↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
去年の夏  作者: 紫丁香
PR
2/16

「調査会社」

相変わらず古びた建物だ。


ペンキの剥げかけた、

青い外壁が周囲から妙に浮いていて、

嫌でも目につく。


そのくせ看板の類は何ひとつない。

どう見ても怪しい会社だ。


狭い玄関を入ると、

すぐ目の前に階段がある。

その脇には手作りらしい、

郵便物置き場が設けられていた。


階段を上りきったところに、

古びた木の扉があり、

俺は軽くノックした。


返事はなかった。


しばらくすると、

中から誰かが近づいてきて、

扉が開いた。


「よう」


所長だった。

相変わらずの小さなおじさんだ。


「ご無沙汰だね。元気してたかい?」


「お陰様で。……少しいいですか?」


「いいよ。入んな」


扉の向こうには、

入口を目隠しするように書類棚が並んでいる。

その列が途切れたところから、

ようやく部屋の中へ入れる造りだ。


入口付近は薄暗い。


ところが棚を抜けて、

部屋全体が見渡せるようになった途端、

明るさが目を刺した。


見覚えのある顔ばかりだった。

そして相変わらず、

こちらに興味を示す人間はいない。


唯一の女性職員は、

何やら猛烈な勢いで電卓を叩いている。

これも見慣れた光景だ。

しかし何度見ても、あれは人間業とは思えない。


少し離れたところでは、

一際小汚い男が誰かと電話をしていた。

俺がここで仕事を始めた頃、

教育係をしていた男だ。


「今日はどうした?」


所長が訊いた。


ボロボロのソファーを顎で示され、

俺はそこへ腰を下ろしながら、

ここへ来た経緯を説明した。


「へえ、そうなんだ」


所長の一言だった。


「で、こっちに、」

「何か連絡が来てないかと思いまして……」


「来るわけないじゃん」

「まぁ、君宛の手紙ならあるかもね」


いや、そうなんだけどね。


そのために、

わざわざ俺名義でやっているわけで、


この「調査会社」とは、

無縁の話にしているのも分かっている。


分かってはいるんだけど、

なんだかなぁ。


「とりあえず探してみていいですか?」

「ああ、あとから千歳も来ます」


「千歳ちゃんかい?」

「あの子もご無沙汰だね」


「本業が忙しいですからね」

「何せ施設の部長になっちゃったので」


「まぁ、好きにやんなよ。」

「誰も読まない手紙は階段の棚さね」





階段を上りながら、

郵便物を仕舞えるような雑な造りのせいで、

見た目以上に収納力があるのが、

この「手紙棚」である。


階段に合わせて段々になっているのも面白い。

どの棚も、

それぞれの段から手を伸ばせば届く程度の高さだ。


が……。


下から上まで、

棚という棚に郵便物が突っ込まれている。

幅の合わない封筒まで無理やりねじ込まれ、

どれも埃まみれだ。


あまり触りたくない。


玄関すぐ脇の、

しゃがまなくても、

手が届く辺りだけは常駐職員用らしく、

ほとんど何も入っていなかった。

つまり、

「そこ以外」が

すべて捜索範囲ということになる。

俺は玄関横の一番下の棚から手紙の束を探り始めた。


すぐに放り投げたくなった。


宛名の情報量が多すぎる。

誰だ、これ。

中にはこの会社そのものに宛てたものまで混じっていた。

誰も見なくていいのか? これ。


下の方になると、

ただの埃ではなく砂埃まで混じっている。

だんだん嫌になってきた。


三十分ほど経った頃だろうか。


「で、何があったの?」


千歳がやってきた。

俺の顔を見るなり、


「顔、黒いよ?」


頬を手で撫でてみたが、

どうやら余計に汚れたらしく、

千歳に笑われた。


「いやさ、家を建てたじゃない?」


手を止めずに話し始める。


「どうなってるのかと思ってさ」


「そういえば、どうなったの?」


前にもそんな台詞を聞いたな。


「どうなってるのか、わからないんだよ」


「それでここに来たの?」


「そう。何か知ってるかと思ってさ」

「知らないみたいだけどね」


「知らないのかねぇ……」


「でさ、名義的には俺の家じゃん?」

「住んだっていいかと思ってね」


「嫌よ、あんなとこ」


即答だった。


とりあえず、

俺宛のものを探してくれと千歳に頼み、

手分けすることにした。


彼女は上の方から。

俺は引き続き下から。


「ええ?」


始めてすぐ、

千歳が何か言い出した。


「うん?」


「これ、仕事の報告書じゃん」

「一昨年のだよ?」


「そこでいいの?」


「いいわけないじゃん」

「領収書まで放ってあるんだけど……」


「相変わらずゆるいね」


「ゆるいっていうか……」

「こういうところも、」

「ここ好きじゃないんだよね」


夜勤明けのせいか、

ことのほかプリプリしている。


俺もあまり他人事には関心を示さないタチだが、

ここの雑さには思うところがないでもない。


「調査会社」だよね?


結果として何もなかった。


俺宛の手紙なんて、

来るはずもないとは思っていたが、

見事なまでに何もない。


こうなると、

さすがに手詰まりだ。


手洗いも兼ねて中へ戻ろうと、

千歳に声をかけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。