「調査会社」
相変わらず古びた建物だ。
ペンキの剥げかけた、
青い外壁が周囲から妙に浮いていて、
嫌でも目につく。
そのくせ看板の類は何ひとつない。
どう見ても怪しい会社だ。
狭い玄関を入ると、
すぐ目の前に階段がある。
その脇には手作りらしい、
郵便物置き場が設けられていた。
階段を上りきったところに、
古びた木の扉があり、
俺は軽くノックした。
返事はなかった。
しばらくすると、
中から誰かが近づいてきて、
扉が開いた。
「よう」
所長だった。
相変わらずの小さなおじさんだ。
「ご無沙汰だね。元気してたかい?」
「お陰様で。……少しいいですか?」
「いいよ。入んな」
扉の向こうには、
入口を目隠しするように書類棚が並んでいる。
その列が途切れたところから、
ようやく部屋の中へ入れる造りだ。
入口付近は薄暗い。
ところが棚を抜けて、
部屋全体が見渡せるようになった途端、
明るさが目を刺した。
見覚えのある顔ばかりだった。
そして相変わらず、
こちらに興味を示す人間はいない。
唯一の女性職員は、
何やら猛烈な勢いで電卓を叩いている。
これも見慣れた光景だ。
しかし何度見ても、あれは人間業とは思えない。
少し離れたところでは、
一際小汚い男が誰かと電話をしていた。
俺がここで仕事を始めた頃、
教育係をしていた男だ。
「今日はどうした?」
所長が訊いた。
ボロボロのソファーを顎で示され、
俺はそこへ腰を下ろしながら、
ここへ来た経緯を説明した。
「へえ、そうなんだ」
所長の一言だった。
「で、こっちに、」
「何か連絡が来てないかと思いまして……」
「来るわけないじゃん」
「まぁ、君宛の手紙ならあるかもね」
いや、そうなんだけどね。
そのために、
わざわざ俺名義でやっているわけで、
この「調査会社」とは、
無縁の話にしているのも分かっている。
分かってはいるんだけど、
なんだかなぁ。
「とりあえず探してみていいですか?」
「ああ、あとから千歳も来ます」
「千歳ちゃんかい?」
「あの子もご無沙汰だね」
「本業が忙しいですからね」
「何せ施設の部長になっちゃったので」
「まぁ、好きにやんなよ。」
「誰も読まない手紙は階段の棚さね」
階段を上りながら、
郵便物を仕舞えるような雑な造りのせいで、
見た目以上に収納力があるのが、
この「手紙棚」である。
階段に合わせて段々になっているのも面白い。
どの棚も、
それぞれの段から手を伸ばせば届く程度の高さだ。
が……。
下から上まで、
棚という棚に郵便物が突っ込まれている。
幅の合わない封筒まで無理やりねじ込まれ、
どれも埃まみれだ。
あまり触りたくない。
玄関すぐ脇の、
しゃがまなくても、
手が届く辺りだけは常駐職員用らしく、
ほとんど何も入っていなかった。
つまり、
「そこ以外」が
すべて捜索範囲ということになる。
俺は玄関横の一番下の棚から手紙の束を探り始めた。
すぐに放り投げたくなった。
宛名の情報量が多すぎる。
誰だ、これ。
中にはこの会社そのものに宛てたものまで混じっていた。
誰も見なくていいのか? これ。
下の方になると、
ただの埃ではなく砂埃まで混じっている。
だんだん嫌になってきた。
三十分ほど経った頃だろうか。
「で、何があったの?」
千歳がやってきた。
俺の顔を見るなり、
「顔、黒いよ?」
頬を手で撫でてみたが、
どうやら余計に汚れたらしく、
千歳に笑われた。
「いやさ、家を建てたじゃない?」
手を止めずに話し始める。
「どうなってるのかと思ってさ」
「そういえば、どうなったの?」
前にもそんな台詞を聞いたな。
「どうなってるのか、わからないんだよ」
「それでここに来たの?」
「そう。何か知ってるかと思ってさ」
「知らないみたいだけどね」
「知らないのかねぇ……」
「でさ、名義的には俺の家じゃん?」
「住んだっていいかと思ってね」
「嫌よ、あんなとこ」
即答だった。
とりあえず、
俺宛のものを探してくれと千歳に頼み、
手分けすることにした。
彼女は上の方から。
俺は引き続き下から。
「ええ?」
始めてすぐ、
千歳が何か言い出した。
「うん?」
「これ、仕事の報告書じゃん」
「一昨年のだよ?」
「そこでいいの?」
「いいわけないじゃん」
「領収書まで放ってあるんだけど……」
「相変わらずゆるいね」
「ゆるいっていうか……」
「こういうところも、」
「ここ好きじゃないんだよね」
夜勤明けのせいか、
ことのほかプリプリしている。
俺もあまり他人事には関心を示さないタチだが、
ここの雑さには思うところがないでもない。
「調査会社」だよね?
結果として何もなかった。
俺宛の手紙なんて、
来るはずもないとは思っていたが、
見事なまでに何もない。
こうなると、
さすがに手詰まりだ。
手洗いも兼ねて中へ戻ろうと、
千歳に声をかけた。




