あふれる涙
「全く……何がどうなったのかと思えばお前はっ!」
「はいぃ! ごめんなさい!」
せっかく戻ってきたのに~。帰ってきた途端、質問の嵐ですよ!?
「まぁ、何はともあれ無事でよかった。鈴、すぐに桜様の警護つけるな?」
「はい! 任せて下さい!」
そうでしたぁ、戦いはまだ終わってませんでしたー!
あれから私は裏口を通って都に戻ったんだけど……
“鈴!? お前なんでここにいるんだっ!?”
“いちゃダメなんですかー! せっかく戻ってきたのに!?”
“だって今お前紺氏の奴だろ! なんだ、狙いなんだ!? それによっては撃つぞ!”
“撃たないで下さいよ! 私もう紅氏になりましたからー!”
とかなんとかで、結局信用してもらうまでに大分時間がかかった。
コンコン。
「桜様ー! 私です、鈴です!」
「……鈴音様!?」
ガラッ。
「うわっ!?」
すごい勢いで出てきた桜様に、思わず驚く。
「鈴音様……よかった……! ご無事だったんですね!」
「はい、今から桜様の警護は私です!」
「……はいっ……!」
「取り逃がしただと……!?」
「……はい」
「……やはり裏切りやがったか……」
「いえ、そうではありません」
「何?」
怪訝な顔をする大介に、風花は続けた。
「一度紅氏に見つかり、別れて逃げたのですが……経験が浅いためか鈴だけ紅氏に捕まってしまい……」
「馬鹿者!」
大介が怒鳴った。
「理由はどうであれ……お前らに責任があるのは変わらん。……そうだな……」
私にいい考えがある、と前置きしてから大介は言った。
「この戦いが終わるまでに何か成果を上げれば、これは無かったことにしてやる」
要するに。
「そうでなければ……命は無いと思え」
「……どうする?」
風花は雪継に問いかけた。しかし、返事は返ってこない。
「……ねぇってば!」
「え? ……あ、あぁ……」
「もう、しっかりしてよ! あたし達、このままだと死んじゃうんだよ!?」
相変わらず雪継は上の空だ。一体、どうしたというのか。
「雪継」
「はい」
「あたし達……生きる時も、死ぬ時も。……一緒だよね?」
雪継は少し驚いたような顔で風花を見た。
「……そうだね。でも……今度こそ終わりかもしれない」
「……そんな……」
――急に現れ勝負をした。でも気が付いたら、いつの間にか二人で一つになっていた。
そんな雪継を、
「そんなこと言わないでよっ……」
あたしは少しだけ――
「雪継らしくないじゃない! あたしはっ……いつも強気な雪継が好きだったのに……!」
好きになっていたのに。
あふれてくる涙を、止めようとも思わなかった。……どうして。誰か教えてよ。
「……ありがとう。僕も君のそういうところは好きですよ」
どうしてこんなに愛しい人を、失わなければいけないのだろう。
「だーかーらー! もう紅氏になったって言ってるじゃないですかぁー!?」
「ぷっ……わ、分かった。分かったから! 冗談だ」
……遊ばれていたということか。悪い冗談はやめて欲しい。
「……はぁ……」
「……なんだ、ため息ついて」
「いやぁ……風花達、あの後どうなったのかなぁーって……」
「……どういうことだ?」
「だって、私のこと逃がしてくれたんですよ? もし……」
私の言葉で察したらしい。秀広さんは少し顔を伏せた。
「……祈るしかないだろ」
「……そう……ですね……」
“まぁ……大介様にはうまくごまかしておくから”
そう言っていたとはいえ、大介のことだ。あの二人に何をするか分からない。
――最悪、命の保障は無いのだ。
「……大丈夫かな……」
祈りなんて、届くのだろうか。
それから数日経った日のことだった。
「おーい鈴、いるか~?」
「はい、なんでしょうー?」
「お前宛てに手紙が届いてる」
「手紙?」
珍しいな、と思って封筒を開けた。――すると、
「……風花……」
その手紙は、風花からのものだったのだ。
「ってことは……」
無事ってこと!?
急いで便箋に目を通す。
“鈴へ。
元気ですか? あなたがちゃんと紅氏の都に戻れたのか、心配です。
突然の手紙で驚いたと思うけど許して。
この戦いがいつ終わるのかも分からない。それは、あたし達が分かることじゃない。
それにね。あたし達が紅氏と紺氏にわかれてるってことは、またいつ会えるか分からないんだよ。
もしかしたら、もう会えないかもしれない。
あたしは、鈴に出会えてよかった。
最初はよく分からないことたくさんあったけど、今はそう思ってるよ。
鈴に助けてもらったことも、数えきれないほどある。
あたしはね。この時代に、この時に、ここで鈴に会えたことが奇跡みたいに感じるの。
馬鹿だよね。でも、あなたはずっとここにいる人間じゃないような気がした。
少なくとも、あたしはそう思った。
ごめん、意味分かんないよね。
でもそれでいい。鈴に逢えて本当によかったよ。
ありがとう。
風花。”
……正解だよ。そう、私は。
――ここにいる人間じゃない――……
*
「聞こえるか、よく聞けー! 相手の攻撃も少し衰えてきた。もう戦いは終わるだろ。だが終わるまで気を抜くな! いいか、絶対に都を守り抜け!」
領主様の声は、遠くにいた私でも十分聞こえる大きさだった。
――もう、終わる。これでやっと……
「あのさ、あたし決めたんだけどね」
風花は雪継に向かい、そう言った。
「もう……覚悟を決めようと思う」
それはすなわち、死を意味していた。風花からの突然の言葉に、何も言えない。
「鈴にも手紙送ったし……もうやり残したことなんて――」
風花の言葉が止まった。……それは、雪継が風花を抱きしめたからだろう。
「……僕に死ねと言うんですか」
「……雪継……」
「僕はこのまま君を失いたくありません。だからここまで君を守ってきたんです」
「……え――?」
確かに、最初は興味本意だった。大介様に仕える情報屋で、唯一女がいると。
――しかし、それはいつの間にか好意に変わっていたのだから。
その真っ直ぐな信念を、壊したくなかった。
「……雪継」
「はい」
「あたしは、もう嫌なの。こんな組織の中で……あんな人の元で……ずっと、ずっとこうしていられる自信が無いの。そんなくだらないものを守るために、頑張ることなんてしたくない。そんなのを……守ることなんてしたくないよ――……」
風花の気持ちは痛いほど分かる。かつて自分だって同じ道を通ってきたのだから。
こんな組織を守ることになんの意味があるのか。そんな疑問を持つ自分自身さえも、正しいのか分からなくなる。
善意を狂わす悪を、許したくないのだ。
「二人で考えましょう。命を投げ出すことなくこの組織を守らない方法を」
「……そんなのあるの?」
「分かりませんよ」
でも、風花といたら思いつくかもしれない。そんな気がした。
*
「……なんだ? 止まったぞ……」
思わずざわついたのは、紺氏の攻撃が止まったからである。
そして紺氏の大軍の中から一人の男が出てきた。おそらく軍の指揮者か。
その男は手に持っていた紙を、紅氏に見せつけるようにして開いた。
“先ほどの一発を最後に、この戦いを終える者とする。尚、これより後に攻撃した者には重い処罰が下る”
「どういうことだ……」
真次は呆気にとられた。全く意味が分からない。
そうこうしている間に、紺氏はぞろぞろと引き上げていく。
「何があったんだ……」
「本当なの!? それ!」
「嘘は言うか。大介様が直々に……」
「ありがとう!」
同期の言葉を最後まで聞かずに、風花は駆け出した。
「雪継!」
雪継の姿を見つけると同時に叫んだ。
「あ……あのね、今聞いたんだけど……」
早く話したいのに息が整わない。
「……そんなに焦らなくても。僕はどこにも行きませんよ」
そう言って雪継は風花の背中をさすった。
そして息が整ってから言った。
「あのね、鈴が大介様に手紙送ったんだって! その内容が、今やってる戦いをすぐに止めてっていうので……しかもこれから戦いを起こす時は、日時を決めて正当な理由で、正々堂々と戦えって!」
「じゃあ今は……」
「うんっもう戦いは終わったの!」
「……でもどうして大介様はそれを呑み込んだのでしょうね……」
「た、確かに……」
「それはそうと」
「ん?」
「僕たちはどうなるんです?」
「ったく、お前は馬鹿なんだっ! 脳みそ入ってんのか確認してやりたいわ!」
「ひぇぇ! ちょっと、それ悪口に近いですよー!」
いい事したのに! なんで怒られるんですか――――――っ!?
「一人で危険なことしやがって! もしこれが失敗してたらどうするつもりだったんだ!?」
「全くだ。それに、お前には先に行くべきとこがあるんじゃないのか」
間に入ってきたのは領主様。
「え?」
すると、領主様は手に持っていたものを私の目の前に突きつけた。
「これ! ちゃんと読んだかお前!?」
「あ――――――――――――――――――ッ!?」
目の前に飛び込んできたのは風花からの手紙。
「ちょっと! なんでそれ持ってるんですかぁー!?」
「お前な、あんな戦いの最中に送ってきておかしいと思わなかったのか!? そしてそこで気付かないとしても文面で察せないのか!? 鈍いにもほどがある!」
「いやいや、待って下さいよ……! なんのことだかさっぱり……」
「“もう会えないかもしれない。”」
「いや、え?」
「“出会えてよかった。”」
「え、えっとあの……」
「こんな言葉、どこで聞いたことある」
「えぇと……別れ際……」
「ってことは?」
「もう会えない……」
え? もう……会えない?
「え――――――――――――――――――ッ!」
*
「……残念だったな」
大介は風花と雪継に言い捨てた。
「これでお前らともおさらばだ」
大介は口元で軽く笑うと続ける。
「最後に何か言いたいことは?」
「言っていいんですか?」
「まぁ、私への感謝くらいは言わせてやってもいいがな」
――ふざけるな。誰があんたなんかに。風花は大介を睨みつけると、
「では、言わせて頂きます」
「はぁっはぁっはぁっ……」
上がった息を整える暇も無い。今出来るのは、走ることだけ。
自分の足には自信があるつもりだった。体育の授業でも、いつもタイムは女子の中で一位で。
それなのに――……
「はぁっくそっ……」
未来のタイムなんてあてにならない。もっと、もっと速く走れれば。いっそのこと、飛んで行ければ。
そんな気持ちを、誰か救ってくれるだろうか。
「……あたしは、この組織に疑問を持っています。どうしてこんなにくだらないことで争うのか」
「私もそう思うよ。愚かな家来どもが」
「いいえ、あなたです。紅 大介」
風花はできるだけ揺さぶるつもりだった。
「あなたは……本当はそんな人じゃない」
「何をっ……」
「言うことは、きっと思ってないことばかりです。でもそうするしかなかった。紺氏になるには」
大介は対抗する気力も失くしたのか、黙ったままだ。
「あなたは昔、紅氏の人間だった。“正義”を持っている正しい人だった」
でも――
「ある時変わってしまった。誰かさんのせいで」
「風花……君何を言い出すんだ……」
雪継は驚いて風花を見ている。
「あたしは昔、その誰かさんに仕えていた。でも実力を出せなくて……暴力を振るわれて。そんなあたしをあなたは救ってくれた」
“……君、あいつのとこの子だろう?”
「でもそのせいで……あなたは脅されて。そして紺氏になった。あたしを守るために」
“どうして分かるの”
“分かるさ”
「あなたはきっと……耐えられなかった。こんな組織」
「……もう止めろ」
「でもあたしを守るためにずっと本当の自分を隠して――」
「止めろって言ってるだろう!」
「隠して、それで人を見下して!」
「殺すぞ! 黙れ!」
大介は家来を使うのも忘れて、自ら風花の首に刀を当てた。
「思い出して下さい」
風花は涙をこらえられなかった。それは頬を伝って。
「あなたは……正当な人間です」
大介も――泣いていた。
首に当てられた刀に少し力が加わり――
――もう、思い残すことなんて。
“私にだって誰かを助ける権利はあるだろう?”
ダン!
響き渡ったのは、戸を壊した音だった。そして――
「その二人に暴力振るうなって言っただろが――――――――!」
――鈴だった。
「お前……どうやってここに……」
大介はへなへなと腰の力が抜け、座り込んだ。
「どうやって? そんなの、走ってきたにきまってんだろ!」
鈴はそのまま風花に背中を向けた状態で、風花と雪継の前に立った。
「何、あの時の条件忘れた訳!? 本当最低、あり得ねぇ――――――!」
今まで聞いたことの無い口の悪さで大介にまくし立てる。
「あんた、覚悟出来てんだろうな」
「鈴、止めて! この人は悪くないから!」
「何言ってんの! この期に及んでこいつかばうの!? 風花、お人好しにもほどがあるって!」
……お人好しにお人好しって言われたくないけど……
「今から私の言うこと全部聞いたら許してやる!」
一体、鈴はどんなことを言うのだろうか。
「まず、あんたに送ったあの手紙! あれは絶っ対に守ること!」
まず、ということはつまり。もう一つあるということだ。
「そして次は――」
次は。
「風花と雪継を紅氏に渡す」
「へっ?」
「な……お前……」
「あんたが信頼できる人間になるまで、二人は預からせてもらう!」
そんなのありか。……大介はこの条件を呑むのだろうか。
「どうなんだ」
「え……」
「早く決めろ! 時間がもったいない!」
「…………分かった」
大介はゆっくり立ち上がった。
「お前の言うとおりにするよ」
「……大介様……」
「……ふん、せいぜい働いてこい」
大介はそっぽを向いて不機嫌だ。
「よぉし! 二人とも、レッツゴー!」
「れっつ?」
「あ……うーんと、行こう!」
鈴が謎の言葉を言ったが、とりあえず流しておく。
「……大介様」
風花は部屋から出る前にもう一度言った。
「あなたなら正当な人間に戻れます」
大介は振り返らなかった。
――それでいい。
紺氏の都を後にしてから、風花は鈴に聞いた。
「ねぇ」
「んー?」
「……どうして助けてくれたの?」
何? 今さら、と笑う鈴はちゃんと答えてくれた。
「――あなたは卑怯な人間じゃなかったから」