まさかまさかのタイムスリップ!?
風があったかい。もう五月かぁ。
そんなどうでもいいことを考えていると、どうしても頭からは宿題のこととか今週末の遊びの予定とか、全部抜けていってしまう。
だってしょうがない。一日中偽りの自分を演じているのは結構つらいのだ。
だから私は後ろから近づいてくる足音に気付かなかった。
案の定、
「すずー!」
いきなり声をかけられるなんて思ってなかった。しかもよりによって自分の名前だったので、ちょっとびっくりする。
「な……何?」
頑張って声をふりしぼる。あーもう、帰り道くらい好きにさせてよ。
「あのね、明日の放課後のことなんだけどー……って、すず明日あいてる?」
「あーうん、あいてるあいてる」
またいつものメンバーで遊びに行かない? だろ、どうせ。
「よかったぁー。でさ、またいつものメンバーで遊びに行かない?」
予想的中。ここまでくるとちょっと怖くなってくるな。
「オッケー、いいよ」
「じゃあまた明日、学校で話すね! ばいばーい」
手を振り返しながらため息をつく。もちろんバレてない。
私の学校でのキャラは「明るくて優しくて友達いっぱいの超イイ子」って感じ。もちろん素顔はそんなんじゃないけどね。だから学校にいるとはっきり言って疲れる。
――スズ……――
今日は家帰ったら何しよう。
――君ヲ……待ッテイルノニ……――
ちょうど信号が赤になる。横の自転車のおじさんがハイスピードで突っ走っていくけど、走るのも面倒だからそのまま待っていることにする。
――君ヲ……待ッテイルノニ……! ――
白いトラックが目の前を通りすぎていく。いや、正確には通りすぎようとした。信号のところを少し通りすぎるかすぎないかのところで、私は背中を押されたような感覚に襲われた。そしてそのまま、私の目の前は真っ暗になった。
*
痛い。手にかたいものが食い込んでる感じだ。頭もデコボコしてる地面のせいで痛い。頭の中が自分のものじゃないみたいだ。なんとなくボーっとしてて、起き上がろうってどこかで思ってるけど体がいうことをきかない。
……誰か、助けて……
「……はっ!?」
目が覚めた。いや、寝てたわけじゃない。さっきは記憶が飛んでいきそうって思ったけど、今はそんなのもなくて起き上がれそうだ。
「よっこいしょ……」
んーっとのびをする。気持ちいい。手についた土や制服についている汚れをほろう。
……なんで制服のまま道路に倒れてたんだろう。そう考えていたら、急に自分が恥ずかしくなってきた。
とりあえず家に帰ろう。そう思って後ろを振り返った瞬間、自分の目を疑った。
……家が無い。というより視界全体が大変なことになっていた。
歴史の教科書で見たことがあるような立派な建物。足元も今思えばコンクリートじゃなくて土。ところどころに長方形の石が埋めてあって、そこを歩けば靴は汚れませんよーって感じ。周りにはいろんな木が植えてあって生き生きとしてる。近くには湖もあるし、その上には橋もある。なんていうか昔の貴族が住んでいそうなところ。
そんな光景にびっくりを通り越して突っ立っていたら、また後ろから近づいてくる足音に気付かず、案の定、
「貴様、そこで何をしている!?」
「ひっ!?」
まぬけな声を出してしまった。今度は貴様かよ。随分イタイヤツだなぁと思って振り向くと、その人はすごい格好をしていた。
青い長そでのようにも見えるけど中には重ね着をしてるみたい。二、三枚。いや四枚かな。紫とか水色とか緑とか、いろんな色を着てる。一番上は青いそでが少し短くてだぶだぶで、その下は黒くて薄い、手首まできっちりある長そで。まるで昔の武士みたい。
「あ……何かのドラマの撮影ですか?」
思わず聞いてしまう。でもこの人テレビで見たことないな。
「そなた……まさか西洋人か!?」
役作りしすぎだろ。プライベートは楽な方がいいよー、ほら私みたいに。まぁいいや。これで分かった。私、どっかのドラマの撮影場所に紛れ込んじゃったんだ。ありがとー、役作りしすぎの武士さん。よし、誰かスタッフさんとかに道訊いてみようっと。
ばんざーい帰れる! そう思って誰かまともな人を探そうとしたら、すぐそばにある戸がカラカラ……と開いて女の人が顔を出した。
「お兄様……なんの騒ぎですの?」
うわぉ、超可愛い! 顔完ぺき! 声は透き通ってるし、髪はキレイな黒! 本当の美人ってこういうことを言うのか。でも歳は多分、私と同じくらい。
「桜様……勝手に出てこられては困ります」
超美人な桜様に役作りしすぎの武士さんが話しかける。
「その方はどちら様?」
「あ……いえ、知りませぬ」
そうだよねぇ、知りませんよねぇ。だって私、乱入者だもの。
「とりあえず、中にいれて差し上げて」
「はい」
そんな感じで中にいれてもらった私は、役作りしすぎの二人と一緒に奥へ進んでいった。
「どうぞ、お入り下さい」
「あ、ど……どうも」
私は奥の部屋にいれてもらうと、
「あの、ここにスタッフさんとかいますか?」
早く帰りたいからね。もうこんな人達といるとめんどくさい。
「す……たっふ……?」
役作りしすぎの武士さんが聞き返してくる。
「いや、カメラマンさんとか。あっ、監督とか!」
あーめんどくさい。
「かめ……」
「ああっ、もういいです!」
イライラして戸をぱぁんっと開ける。出ようとしたら、
「あの、お名前は?」
桜様に聞かれたら答えるしかないか。
「川中鈴音、です」
なんかその一言で落ち着いた。なんでかな。桜様には不思議な力があるのかも。
「鈴音様……? 変わったお名前ですのね」
「あ、えーと……桜さんっていうんですか?」
「はい。紅 桜子と申します」
なんと可愛いお名前だこと。名字と名前がぴったし。
「あ、あの……あなたは?」
役作りしすぎの武士さんに聞いてみる。
「ああ……私は紅 秀広と申す」
「さっきお兄様って言ってましたけど兄妹ですか?」
「はい、そうです」
ふむ。秀広さんはお兄ちゃんの役かぁ。
「鈴音様はどこからいらしたの?」
「え……えーと……」
どこからって言われてもねぇ。どっかから来ました! なんて言えない。ああ言えない。
「まさか外国から来たのか!?」
「は……話せば長くなりますけど……」
そして私は、桜様と秀広さんに今までのことを話した。
学校から普通に帰ってたこと。誰かに押されて道路に出たこと。車にひかれそうになったこと。そして、その瞬間……ここに来てたってことを。
二人ともずっと黙って聞いてたけど秀広さんが口をひらいた。
「そなた……やはりこの国のものではないな」
今までと少し違う話し方にちょっとドキリとする。
「どこから来た? 何が目的でここに入ってきた!?」
一気にまくしたて腰にある刀を抜こうとする。
ヤバい、殺されるぅ!
「止めてくださいお兄様!!」
桜様が秀広さんの手を押さえてなだめてくれた。あ……危ないところでござったぁー。
「……ごめんなさい」
あ、口が勝手に謝ってる。ったく、なんで私が。
「私、確かに意味分かんない人かもしんないですけど……あなた達の邪魔をするようなことはしません!」
なんでこんなこと言ってんだろう。ここに来てから調子狂いっぱなし。なんていうか、感情が素直に口に出ちゃう。私こんなキャラじゃないのに……
「そうですわ、お兄様」
優しい声。
「わたくし、鈴音様がそんな人だなんて思えませんもの!」
……あんたに何が分かるのよ。って思ったけど今それを言ったらせっかく助かった命が無駄になりそうだから、言わないでおこう。
ていうか本当にスタッフさんとかいないのかな。
……まさか、いやそんなわけ……
ある一つの考えが頭に浮かぶ。でも、現実的にありえない……
いや、もういっそのこと聞いちゃえばいいんじゃない? よし!
「あの……一つ聞いていいですか?」
「はい、なんでしょう?」
ああー言いづらいな。
「今年って何年、ですか?」
恥ずかしすぎる。こんな二人の演技で私、こんなこと聞いてるなんて!
「……え? あ、ぷっ……え?」
もう笑われてんじゃん! うわっ、恥ずかしい!
「鈴音様」
「え、はっはい」
急にきちんと呼ばれて緊張する。
「今年は、八百一年です」
……はぁ?
「八百一……え? はい?」
何が? えっ私、今年は何年ですかって聞いたんだよ? なんか勘違いしてない? この人達……
「いや、今年は、平成何年ですか?」
うん、そうだ。丁寧にもう一回。
「へいせい? ……というと?」
おっと。逆に聞き返されても困るぞ。
「だから、平成、何年ですか?」
「八百一年、です」
ダメだ。うん、ダメだ。八百一ってあれじゃない? 平安京が都になってから七年経った年ってこと? いやいや、ふざけるのにも程がある。鳴くよウグイス平安京ー。
「ああ、はい。じゃあ私これで失礼します」
もうこの人達は平安時代の人間を演じぬくつもりだ。うん、もう自力で帰ろう。
私はぺこっと頭をさげて、戸を開けるとそそくさと出て行った。
*
とっても寒い、特に足が。制服はけっこう薄っぺらいし、なんせスカートだからね。一応靴下は穿いてるけど素足の部分があるでしょ。
結局、家は見つけられなかった。ていうか見つけられるはずがなかった。
あれから外に出て歩きまわったけど、どこも歴史のある風景。都があったりだとか市場があったりだとか。とても、現代の風景じゃなかった。
通りすがる人みんな私を珍しそうに見たり、にらんだり、時には気味悪がられたり。平安時代だとすればそんなの当たり前。でも今の私にはとてもそんな状況、呑み込めるわけもなく。
「夢……かな」
そう思いたい。どこから? そんなのどうでもいい。あの学校からの帰り道、私に何があったんだろう。普通に帰ってただけなのに。
……待てよ。信号待ちしてる時、私誰かに押された気がした。しかもちょうど、トラックが目の前に来た瞬間。どうして? 私、殺されかけたんだよね? 何か恨み持たれるようなことしたかな……
帰り道の記憶をよみがえらせる。私、確か由美に話しかけられたんだ。でもその時は後ろに由美以外誰もいなかった。そして由美は曲がり角で曲がって、私は目の前の信号で止まってた。……まさか、
由美が私を……?
いや、だって由美が行ったなぁって思ってすぐにトラック来たよね。だったら由美は走っても私を殺すことは不可能。ああ、疑ってごめんね由美。うん、だってそんな子じゃないもん。
「じゃあ誰が……」
そうつぶやいた時、草むらがガサッと音を立てた。
ガサガサッ。
う……うそ。ちょっと止めてよ夜に。ヤバい、何? 痴漢!? 殺し屋!?
ガサガサガサッ!
「いやあ――――――――っ!!」
ピカッ。
「……え?」
「お、お前……」
うっそー!
「秀広さん……?」
ま、まじか。あービビッて損した。もう、変な登場のしかたするから!
「お前、なぜここに……」
「秀広さんこそ……」
「私は見回りだ」
あ、そうなんですか。オッケーです。
そして沈黙が流れる。
……なんか気まずい。自分で言うのもなんだけど、武士と制服の女子中学生がこんな夜に話してるのは、かなりどうかしてる。
秀広さんの持っているろうそくの火が、ゆらりゆらりと揺れている。
「お前……この国のものではないのだろう?」
黙っていたけど、私の心はもうすでに決まっていた気がした。
「……そうかもしれないですね」
秀広さんは、私が何も言わなくても全てを知っている。勝手にそう思う。なんか、そんな予感がする。
「私、未来から来たんですよ」
「……そうか」
分かっているのか分かっていないのか。どっちでもいい。なんだか心が軽くなった。
「でも、ちゃんとした日本人ですよ」
「……そうか」
今からなら変われるかな。好きじゃない友達と一緒に作り笑いして、いい人ぶって、変に気を遣って。そんな自分から、変われるのかな。
「お兄様? 随分遅いで……あら?」
草むらから桜様が出てくる。秀広さんの見回りが遅いから心配したのかな? 本当にいい人だね。
「まぁ、鈴音様も一緒でしたの」
桜様が可愛い笑顔を向けてくる。
「桜様! 勝手に外に出てこられないで下さい!」
どんだけ過保護なんだよ。外に出ちゃダメって、どっかのお姫様みたい。
「桜様ってお姫様みたいですね」
ちょっと言ってみる。いえ、そんなこと……とか言うのかなって思ってたら、
「ええ、わたくしこの都を治めてますの」
「ええ――――――!?」
うっそ! マジで!? びっくり、何これ?
ん? 待て、ということは……私、今までそんな偉い人と話してたの!?
もう衝撃で謝ろうとすると。
「桜様、一つお願いがあります」
秀広さんが桜様にお願い?
「なんでしょう?」
そして黙る秀広さん。
あーもう、じれったいなぁ。早く言ってよ!
「あの、鈴音様を……」
え? 私のこと?
「鈴音様を私達の都に住まわせて下さい!」
「え?」
……え。え? ええっ!?
「なっ! 何言ってるんですか!?」
もうこれは黙ってられないよ!
「何って……お前を都に住まわせるとお願いを、」
「そんなこと勝手に言われたって!」
もう、今日は衝撃多すぎなんだよ!
「それとも嫌なのか? 都に住むのが……」
「いやっ、そういうわけじゃないですけど……」
だってほら、家ないし!
「じゃあ決まりですわね!」
え!? 桜様までー!?
「お願いします、桜様」
「秀広さん! もう、お願いしますじゃないですよっ」
なんじゃこりゃ。ぐちゃぐちゃだなぁ、もう。
「早速行きましょう! 都へ!」
「ホントなんですね……」
二人に連れられて都へ……とほほ。
――今の私は知らなかったんだ、これから起こる数々の出来事を――