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いろはにほへと  作者: 月山 未来
立秋―秋分の章
10/30

あふれる涙

「全く……何がどうなったのかと思えばお前はっ!」

「はいぃ! ごめんなさい!」

 せっかく戻ってきたのに~。帰ってきた途端、質問の嵐ですよ!?

「まぁ、何はともあれ無事でよかった。鈴、すぐに桜様の警護つけるな?」

「はい! 任せて下さい!」

 そうでしたぁ、戦いはまだ終わってませんでしたー!

 あれから私は裏口を通って都に戻ったんだけど……

 “鈴!? お前なんでここにいるんだっ!?”

 “いちゃダメなんですかー! せっかく戻ってきたのに!?”

 “だって今お前紺氏の奴だろ! なんだ、狙いなんだ!? それによっては撃つぞ!”

 “撃たないで下さいよ! 私もう紅氏になりましたからー!”

 とかなんとかで、結局信用してもらうまでに大分時間がかかった。


 コンコン。

「桜様ー! 私です、鈴です!」

「……鈴音様!?」

 ガラッ。

「うわっ!?」

 すごい勢いで出てきた桜様に、思わず驚く。

「鈴音様……よかった……! ご無事だったんですね!」

「はい、今から桜様の警護は私です!」

「……はいっ……!」


「取り逃がしただと……!?」

「……はい」

「……やはり裏切りやがったか……」

「いえ、そうではありません」

「何?」

 怪訝な顔をする大介に、風花は続けた。

「一度紅氏に見つかり、別れて逃げたのですが……経験が浅いためか鈴だけ紅氏に捕まってしまい……」

「馬鹿者!」

 大介が怒鳴った。

「理由はどうであれ……お前らに責任があるのは変わらん。……そうだな……」

 私にいい考えがある、と前置きしてから大介は言った。

「この戦いが終わるまでに何か成果を上げれば、これは無かったことにしてやる」

 要するに。

「そうでなければ……命は無いと思え」


「……どうする?」

 風花は雪継に問いかけた。しかし、返事は返ってこない。

「……ねぇってば!」

「え? ……あ、あぁ……」

「もう、しっかりしてよ! あたし達、このままだと死んじゃうんだよ!?」

 相変わらず雪継は上の空だ。一体、どうしたというのか。

「雪継」

「はい」

「あたし達……生きる時も、死ぬ時も。……一緒だよね?」

 雪継は少し驚いたような顔で風花を見た。

「……そうだね。でも……今度こそ終わりかもしれない」

「……そんな……」

 ――急に現れ勝負をした。でも気が付いたら、いつの間にか二人で一つになっていた。

 そんな雪継を、

「そんなこと言わないでよっ……」

 あたしは少しだけ――

「雪継らしくないじゃない! あたしはっ……いつも強気な雪継が好きだったのに……!」

 好きになっていたのに。

 あふれてくる涙を、止めようとも思わなかった。……どうして。誰か教えてよ。

「……ありがとう。僕も君のそういうところは好きですよ」

 どうしてこんなに愛しい人を、失わなければいけないのだろう。


「だーかーらー! もう紅氏になったって言ってるじゃないですかぁー!?」

「ぷっ……わ、分かった。分かったから! 冗談だ」

 ……遊ばれていたということか。悪い冗談はやめて欲しい。

「……はぁ……」

「……なんだ、ため息ついて」

「いやぁ……風花達、あの後どうなったのかなぁーって……」

「……どういうことだ?」

「だって、私のこと逃がしてくれたんですよ? もし……」

 私の言葉で察したらしい。秀広さんは少し顔を伏せた。

「……祈るしかないだろ」

「……そう……ですね……」

 “まぁ……大介様にはうまくごまかしておくから”

 そう言っていたとはいえ、大介のことだ。あの二人に何をするか分からない。

 ――最悪、命の保障は無いのだ。

「……大丈夫かな……」

 祈りなんて、届くのだろうか。


 それから数日経った日のことだった。

「おーい鈴、いるか~?」

「はい、なんでしょうー?」

「お前宛てに手紙が届いてる」

「手紙?」

 珍しいな、と思って封筒を開けた。――すると、

「……風花……」

 その手紙は、風花からのものだったのだ。

「ってことは……」

 無事ってこと!?

 急いで便箋に目を通す。

“鈴へ。

 元気ですか? あなたがちゃんと紅氏の都に戻れたのか、心配です。

 突然の手紙で驚いたと思うけど許して。

 この戦いがいつ終わるのかも分からない。それは、あたし達が分かることじゃない。

 それにね。あたし達が紅氏と紺氏にわかれてるってことは、またいつ会えるか分からないんだよ。

 もしかしたら、もう会えないかもしれない。


 あたしは、鈴に出会えてよかった。

 最初はよく分からないことたくさんあったけど、今はそう思ってるよ。

 鈴に助けてもらったことも、数えきれないほどある。

 あたしはね。この時代に、この時に、ここで鈴に会えたことが奇跡みたいに感じるの。

 馬鹿だよね。でも、あなたはずっとここにいる人間じゃないような気がした。

 少なくとも、あたしはそう思った。

 ごめん、意味分かんないよね。

 でもそれでいい。鈴に逢えて本当によかったよ。

 ありがとう。

 風花。”

 ……正解だよ。そう、私は。

 ――ここにいる人間じゃない――……


                  *


「聞こえるか、よく聞けー! 相手の攻撃も少し衰えてきた。もう戦いは終わるだろ。だが終わるまで気を抜くな! いいか、絶対に都を守り抜け!」

 領主様の声は、遠くにいた私でも十分聞こえる大きさだった。

 ――もう、終わる。これでやっと……


「あのさ、あたし決めたんだけどね」

 風花は雪継に向かい、そう言った。

「もう……覚悟を決めようと思う」

 それはすなわち、死を意味していた。風花からの突然の言葉に、何も言えない。

「鈴にも手紙送ったし……もうやり残したことなんて――」

 風花の言葉が止まった。……それは、雪継が風花を抱きしめたからだろう。

「……僕に死ねと言うんですか」

「……雪継……」

「僕はこのまま君を失いたくありません。だからここまで君を守ってきたんです」

「……え――?」

 確かに、最初は興味本意だった。大介様に仕える情報屋で、唯一女がいると。

 ――しかし、それはいつの間にか好意に変わっていたのだから。

 その真っ直ぐな信念を、壊したくなかった。

「……雪継」

「はい」

「あたしは、もう嫌なの。こんな組織の中で……あんな人の元で……ずっと、ずっとこうしていられる自信が無いの。そんなくだらないものを守るために、頑張ることなんてしたくない。そんなのを……守ることなんてしたくないよ――……」

 風花の気持ちは痛いほど分かる。かつて自分だって同じ道を通ってきたのだから。

 こんな組織を守ることになんの意味があるのか。そんな疑問を持つ自分自身さえも、正しいのか分からなくなる。

 善意を狂わす悪を、許したくないのだ。

「二人で考えましょう。命を投げ出すことなくこの組織を守らない方法を」

「……そんなのあるの?」

「分かりませんよ」

 でも、風花といたら思いつくかもしれない。そんな気がした。


                  *


「……なんだ? 止まったぞ……」

 思わずざわついたのは、紺氏の攻撃が止まったからである。

 そして紺氏の大軍の中から一人の男が出てきた。おそらく軍の指揮者か。

 その男は手に持っていた紙を、紅氏に見せつけるようにして開いた。

 “先ほどの一発を最後に、この戦いを終える者とする。尚、これより後に攻撃した者には重い処罰が下る”

「どういうことだ……」

 真次は呆気にとられた。全く意味が分からない。

 そうこうしている間に、紺氏はぞろぞろと引き上げていく。

「何があったんだ……」


「本当なの!? それ!」

「嘘は言うか。大介様が直々に……」

「ありがとう!」

 同期の言葉を最後まで聞かずに、風花は駆け出した。

「雪継!」

 雪継の姿を見つけると同時に叫んだ。

「あ……あのね、今聞いたんだけど……」

 早く話したいのに息が整わない。

「……そんなに焦らなくても。僕はどこにも行きませんよ」

 そう言って雪継は風花の背中をさすった。

 そして息が整ってから言った。

「あのね、鈴が大介様に手紙送ったんだって! その内容が、今やってる戦いをすぐに止めてっていうので……しかもこれから戦いを起こす時は、日時を決めて正当な理由で、正々堂々と戦えって!」

「じゃあ今は……」

「うんっもう戦いは終わったの!」

「……でもどうして大介様はそれを呑み込んだのでしょうね……」

「た、確かに……」

「それはそうと」

「ん?」

「僕たちはどうなるんです?」


「ったく、お前は馬鹿なんだっ! 脳みそ入ってんのか確認してやりたいわ!」

「ひぇぇ! ちょっと、それ悪口に近いですよー!」

 いい事したのに! なんで怒られるんですか――――――っ!?

「一人で危険なことしやがって! もしこれが失敗してたらどうするつもりだったんだ!?」

「全くだ。それに、お前には先に行くべきとこがあるんじゃないのか」

 間に入ってきたのは領主様。

「え?」

 すると、領主様は手に持っていたものを私の目の前に突きつけた。

「これ! ちゃんと読んだかお前!?」

「あ――――――――――――――――――ッ!?」

 目の前に飛び込んできたのは風花からの手紙。

「ちょっと! なんでそれ持ってるんですかぁー!?」

「お前な、あんな戦いの最中に送ってきておかしいと思わなかったのか!? そしてそこで気付かないとしても文面で察せないのか!? 鈍いにもほどがある!」

「いやいや、待って下さいよ……! なんのことだかさっぱり……」

「“もう会えないかもしれない。”」

「いや、え?」

「“出会えてよかった。”」

「え、えっとあの……」

「こんな言葉、どこで聞いたことある」

「えぇと……別れ際……」

「ってことは?」

「もう会えない……」

 え? もう……会えない?

「え――――――――――――――――――ッ!」


                  *     


「……残念だったな」

 大介は風花と雪継に言い捨てた。

「これでお前らともおさらばだ」

 大介は口元で軽く笑うと続ける。

「最後に何か言いたいことは?」

「言っていいんですか?」

「まぁ、私への感謝くらいは言わせてやってもいいがな」

 ――ふざけるな。誰があんたなんかに。風花は大介を睨みつけると、

「では、言わせて頂きます」


「はぁっはぁっはぁっ……」

 上がった息を整える暇も無い。今出来るのは、走ることだけ。

 自分の足には自信があるつもりだった。体育の授業でも、いつもタイムは女子の中で一位で。

 それなのに――……

「はぁっくそっ……」

 未来のタイムなんてあてにならない。もっと、もっと速く走れれば。いっそのこと、飛んで行ければ。

 そんな気持ちを、誰か救ってくれるだろうか。


「……あたしは、この組織に疑問を持っています。どうしてこんなにくだらないことで争うのか」

「私もそう思うよ。愚かな家来どもが」

「いいえ、あなたです。紅 大介」

 風花はできるだけ揺さぶるつもりだった。

「あなたは……本当はそんな人じゃない」

「何をっ……」

「言うことは、きっと思ってないことばかりです。でもそうするしかなかった。紺氏になるには」

 大介は対抗する気力も失くしたのか、黙ったままだ。

「あなたは昔、紅氏の人間だった。“正義”を持っている正しい人だった」

 でも――

「ある時変わってしまった。誰かさんのせいで」

「風花……君何を言い出すんだ……」

 雪継は驚いて風花を見ている。

「あたしは昔、その誰かさんに仕えていた。でも実力を出せなくて……暴力を振るわれて。そんなあたしをあなたは救ってくれた」

 “……君、あいつのとこの子だろう?”

「でもそのせいで……あなたは脅されて。そして紺氏になった。あたしを守るために」

 “どうして分かるの”

 “分かるさ”

「あなたはきっと……耐えられなかった。こんな組織」

「……もう止めろ」

「でもあたしを守るためにずっと本当の自分を隠して――」

「止めろって言ってるだろう!」

「隠して、それで人を見下して!」

「殺すぞ! 黙れ!」

 大介は家来を使うのも忘れて、自ら風花の首に刀を当てた。

「思い出して下さい」

 風花は涙をこらえられなかった。それは頬を伝って。

「あなたは……正当な人間です」

 大介も――泣いていた。

 首に当てられた刀に少し力が加わり――

 ――もう、思い残すことなんて。

 “私にだって誰かを助ける権利はあるだろう?”


 ダン!


 響き渡ったのは、戸を壊した音だった。そして――

「その二人に暴力振るうなって言っただろが――――――――!」

 ――鈴だった。

「お前……どうやってここに……」

 大介はへなへなと腰の力が抜け、座り込んだ。

「どうやって? そんなの、走ってきたにきまってんだろ!」

 鈴はそのまま風花に背中を向けた状態で、風花と雪継の前に立った。

「何、あの時の条件忘れた訳!? 本当最低、あり得ねぇ――――――!」

 今まで聞いたことの無い口の悪さで大介にまくし立てる。

「あんた、覚悟出来てんだろうな」

「鈴、止めて! この人は悪くないから!」

「何言ってんの! この期に及んでこいつかばうの!? 風花、お人好しにもほどがあるって!」

 ……お人好しにお人好しって言われたくないけど……

「今から私の言うこと全部聞いたら許してやる!」

 一体、鈴はどんなことを言うのだろうか。

「まず、あんたに送ったあの手紙! あれは絶っ対に守ること!」

 まず、ということはつまり。もう一つあるということだ。

「そして次は――」

 次は。

「風花と雪継を紅氏に渡す」

「へっ?」

「な……お前……」

「あんたが信頼できる人間になるまで、二人は預からせてもらう!」

 そんなのありか。……大介はこの条件を呑むのだろうか。

「どうなんだ」

「え……」

「早く決めろ! 時間がもったいない!」

「…………分かった」

 大介はゆっくり立ち上がった。

「お前の言うとおりにするよ」

「……大介様……」

「……ふん、せいぜい働いてこい」

 大介はそっぽを向いて不機嫌だ。

「よぉし! 二人とも、レッツゴー!」

「れっつ?」

「あ……うーんと、行こう!」

 鈴が謎の言葉を言ったが、とりあえず流しておく。

「……大介様」

 風花は部屋から出る前にもう一度言った。

「あなたなら正当な人間に戻れます」

 大介は振り返らなかった。

 ――それでいい。

 紺氏の都を後にしてから、風花は鈴に聞いた。

「ねぇ」

「んー?」

「……どうして助けてくれたの?」

 何? 今さら、と笑う鈴はちゃんと答えてくれた。

「――あなたは卑怯な人間じゃなかったから」

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