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マニュアルキラー:第2部 校正なき改竄  作者: 早野 茂


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第6話 校正と改竄の差

関東メガ・ロジスティクスの爆発事故は、翌日の朝刊で「乾燥による不運な連鎖事故」として片付けられた。

当局による事故調査報告書は、こう結論づけている。

『粉塵の浮遊する悪環境下で、静電気の放電が着火源となり小規模な粉塵爆発が発生。パニックに陥り避難しようとした被害者が手すりに縋りついた際、長年の振動で緩んでいた支持ボルトが脱落。防護柵の機能喪失により、被害者はコンベアへと転落した』


三谷恒一は、ミスター・ルールが用意した貸し倉庫の作業場で、その報告書と掠め取った「解析前の生データ」を交互に睨みつけていた。


(不運……?違う、あれは俺のミスだ)


粉塵という変数の見落とし。

それが爆発という制御不能なエラーを引き起こした。

だが、当局が「整備不良が生んだ不運」と断じたその結論の裏側に、三谷だけが気づく許しがたい「真実」があった。


三谷は震える手でマウスを操作し、当局が撮影した床に転がっていた2本のボルトの接写写真を凝視した。


「……ありえない」


三谷の喉が鳴った。

1本目のボルト。

そのネジ山には長年の振動で削り取られた金属粉が付着していたが、ネジの先端数ミリだけが異常に摩耗が少なく、新品に近い光沢を鈍く放っていた。

それは、このボルトが振動で「徐々に」外れたのではなく、「つい数分前まで確実に奥まで刺さっていたものを、誰かが人為的に抜き取り、そこに置いた」ことを雄弁に物語っていた。


そして2本目。三谷はそのボルトが落ちていた「位置」に戦慄した。

手すりの直下ではなく、そこからわずかに離れた場所に、まるで「事故の勢いでここに転がるのが最も自然である」と計算されたかのような角度で転がっていたのだ。


三谷の構築したロジックでは、加瀬は静電気のショックでのけぞるはずだった。

だが現実には、火花が散ったかどうかなど関係なく、加瀬が縋りついた瞬間に物理法則がその命を摘み取っていた。

三谷がデータの全能感で弄んでいた仕様書の裏側で、たった2本のボルトの「緩み」と「位置」を調整し、死を完璧に完結させた男がいた。


「整備不良……偶然?いや、違う。これは……『編集』されている」


三谷は独り言を漏らした。

あの日、あの現場。

自分以外の「本物」がいたのだ。

当局の無能な鑑識官たちには見えない、あまりに精密でアナログな物理的「校正」で、自分の仕事を上書きした影。


『――仕様に、私見は不要だ』


かつて三谷が点検員だった頃、ある現場で耳にした無愛想な中年点検員の言葉が、呪いのように蘇る。

あの男――「古い校正者オリジン」は、三谷がデータの全能感で弄んでいた仕様書の裏側に潜む、血の通わない物理法則そのものを掌握している。


「俺の仕事を……プロとしての初陣を、カビの生えた物理定石アナログで汚したのか」


三谷の胸を焼くのは、凄まじい劣等感と嫉妬だった。

三谷は狂ったようにキーボードを叩き始めた。

中央総合設備「広域緊急対応チーム」の特権アクセス権を駆使し、当日の外部業者リストを強引に引き抜く。

「見つけ出してやる……。俺の設計を台無しにした、あの古臭い『正解』を」


三谷の視線の先には、既に受領していた次の案件の資料があった。

ターゲットは、都心にそびえ立つ最新鋭の超高層複合施設「セレスティアル・グランドタワー」の総支配人。

三谷にとって、支配人の命などどうでもよかった。

この支配人は、自分のロジックがアナログを凌駕することを証明するための「実験台」に過ぎない。

今度こそ、デジタルによってあの影を上書きしてみせる。

三谷は暗い情熱を抱き、タワーの管理システムへと侵入を開始した。


***


同じ頃。

雑居ビル地下の「織部設備保守事務所」。

織部悟は、電球色のわずかな明かりの下で、三枚の新聞の切り抜きを並べていた。


『東都ロジスティクス、自動走行車の暴走事故』

『グローバル・キャリー、輸送車の自爆事故』

そして、昨日の『関東メガ・ロジ、粉塵爆発事故』。


織部は、その紙面を眺めながら、不快そうにわずかに眉を顰めた。

これらの事故の背後には、共通の「歪み」がある。

本来の仕様やマニュアルが持つ論理的な帰結を無視し、無理やり死という結果を導き出そうとした、稚拙な改竄の痕跡。


それは織部にとって、調律の狂った楽器の音を無理やり聞かされているような、生理的な嫌悪感を催すものだった。


三谷が行った一連の「実験」……その辻褄合わせの手法から、織部はかつて相対した敵の影を読み取っていた。(ミスター・ルール……。奴が背後にいるのか)


コストと安全性の狭間で仕様書を操り、その不完全なバランスから生まれる利益を享受する男。

本来あるべき仕様こそが絶対であると信じる織部にとって、ミスター・ルールは、論理を汚染する最も憎むべき相手だった。


自分を模倣し、手法を汚しながら追いかけてくる模造品。

そしてそれを飼い慣らし、自らの領分を荒らし回るかつての敵。

その存在は、織部の職人としての感覚において、看過できない「システムの不備」そのものだった。


織部の手元にも、同じ「セレスティアル・グランドタワー」の詳細図面が広げられていた。

支配人を殺す依頼など受けていない。

だが、現場を荒らし、仕様を暴力へと貶め続けるこの不具合を、これ以上放置しておくわけにはいかなかった。


「……処分する」


織部の標的はただ一つ。

三谷恒一。

中央総設の権限という「鎧」を着込み、自分を追いかけながら不快なノイズを撒き散らすバグ。


「……除去する。校正とは、人命の救済ではない。歪みの修正だ」


織部は、タワーの空調管理システムの詳細図面をなぞった。

デジタルな全能感に酔い、挑戦権を得たつもりでいる三谷。

対して織部は、三谷という存在そのものを「物理的に成立し得ない不具合」として、事務的に、かつ完全に消去するための手順を組み上げ始める。


仕様書という名の「戦場」で、歪んだシステムを信奉する男と、それを修正しようとする男の歯車が、静かに噛み合おうとしていた。


(第7話「相互干渉の迷宮」へ続く)

お読み頂きありがとうございます。

第2部からでも楽しめますが、第1部を読むと三谷の「焦り」の理由がより鮮明になります。

評価・ブクマでの応援、よろしくお願いいたします!

【シリーズ前作はこちら】『マニュアルキラー:第1部』

https://ncode.syosetu.com/n4289lo/


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