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メダリス

第一章 創世期

作者: 飛個呂

 第一章 創世期


 後の世に日本と呼ばれるこの国に、まだ文明が存在しなかった頃のことである。一組の少年と少女が、見た目はかなり高齢と思われる女の話に聞き入っていた。三人の衣服はというと、獣の皮を羽織っているだけの簡単なものである。高齢の女は、カミラといい、この部族の呪い師をしている。


 少年の名はヨルダ。母親は、彼を生むとすぐ亡くなってしまった。父親は、部族では優れた狩人として知られていた。その父親も、ヨルダが三歳のとき狩りに出たまま帰らぬ人となった。孤児となったヨルダを育ててくれたのは、父の狩人仲間だった少女の両親である。少女の名は、アジという。


 ヨルダとアジは、カミラが話す神々の話が大好きであった。今日もその話を聞きに来たのだ。カミラの話によると、世界に何も無かった頃、一人の女神がこの世に降り立つ。女神の名はメダリスといった。メダリスは、アルという神様を生んだ。アルは、炎を司る神様であった。そして、世界は炎に包まれてしまった。次にメダリスは、トルという神様を生んだ。トルは土を司る神様で、炎に包まれた世界を土で覆ったのだ。時々地面が火を噴くのは、覆いきれなかったアルの炎なのだそうだ。

 次に、メダリスは、ウルという水の女神を生んだ。すると、世界は水で覆われてしまった。トルが、怒り体をうねらせると水の中の土が盛り上がり大地ができた。

 だが、まだ人が住める世界ではなかった。そこでメダリスは、エルという女神を生んだ。すると世界に風が吹き始め、何とか生き物の住める世界になったのだ。

 それでも、まだ完全な世界ではなかった。次にメダリスは、シャルという女神とジオという神様を生んだ。シャルは月、ジオは太陽となり世界に夜と昼ができたのだ。そして、メダリスは、人を生み、それから草木や獣などありとあらゆる生き物を生んでいった。最初生き物は、死ぬことが無かった。やがて、世界は生き物で溢れかえり住む場所が無くなってしまった。そこで、メダリスは、死の神シンを生み、生き物に死が訪れるようにした。死んだものの魂は、すべてシンによってメダリスの元へ還されるのだそうだ。

 

 五年ほど時が流れ、ヨルダは十五歳、アジは十三歳になっていた。命の短いこの時代では、もう大人の仲間入りをしてもよい年頃である。森へ木の実を採りに行くのが、彼らの日課となっていた。その日も、二人は連れだって行き慣れた森へと入っていった。しかし、いつもの日とは違い、木の実は少ししか集まらなかった。そこで、二人は、少し森の奥まで行くことにした。すると、驚くほどたくさんの木の実がある場所があった。二人は、夢中になって木の実を集めた。どれほど時間が過ぎたのだろうか、周りはもう薄暗くなろうとしている。だが、その辺りだけは、なぜかまだ明るかった。そして、二人が気がついたときには、森はすっかり暗に包まれていた。周りを見渡すとなぜか仄かに明い方角がある。二人は、引き込まれるようにそちらの方へ歩いて行った。


 しばらく歩くと、岩が露出した崖の下へ着いた。崖には、洞窟があった。明かりはその洞窟から漏れていたのだ。二人は安心した。ここにこんな洞窟が在るとは聞いていない。しかし、この辺りに彼らの部族以外、誰もいないとは聞いていた。きっと中には部族の誰かがいて、火を焚いているはずだ。そう思い、二人は中へ入っていった。驚いたことに誰もいない。その上、明かりの原因となるはずの焚火も、見当たらないではないか。洞窟の内部全体が、薄明るく光っているのだ。洞窟は、まだ奥に続いていた。奥の方に人がいるのかもしれないと思い、二人は、大きな声で呼びかけてみた。二人の呼び声は、しばらく洞窟に響いてから、虚しく消えていった。もう一度呼んでみたが、結果は同じだった。二人は、恐る恐ると奥へと進んでいった。やはり誰もいないし、洞窟が暗くなることもなかった。五十歩ほど歩いてゆくと、そこは、行き止まりのやや広い空間になっていた。なぜか暖かく朝までいても凍えることは無いだろうと思えた。疲れ切った二人は、ここで一晩寝て、夜が明けてから帰ることにした。幸いなことに、採ってきた木の実はたくさんあった。二人は、それを食べながら、この不思議な洞窟のことを話をしていたが、やがて体を寄せ合い眠ってしまった。


 彼女(或いは彼と呼ぶべきかもしれない)は、多元宇宙の狭間を漂っていた。この宇宙の狭間を、亜空間と呼ぶことにしよう。最初彼女は、自我を持たなかった。自我を持ち始めたのは、最近のことである。最近といっても、それは彼女固有の時間に於いてである。亜空間では、時間というものは意味を持たない。時間を持つということは、彼女自体が一つの小さな宇宙だと、いえるのかもしれない。

 彼女が自我を持ったということは、幼年期が過ぎたということなのだろう。自我を持ってから、彼女は、何度も別の宇宙に接触してきた。自我を持つ以前にも、接触した事があるのかもしれない。彼女の意思ではなく、亜空間を漂う中、自然に接触してきたのだ。ちょうど今、彼女は、別の宇宙の一部と接触していた。そして、初めて自分とは違う意思の存在に気がついた。驚いたことに、その二つの小さな意思は、彼女の体内へと入ってきた。彼女は、そっと二つの意識をさぐってみた。充分に二つの意識を探った後、彼女は、二つの意識と接触を持つことにしたのだった。


 ヨルダは、長い夢をみた。創造神メダリスと話す夢であった。メダリスは、カミラが話したように銀色の髪と金色の翼を持った女神であった。それどころか、自分が思い描いていた姿と、寸部違わぬ姿をしていた。彼女の声は、覚えているはずのない彼の母親の声にも思えた。父のことや母のこと、アジの両親のこと、カミラの話にでてくる神々のことも話した。また、食べられる木の実や草、動物や魚の話もした。まだ他にもいろいろな話をした。彼の知っていることは、すべて話したと思われた後、突然夢は終わった。そして、彼は再び深い眠りへと入っていった。


 彼女が、小さい意識たちと接触している間に、二つの宇宙は突然引き離された。引き離されたというより、自然に離れてしまったのだろう。二つの小さな意識は、もう元の世界に帰る事はできないだろうと、彼女は思った。それから、この二つの意識を守ってやらねばならないとも思った。それは、彼女の本能であったのかもしれない。

 彼女は、急に忙しくなった。まず、彼女は、彼女の体内に彼らが住めるだけの小さな空間を作った。それから、彼らの話した神々を創ることにした。神話の通り、最初にアルを創った。彼らの意識によるとアルは、二本の牙を持ち、全身真っ赤で長い髪の毛は炎でできていた。その通りに創り、命を吹き込んだ。

 次は、トルだ。トルは、土色の肌をしていて、目は一つしか無く、禿頭には一本の角があった。水の女神ウルは、青い髪に青い目をしていた。肌の色は水色で長い耳を持っていた。風の女神エルは、緑の髪に緑の目、透き通るような白い肌でやはり長い耳を持っていた。背中には、透き通った四枚の羽があった。ここまでは、順調にいった。

 しかし、太陽や月を創れるほどの空間は無い。仕方なく、彼女は神話を少し変えることにした。太陽や月は創れないが、二体の神と昼と夜を創ることはできる。昼の神ジオは、たくましい金色の体をしていた。夜の女神シャルは、日々長さの変わる黒い髪の毛と、月色の肌を持っていた。一番髪の毛が長い時は、髪の毛が全身を覆いその姿を隠してしまう。短いときは、全身が現れる。その周期は三十日なのだ。月は作れなかったが、夜の明るさは彼女の髪の長さによって変わるようにした。ジオの力が強い間世界は昼で、シャルの力が強くなると世界は夜に変じてゆく。

 彼女は六体の神々に命じて、小さな空間を小さな意識達が住めるようにした。それから彼女は、小さな意識から聞いた通りの世界を創っていった。少しは、違うところがあったが、それはしかた無いであろう。ヨルダ達の持つ知識が完璧ではなかったのだから。やっと、世界が完成した後、彼女は、眠っている小さい意識の片方を起こした。


 まず、アジが目をさました。洞窟は、やはり薄明るく暖かい。ヨルダは、ぴったりと寄り添って、まだ眠っている。アジは、上半身を起こしてヨルダをに声をかけた。アジの声を聞いて、ヨルダも目を覚ました。疲れは、すっかりとれている。とても長い間寝ていたような気がした。きっと、夕べの夢のせいなのだろう。夢にしては、とても生々しかった。まだ、はっきりと覚えている。ヨルダは、不思議に思いアジに夢の事を話した。驚いたことにアジもまた、ヨルダと同じような夢を見たという。少し怖くなった二人は、すぐにもこの洞窟を出ることにした。ヨルダが、入り口があった方を見るとそこは、光る壁でふさがれているではないか。慌てて周りを見回すと、反対の方に洞窟は続いている。きっと、自分の思い違いだろうと思い、二人は、そちらの方へ歩いていった。


 洞窟の外は、やはり森であった。もうすっかり明るくなっていた。ほっとして周りを見回す。ヨルダは、なぜか昨日の森とは違うように思えた。明るさが違うためだろう。そう決め込み、二人は、たぶんそちらが自分たちの家だろうと、思われる方角を目指した。思ったとおり、二人は、森を抜け出ることができた。しかし、そこにいつもの風景はなかった。小川が流れているところに小川はなく、小さな泉が湧いているだけであった。そのそばには、小さな竪穴式の家が、一軒だけあった。それは、二人が暮らしてきた家と全く同じであった。顔を見合わせた後、二人は無言でその家に近づき、その中へ入っていった。家の中も、二人が暮らしてきた家と同じように思えた。だが、アジの両親の姿はどこにもなかった。


 心細くなったアジが泣き出したとき、突然、二人は何者かに話しかけられた。話かけられたというより、直接意識に呼びかけられたようだ。

「何も心配することはありません。」

彼女は、まず、そう言った。姿は見えなかったが、二人は、それが女神メダリスの声であるとすぐに解った。声には、神秘的な優しさがあり、二人の不安はすぐに消えていった。

「ここは、どこですか?」

ヨルダが、そう口に出すより先に女神は、答えた。

「ここは、私、そう私自身なのです。私がメダリスならばここは、メダリスでしょう。」女神の話は続いた。

「その家をでて、まっすぐ歩いてゆくと洞窟があります。その洞窟には私の子供たちがいます。困った事があれば、彼らに相談するといいでしょう。彼らの名は、アル、トル、ウル、エル。それにシャルとジオ。もうあなた達は知っているはずですね。」

そう、彼らが当然知っている神々の名前であった。


 二人は、まだ、夢の中にいるような気分であったが、とりあえず家を出てまっすぐ歩いてゆくことにした。すぐに洞窟は、見つかった。入り口は、四つ有った。二人は、まず、一番右側の、入り口に入ることにした。そこには、アルがいた。

「熱いから、あまり近くには来ないように。」

彼は、まず、大きな声でそう言った。

「はい。」ヨルダがそう答えると、アルは、大きな声で笑ってからこう言った。

「火が必要なときには、私の名を呼ぶがいい。それだけで火を起こすことが出来る。」

ヨルダがうなずくと、アルは再び大きな声で笑い、次の洞窟へ行くように言った。

 隣の洞窟には、予想通りトルがいた。トルは熱くなく近づくことができた。

「私は、直接お前達には何もしてやれない。だが、土を肥やし木の実や食べられる草を育てることは出来るのだよ。土や大地のことで私に相談したいことが有れば、ここに来なさい。」

トルは、低い優しい声でそう言った。

「はい。」

ヨルダがそう答えると、トルの一つしか無い目が優しく笑い、次の洞窟へ行くように言った。

 水の女神ウルは、深い優しい声で言った。

「もし、怪我をしたり、病気になった時は、私を呼びなさい。私が治してあげましょう。また、水のことで話があればここに来るといいでしょう。」

 隣の洞窟へ行くとそこには、三体の神様がいた。風の女神エルを真ん中に、右には夜の神シャル、左には昼の神ジオがいた。まず、エルが爽やかな声でこう言った。

「私は、気まぐれで何も出来ませんが、あなた方が生きてゆくためにとても大事な物を作っているのですよ。今は昼なので、シャルは眠っています。起こさないようにしなさい。」

ヨルダが、シャルの方を見ると確かに眠っているようであった。ジルが、少し尊大な声で言った。

「我は昼の神、この世では太陽の代わりに、この世界を照らすのだ。我が眠っている間は、シャルが世界を見守るであろう。」と。


 四十回ほど夜の女神の周期が過ぎた。ヨルダは逞しく育っていた。トルに相談して石の槍やナイフを作ってもらい、狩猟をするようにもなっていた。その頃二人には、最初の男の子ができた。二人目と三人目は女の子であった。二人は次々と子供を作り、三人の男の子と四人の女の子ができた。食べ物は十分にあり、飢えることは無かった。その上、病気や怪我をすると、水の女神ウルが治してくれた。

 ある日、アジは、最初の子供が伴侶を探すほど成長したことに気がついた。困った事に、ここには兄弟姉妹しかいない。アジは、一人でウルの洞窟を訪れ、彼女に相談した。ウルは、

「それは私に助けられる事ではありません。母神様に相談しなさい。」

と言った。

「でも、どうやって。」

アジが言う前に頭の中で声がした。あの懐かしいメダリスの声であった。

「私に相談があるときは、思うだけでいいのですよ。次にシャルの髪の毛が一番短くなる日の朝に、最初の子の伴侶が、あなたの家を訪ねるでしょう。それまでに、もう一軒家を建てておきなさい。」

 その夜、アジは、そのことをヨルダに告げた。次の日から、家族の働けるものは総出で新しい家を作った。メダリスが約束したその日、果たして若い女が一人、彼らの家を訪ねてきた。彼らの子供達も、孫たちもそうやって伴侶を得ることができた。二人の孫の子供達が連れ合いを探す頃には、メダリスに頼まなくても、連れ合いが見つかるようになっていた。


 二人は、長く生きすぎていることに気がついた。そして、メダリスに最後の願いをすることにしたのだった。世界に死の神シンが必要な時が来たのだ。そして、二人は長い生涯を閉じた。



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