第2話 ノイズの介入
完璧な機械にとって、人間という存在は、処理しきれない「ノイズ」でしかない。
月曜日の午後。
三谷恒一は、湾岸エリアにある「東都ロジスティクス」の巨大倉庫を訪れていた。
彼の表向きの用件は、取引先としての「品質管理監査」だ。
ヘルメットを被り、クリップボードを手にした彼は淡々と現場を巡回していた。
だが三谷の関心は、監査項目にはなかった。
彼の目的はただ一つ。
あの何者かが使ったとされる手法の再現である。
ターゲットに選んだのは、センター長の阿久津だ。
阿久津は現場の安全を「コストの無駄」と断じ、部下を怒鳴りつけることでラインを回す典型的な圧制者だった。
以前、現場で死亡事故が起きた際にも、「マニュアルに従わなかった本人の過失」として全ての責任を死者に押し付け、自らの保身を図った前科がある。
(……この男なら、期待通りの反応をする)
三谷にとって、阿久津が悪党であることは処刑の理由ではなく「実験の成功率を高めるための変数」に過ぎなかった。
阿久津のような傲慢で自らの判断力を過信し苛立ちやすい人間こそが、仕様の迷路に誘い込みやすい質の良い検体なのだ。
「ったく、またかよ!いい加減にしろ!」
怒号が響いた。
三谷が事前に仕掛けた「過敏すぎるセンサー設定」により、ラインが頻繁に緊急停止する。
ビーッ!
という鋭いアラーム音が、阿久津の短気な性格を正確に削っていく。
「おい!点検業者!設定値は『標準』なんだろ?ならこれは機械の誤作動だ!」
「も、申し訳ありません。ですが……」
「うるせえ!仕事にならねえんだよ!」
阿久津は苛立ちの頂点に達し、三谷の予測通り、コントロール盤の「強制解除」キーを叩いた。
彼にとって、警告音は仕事の邪魔をするノイズに過ぎない。
自らの経験則に基づき、安全装置というマニュアルの前提を自ら破棄したのだ。
三谷は、その光景を少し離れた場所から、無表情に見つめていた。
阿久津が、自ら塞いだ死角へと足を踏み入れる。
――前提条件の破棄を確認。
――論理回路の接続。
阿久津が、背後から迫る2トンの無人搬送車(AGV)に気づいたのは、それが彼の肉体を鋼鉄のラックへ押し潰すコンマ数秒前だった。
ドォォン!!
鈍い衝撃音と共に、阿久津の断末魔が響く。
悲鳴を上げる作業員、広がる鮮血。
その喧騒の中で、三谷だけが一人、静止していた。
彼は胸ポケットからボールペンを取り出すと、手元のチェックシートに無機質な記号を書き込んだ。
『項目:再現性テスト1』
『結果:仕様通りに作動。検体の反応、予測値と一致』
「……やはり、前提条件を疑わない者は、死ぬようにできている」
三谷の指先は、微かな興奮に震えていた。
そこに、殺人を犯した罪悪感や、悪を裁いた達成感はない。
あるのは、「自分の読み解いたトリックが正しく機能した」という、推理小説の解答編を読み終えた時のような、純粋で冒涜的な知的充足感だけだった。
三谷は混乱する現場に背を向け、静かに倉庫を後にした。
阿久津が死んだのは、彼が「悪」だったからではない。
三谷が、彼の「愚かさ」を計算式に組み込んだからだ。
「さあ……次は、もっと複雑な『問題』を探そう」
三谷は不敵な笑みを浮かべ、夜の街へと消えていった。
その一歩が、どこへ続いているのかを、三谷はまだ知らない。
(第3話「不完全な休憩」へ続く)
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三谷が憧れた「本物の校正者」の物語はこちら。
『マニュアルキラー:第1部』
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