪継もいる? なんて聞ける訳ないじゃん!


                  *


 風が通り抜ける廊下。風花は手すりによしかかって空を見上げていた。特に意味は無い。就寝まで時間があるし、することもないしでぼーっとしていたのだ。

 “……ありがとう。僕も君のそういうところは好きですよ”

 あぁー違う! 今考えたくないそれを! ……と思いつつ何も考えないでいると、そのことばかりが頭に浮かぶ。

 “僕はこのまま君を失いたくありません。だからここまで君を守ってきたんです”

 でもやっぱり、うれしかった。雪継も同じこと思ってたんだって。

 って違うから! 別にあたしのこと好きだから言った訳じゃないって! あれは落ち込んでたとこ励ますためだってー!

「……風花?」

 はっとして後ろを振り向くと、雪継がいた。

「えっ、い……いつからそこに!?」

「うん、今さっき」

「そ、そっか……」

 よりによってこんな時にー! 頬は自分でも分かるくらい熱い。

「じゃ、じゃあね! おやすみ……」

 これ以上いたら気持ちが態度に出そうだったので、逃げることにした。

「あ、待った」

 その声に振り返ると同時に、雪継の手が風花の額に触れた。

「……熱ある? 赤いよ?」

「わぁ――――――――!」

 思わず雪継の手を振り払ってしまった。今それやられても素直に喜べるかぁ!

「あ、だ……大丈夫大丈夫! 元気だよー!」

 そして駆け出していった。

「……嫌われちゃったかな……」

 風花が去った後に雪継はつぶやいた。                      

「ですからね、誉めてくれたっていいですよね?」

 私は桜様に相談していた。といっても、雑談である。

「まぁ……お兄様は厳しい方ですから。仕方ありませんわ」

「とはいえ厳しすぎるよーな……」

「あ、そういえば……」

 桜様が思いついたように言った。

「あの……今日入ってきた女の子、いましたよね?」

「あぁ、はい。いましたいました」

「あの子のお名前って……」

「風花です! とっても元気いい子ですよー!」

 桜様も女の子一人で不安だったから、もしかしたら気になるのかな。

「……仲、いいですよね」

「え?」

「ほら……いつも二人で話してらっしゃるから……」

「あぁ、そうですね。まぁ教育係だし……」

「こらぁ――――――――――!」

「うわっ!?」

 いきなり入ってきたのはさっきまで話題に出ていた……秀広さんだ。

「お前っ、寝坊した上に就寝時間まで守らないつもりか!」

「いや別にそういう訳じゃ……! あのぉーこれはですね……」

「もういい! とにかく寝ろお前は! その頭冷却しろ!」

「だっから……! いつも一言余計なのは気のせいですか!? それとも癖ですか!?」

「うるさい! 黙って寝ろ! そして冬眠しとけ!」

「まだ秋ですけどぉー!?」

 ……マジ、本気で裁判所つくってやるからな。


                  *


「風花~いる?」

「え、何?」

 風花は鈴に呼ばれて振り向いた。

「なんか今領主様が呼んでたよ」

「あ、うん。ありがとう」

 領主様……か。そんな呼び方はしたくないが。

 “お前はここにいろ!”

 “どうして!? 黙って待ってろっていうの!?”

 ――もういい。過去のことなんて。


「すいません」

「……あぁ、風花か」

「あの……何かご用でも?」

「大したことではないんだがな」

 じゃあなんで呼んだんだ、と言いたいところだが黙っておく。

「お前、桜様の世話役やってくれないか」

「え?」

「今まで交代で男がやってきたんだが……お前が入ってきたし、女に任せた方が安心だ」

「……は、はぁ……」

 正直、あんまり話したことがないのでよく分からない。

「で、どうだ?」

「……あたしでよければ」

「ん、頼んだ」

 相変わらず軽い奴だ。ここぞという時にしか頼りにならない。


「あ、おかえりー」

「ただいま」

「領主様なんだって?」

「んー、なんか桜……様の世話役やってくれだと」

「へぇーなるほどね」

 桜様、と呼ぶのにまだ慣れていない。鈴は納得した様子で頷いた。

「……ねぇ、鈴」

「何?」

「……ありがとう」

「はは、どうしたの急に……」

 ……鈴は……会った時から話しやすい人だった。初めて会った時だって、自分の目的を忘れそうになった。それくらい、親しみやすくて。

「ううん、なんでもないっ」

 初めて……話すのって楽しいって思った。そして、あたしと雪継を助けてくれた。

 ……あたしはこの生活をあながち気に入っている。

「そういえばさ、私……雪継のことあんまり知らないんだよね」

 ここの生活は――

「ねぇ、なんか教えてよ」

「ん? あ、えーとね……」

 ――結構悪くないんだ。                       


 コンコン。

「どうぞ」

「……失礼します」

 風花は戸を開けると一歩踏み出し、そのまま頭を下げた。

「あの……今日から桜様のお世話役をさせて頂きます。風花です、よろしくお願いします」

「あ、座って。そんなに硬くならずに」

「ありがとうございます」

 ……しばしの沈黙。さて、この状況をどう乗り切るか。

 そう考えていたら、桜子が口を開いた。

「……大変でしたね」

「……え……?」

「鈴音様から聞きました。随分いろんなことがあったようで……」

「あ……はい」

 ……やっぱり、その“鈴音”というのが気になる。――いっそのこと聞いてみるか。

「あの……どうして鈴のことをそうお呼びになるんですか?」

「え?」

「いや……ずっとそう言ってるので……」

 すると桜子は首を傾げた。

「どうしてって……名前ですから。あなたこそ……どうしてそうお呼びに?」

「え、だって……“紅 鈴”って名前だって言われて……」

「え?」

 桜子は再び首を傾げる。

「わたくしは……“川中鈴音”だと言われました。その後名字が変わったとしても、名前は変わらないでしょう?」

 ほぇ?

「かわなか……すずね?」

 なんだそれ。初めて聞いたぞ。

「鈴が自分で?」

「えぇ、最初にこちらへ来られた時です。そう言っていました」

 どういうことだ?


「……って言われてさぁ……」

「う~ん、それは確かに怪しいね」

 雪継の訓練が終わると、風花はすぐにこっちに来た。

「前まではそこまで気にしてなかったけど……あんなこと言われたら分かんなくなっちゃう」

 そう言って優しく笑った彼女の横顔は、いつ見ても白くて綺麗だ。

「まぁ、僕も気にしてなかったよ。でも――」

 “きっと君は、名前をこのくらいにしか思ってないんだろうね。〝人を呼び分ける時の道具〟”

 あの言葉は確実に雪継の胸に響いた。

「……今は違う。それに、鈴のことも割と信用しているつもりだよ」

「……そっか」

 風花は安心したように言った。

「……一つ聞いてもいいかな?」

「ん、何?」

「……鈴のことが好きなの?」

 雪継はずっと思っていたことを聞いた。ずっと、知りたかった。

「……なんでよ」

「え?」

「馬鹿! 大馬鹿! もう大っ嫌いっ!」

 そして風花は離れていってしまった。


                  *


「……あのさ」

 私は風花に呼ばれて中庭にいた。

「……前から聞こうと思ってたんだけど……鈴の名前って……」

「うん」

「本当は“紅 鈴”……じゃないんだよね?」

 ……何言ってんの? 風花、どうしていきなりそんなこと……

「……“川中鈴音”って……言うんでしょ?」

 どうしてそれを。風花は知らないはずだ。

「ねぇっ!」

 私は何も言えなかった。だってそれは――

「――ごめん」

「え?」

「今はそれに関して言えない。言いたくないんじゃない、言えない」

 風花は黙り込んで、顔をそむけた。

「ごめん。騙してた訳じゃなくて……うーん、そうだね。“川中鈴音”っていうのは前の名前だよ。今は本当に“紅 鈴”だから」

「……うん……」

「どうしてそうなったか……までは言えないけど……そういうことなんだ」

 私は笑顔をつくった・・・・。ここに来てから初めての――つくり笑顔を。

「……そっ、か。うん、分かった! ありがとう……色々……」

「ううん、なんかごめん」

「いいの! 気にしないで……」

 そして風花は走り去っていった。

「…………どうして……」

 本当はすごく驚いた。頭の中がぐちゃぐちゃで――

 どうして? なんで風花はそれを知ってるの?

 “川中鈴音、です”

 不意に前の記憶を思い出した。

 ……そうだ。私が名乗ったのはたった一回だけ……


「……どうしたの?」

 雪継は風花が泣き止むのを待ってから言った。

「……あ、その……鈴のことなんだけど……」

 その時、微妙に雪継が不快そうな顔になった気がした。

「あの、ね。鈴の前の名前が、“川中鈴音”っていうんだって。それを桜様から聞いて……鈴に言ったの。そうしたら、理由は言えないって……」

「……うん」

「その時ね、鈴……すごく悲しそうに笑ってたの。いつもじゃあり得ないくらいの悲しそうな顔で……なんかその顔見てたら……昔のこと思い出しちゃって……」

「……分かった」

 まだ続けようとした風花を雪継はさえぎった。

「もう十分だよ、なんでかは分かったから。過去を思い出すようなことは……もう止めよう」

「……ごめん」

「今日は早く寝たら? 明日に影響するといけないよ」

「うん、そうする」

 風花は素直に部屋に向かうことにした。


 たった一回名乗った。ただその場にいたのは二人、だ。

「秀広さんと桜様……」

 そう、あの二人だ。情報が漏れるとしたらその二人しか――

「……な、何考えて……」

 そうだよ。二人がそんなことする訳……

「おい」

 後ろからした声に振り向く。そこには雪継がいた。

「……雪継」

「調子に乗るなよ?」

「え?」

 雪継はいつもより一段階低い声で言った。

「お前のせいで風花がどれだけ苦しんでると思ってるんだ」

「え……どういう――」

「ふざけるな!!」

 いつも穏やかな雪継から飛び出した怒鳴り声に、私は思わず肩を震わせた。

「お前がいつまでもはっきりしないから苦しんでるって言ってるんだ! お前のことを話す時いつも辛そうな顔をして……見るに耐えない」

「……もしかして……雪継……風花のこと好――」

 パシンッ。

 ――え? 自分の右頬を触る。かすかに痛みがした。

「当たり前だろ。僕は風花が好きだ。お前なんかに風花は渡さない」

「……雪継……」

「なんだ、理由が言えない? 格好つけるな、名前で」

「……カッコつけてなんかないよ」

 私は雪継を見た。

「言えないものは言えない。それに変わりはないよ」

「お前っ……!」

 雪継は私の襟元を掴んで睨んだ。

「信じられる?」

「……は?」

「あんたに、私を信じることができる?」

「……信じられる訳無いだろ」

「あっそ。じゃあ言えないね」

 私は雪継の手を振り払った。

「無駄に混乱を招きたくない主義なんだよね」

「……知るか、そんなもの」

「あ、雪継が風花のこと好きっていうのはびっくりした」

「いきなり話飛び過ぎだ馬鹿!」

「え、でも本当なんでしょ?」

「……お前には絶対譲らないからな」

「あははっ、別に風花のこと好きじゃないよ……誤解しないで」

「じゃあむやみに仲良くするなよ」

「それは仕方ないでしょ。教育係なんだから」

 ったく、とため息をついた雪継を放っておいて、私はその場を後にした。


                  *


「……どうされたの?」

「……えっ?」

 急に桜子から質問が飛んで来て、風花は驚いた。

「なんだか元気がなさそうに見えたから……」

「あ、いえ……そんなことありません……」

 やっぱばれてんのかなーとうつむきそうになったその時、

「鈴音様のことが好きなの?」

「はいっ!?」

 いきなりの爆弾に、本当の意味で驚いた。……桜様、今なんて?

「やっぱりそうなのね……」

「え!? いやいや! 違います!」

「そんなに否定しなくても……正直に」

「本当に違うんです!」

 思いきり否定するのも鈴に悪いが。でもあたしが好きなのは――

「……それ……雪継にも言われました」

「え?」

「鈴のことが好きなの? って。あたしすごいがっかりして……あたしの気持ち全然届いて無かったんだなって」

「……それはつまり……」

「はい。あたし、雪継のことが好きです。だから鈴は好きじゃありません」

 もう恥なんて無い。この気持ちに恥ずかしがっちゃだめだ。

「……何よ」

「え……?」

 桜子は、いつもの様子からは想像もつかない声と顔で風花を睨んだ。

「鈴音様のことが好きでもないのに仲良くして……それだから好きな人に振り向いてもらえないんじゃなくて?」

「なっ……どういうことですか!」

「必要以上に好きでもない人と関わらなくてもいいと言っているんです」

「桜様……鈴のことが好きなんですか」

「ええ、そうですわ。だからあんまり鈴音様に近寄らないで下さる?」

「いいですよ。あたしが好きなのは雪継ですから!」

 風花はそのまま戸の前まで歩き、

「失礼しました!」

 ぴしゃりと戸を閉めた。

「……見ましたか今の」

「見てない訳ないだろ。……見ちゃいかんものを見た」

「女って……怖っ……」

 真次と秀広の会話は、到底風花の耳には届いていなかったのだった。

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