処分処置
分からないことは、即、所長だ。
幸いコンビニもあったので車を停め、
千歳からスマホを返してもらった。
千歳は、何やら放心している。
長いコールのあと、
「んー?」
という、ひどく脱力した声が聞こえた。
「あ、所長? あのですね、」
「アプリを入れたんですけど……」
「そうかい。何かあったかい?」
「何かって、」
「所長の方にも通知って行くんですよね?」
「行くね」
「だったら……」
「さっきの通達かい?」
「……はい」
「何が訊きたい?」
「答えられないこともあるんだよね」
「え? そんな感じですか?」
「……えっと、まずは……」
あまり回らない頭のまま捻り出したのが、
「俺、何したらいいんですか?」
という、
どこの新入社員だよ、
という質問だった。
続けて訊く。
「『処分処置』の意味って、」
「訊いていいんですかね?」
「何か大袈裟に考えてる?」
所長が聞き返してきた。
「だって、処分とか……物騒じゃないですか」
「ははは。あのね、」
「まぁ普通の会社で言えば懲戒ってところかね」
「会社に不利益を与えたので処分したい」
「だからガラ押さえてね、って感じかな?」
「ガラって……それすら物騒です」
「エージェントは対処って書いてましたけど、」
「俺もですか?」
「荒事なんてできませんけど?」
「まぁまぁ、努力義務だよ」
「居場所に繋がる情報とか、」
「なんかない?」
おお。
それならある。
「二十分くらい前に、」
「山田さんが北浜信用金庫から出てくるのを見ました」
あっさり先輩を売るのであった。
「木村さんは、さっき事務所で見たきりです」
「いないんですか?」
「まぁまぁ」
「うん、その目撃情報で」
「努力義務を果たしたと看做すよ」
「ご苦労さん。あとは自分の仕事やっといてね」
そう言って、電話は切れた。
「もういいの?」
「いいみたい……」
「誤魔化されてない?」
「分からない」
「『処分処置』って」
「……どう聞いてもあれじゃん」
「用済みだから消す、みたいな」
「いやいや、まさか」
「……だって『調査会社』だよ?」
「そればっかり」
「私は……何でもない」
千歳は、そっぽを向いた。
……やっぱり何かあったのかな?
まぁ、所長は「自分の仕事して」と言っていた。
なら、この「処分処置」については、
これ以上考えるのはやめよう。
それより山田さんだ。
彼がどうなるのかは分からない。
けれど、もしこちらの案件に関わっているのなら、
ただ「処分」なんてされても困る。
だからといって、
こっちから探し回るのも藪蛇な気がする。
悩ましい。
「山田さんと仕事したことあるよね?」
千歳が口を開いた。
「うん。最初の頃にね」
「仕事したというか、振り回されたというか……」
………………
あれは、
スカウトされてから程なくの頃だった。
山田さんが突然、
俺のタクシーに乗り込んできた。
「俺のこと分かるよね?」
「あ、お顔は知ってます」
「十分」
「なら現時点から仕事開始」
「まず北区の方に行って」
「あ、メーターは倒してね」
これが初会話であり、
初仕事だった。
「こんな夜中に仕事ですか?」
「そうだよ」
「俺たちに昼も夜もないよ」
この時、
この仕事に少し不安を感じたのを覚えている。
「どんな仕事なんですか?」
「花畔君は運転手だよ。頑張って」
「そうすか……」
「......簡単に話すと、」
「今回は回収だね」
「というと……取り立て的な?」
「まぁね。金じゃなくて、」
「本人だけどね」
「本人?」
何とも不穏な話だ。
「もしかして、三丁目界隈?」
「いい勘してるね。そうだよ」
「なら、こっちの方が近いですね」
俺はタイヤを軋ませながら、
交差点を左へ曲がった。
北区はS市の中でも、
あまり治安がよろしくない。
中でも「三丁目界隈」は、
いわゆる繁華街である。
中央区の繁華街に比べれば、
こぢんまりとしたものだ。
ただ、
「良くない話」の数で言えば、
こちらの方が多い。
「『ゴールデン街』って看板あるじゃない?」
「あそこで停めて待機してて」
そう言うと、
山田さんは車を降りていった。
なんか「調査会社」というより、
探偵さんだな。
荒っぽい方の。
山田さんが入っていった方を、
何となく眺めていたが――。
あれ?
あそこ、抜け道なかったっけ?
そう思い出した途端、
俺は車を走らせていた。
回り込んで、
抜け道の出口付近に着いたら、
ドンッ!
助手席側に何かがぶつかった。
「あ?」
やらかしたかな?
一瞬ビビったが、
ぶつかってきたものを
山田さんが引きずり起こしていた。
「ナイスタイミング!」
「使えるねぇ、はなちゃん。トランク開けて」
……その後。
「調査会社」で山田さんを降ろしてからも、
俺はしばらく、
悪い夢を見ているような感覚から抜けられなかった。




