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マニュアルキラー:第2部 校正なき改竄  作者: 早野 茂


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第7話 相互干渉の迷宮

都心にそびえ立つ超高層ビル「セレスティアル・グランドタワー」。

地上六十階建てのその巨塔を維持するのは、血管のように張り巡らされた電気系統と、それらを制御する膨大なサーバー群だ。


三谷恒一は、タワー中層階にある「ITシステム管理室(サーバー室)」の中にいた。

三谷は中央総合設備の認証カードを使い、正規の保守点検を装ってこの部屋に居座っていた。

正当な権限を持つ彼にとって、IDチェックも入退室ログも、自分の存在を正当化するための道具に過ぎない。


三谷のモニタには、盗み見ている総支配人室の映像が映し出されている。

三谷が狙ったのは、総支配人の「不備」――禁煙の自室で隠れて吸い続ける、重度の喫煙癖だ。

タワーの防災仕様書には、誤作動を防ぐため、『エリア内の二箇所のセンサーが共に検知した場合のみ、消火ガスを放出する』という厳格な二信号検知方式が採用されている。


三谷はハッキングにより支配人室の空調を制御し、煙を感知器へと導く指向性の「煙の道」を構築した。

さらに彼は、確実に息の根を止めるため、消火システムの設定を書き換えた。

本来、検知後に流れるはずの避難アナウンスと猶予時間を完全に削除し、二つの信号が揃った瞬間に「即時ガス放出」が行われ、同時に気密保持のため扉が「強制ロック」されるようプログラムを改竄したのだ。


***


同じ頃、メンテナンスダクト内。

織部悟は、三谷が作り出した「歪み」を物理的に校正しようとしていた。


織部は支配人室へ繋がるダクトの分岐点に、厚さ0.5ミリのアルミ製「偏向板」を差し込んだ。

三谷がデジタル制御で調整した繊細な気流は、この一枚の板によるわずかな風向の変化で崩壊した。

支配人がタバコに火をつけたが、煙は天井のセンサーへ昇ることなく霧散し、足元の還気口へと吸い込まれていく。

支配人室のセンサーは一つとして反応しなかった。


次に織部は、サーバー室の天井裏へ移動した。

彼は三谷の頭上で、天井に固定されていた二つの熱感知器のビスを静かに緩めた。

そして、三谷がハッキングのためにフル稼働させているメインサーバーの排気スリットの真ん前へと、その二つのセンサーを釣り糸のように慎重に吊り下げて移動させた。


***


サーバー室内の三谷は焦燥を募らせていた。

「なぜだ……喫煙による煙は出ている。なのに、一つもセンサーが反応しない!」


モニタ上では支配人が悠々とタバコを燻らせている。

三谷は苛立ち、システムの不具合を疑い、あるいは強制的に消火シーケンスを起動させるための解析プログラムを次々と走らせた。

サーバーの演算能力を限界まで引き上げた結果、筐体は悲鳴を上げ、排気口からは100度近い猛烈な熱風が排出された。


その直前に吊り下げられた二つの熱センサーが、同時に限界温度を突破した。


『第一信号検知。……第二信号検知。全エリア即時消火モードに移行』


無機質なアナウンスが響いた。

三谷が支配人を逃がさないために設定した「猶予時間ゼロ」と「強制ロック」の死のプログラムが、自分自身のいるサーバー室で発動したのだ。

重厚な扉が電磁ロックされ、三谷は逃げ場を失った。


「まさか……俺自身が、二つのトリガーを満たしたのか?」


扉の向こう側から、織部の低く、感情のない声が漏れ聞こえた。

「三谷。お前の論理には『廃熱』という物理的な出力が抜けていた。デジタルは熱を出し、その熱は物理的な火災として校正される」


シューッ、という冷徹な音と共に、天井のノズルから高濃度の窒素ガスが噴射された。

三谷は激しく咳き込み、酸素濃度が急落する部屋で扉に取り縋ったが、自ら書き換えた最強のセキュリティが自分を閉じ込める檻となっていた。


***


数分後。

窒素に満たされた部屋で、三谷の意識は消失しかけていた。

だが、朦朧とする視界の隅に、壁際に設置された「EPS(電気配線シャフト)」の小さな点検扉が映った。


三谷はかつての安全管理員時代、このタワーの施工ミスを監査で指摘し、握りつぶされた経験があった。

このサーバー室の壁の向こうを通るEPS空間は、最上階から地下の免震ピットまで一気に垂直に貫通しており、あろうことか、その最下部が緊急排気ファンの吸気経路と意図せず繋がっていたのだ。


「……あ、けろ……!」


三谷は最後の力を振り絞り、EPSの扉をこじ開け、その隙間に顔を突っ込んだ。

瞬間、地下から吸い上げられる新鮮な外気が鼻腔を突き、強力な吸気流が窒素を押し返した。

かつて「仕様上、存在しない」と切り捨てられた設計ミスが、今、三谷の命を救った。


***


翌日。

組織の隠れ家に現れたミスター・ルールは、生還した三谷に深い関心を示した。

「織部の校正を生き延びた者は、君が初めてだ」


ルールは三谷に、より巨大な「舞台」――国家規模のインフラ管理システムのアクセス権を差し出した。

三谷はそれを奪うように受け取った。

「織部を殺せるなら……世界中の仕様書を地獄に変えてやる」


期せずして、織部が唯一仕留めそこねた男となった三谷。

二人のマニュアルキラーの戦いは、世界の崩壊を予感させる全面戦争へと突入した。


(第8話「デバッグの終焉」へ続く)

ご一読ありがとうございました。

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【シリーズ前作はこちら】

『マニュアルキラー:第1部』

https://ncode.syosetu.com/n4289lo/


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