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マニュアルキラー:第2部 校正なき改竄  作者: 早野 茂


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第10話 一斉検閲

三谷恒一の部屋から、洗練された静寂は消え失せていた。

床には栄養補助食品の空き袋が散乱し、複数のモニタが放つブルーライトだけが、充血した三谷の眼球を照らしている。


「……美しい設計など、もういらない」


彼はキーボードを叩く指に憎悪だけの力を込めた。

画面に映し出されているのは海沿いの古びた木造施設――児童養護施設『わかばの家』のインフラ管理画面だ。

そこは織部悟が正体を隠し長年にわたって匿名で支援を続けている「聖域」だった。


三谷の背後でミスター・ルールが愉悦を含んだ声をかける。

「いいね。今度の君の顔は職人ではなく『テロリスト』の顔だ」

「黙って見ていろ。織部の理性をシステムで焼き切ってやる」


三谷が実行しようとしているのは、暗殺ではない。

中央総合設備が提唱する次世代都市OS「スマート・シティ・グリッド(SCG)」の安全規定を逆手に取った完全なる兵糧攻めである。


***


三谷は冷たい指先でエンターキーを叩いた。


『コマンド送信:ガススマートメーターへ「震度5弱相当の揺れ」および「微小漏洩パターン」を偽装入力』


即座に、モニタ上のステータスが赤く染まる。

《警告:緊急遮断弁作動。ガス供給停止》


三谷は物理的な破壊活動など行わない。

ただセンサーに「今は危険だ」という嘘を吹き込むだけだ。

マニュアルに従順なシステムは、人間を守るために人間から熱源を奪う。


続いて水道局の管理サーバーへハッキングツールを突き立てる。

『コマンド送信:屋内配管における「破裂・大漏水パターン」を偽装入力』


《警告:浸水被害防止のため、スマートバルブを閉鎖。上水道供給停止》


画面の中で『わかばの家』を示すアイコンから「火」と「水」のマークが消失した。

三谷は画面に並ぶ無機質なログを眺め昏い満足感に浸る。


「水も、火も奪った。……人間が『人間』でいるための条件をシステムの名の下に剥奪したんだ」


今の気温は8度。日没後は氷点下まで下がる予報だ。

断熱性能の低い木造施設で暖房を失えば数時間で室温は外気と同じになる。


三谷はさらに、完璧な「情報の孤立」を作り出すための罠を重ねていた。彼はSCGの優先通信プロトコルを改竄し、施設周辺のモバイル通信帯域を極端に制限した。職員がスマホで通報を試みようとしても、通信は三谷が構築した偽のアクセスポイントへと誘導され、画面には「サーバー混雑」の表示が空虚に並ぶだけだ。さらに、センターへの報告信号を「正常」に書き換える偽装工作スプーフィングを並行させる。施設職員がようやく繋がった固定電話で訴えようとも、電力会社やガス会社のオペレーターの画面には「正常稼働中」としか表示されない。現場では凍えているのに社会システム上は「平和な日常」として処理される。

誰の助けも来ない。

三谷はこの「情報の孤立」こそが論理の怪物である織部悟を最も傷つける刃だと確信していた。


***


そしてその時が来た。

サブモニタに表示していたGPS追跡マップ上で長らく静止していた「光点ドット」が動き出したのだ。


織部悟だ。

都心の隠れ家から猛烈な速度で移動を開始している。

方向は湾岸エリア――『わかばの家』へと続くルート上だ。


「……動いた」


三谷の口元が歪む。

あの織部が。

常に傍観者であり現場に介入せずただシステムのエラーを指摘するだけだったあの男が。

なりふり構わず現場へ走っている。


「やはり完璧な人間ほど『ノイズ』には弱い。自分の大切な玩具ガキどもが壊されそうになればマニュアルなど捨てて飛び出してくる!」


三谷は最後の仕上げにかかった。

移動中の織部に見せつけるように最後のライフライン――電力を断つ。


『コマンド送信:漏電火災予兆検知。メインブレーカー強制遮断』


モニタ上の施設アイコンが完全なブラックアウト(暗転)を示した。

《施設内照度:0ルクス》

《室温低下アラート:検知》

《低体温症リスク:レベル3(危険)》


画面には子供たちの悲鳴も職員の混乱も映らない。

ただ冷酷な数値だけが「生物としての危機」を報告してくる。

三谷にとってそれは極上の勝利宣言だった。


「来るか織部!俺の目の前に!俺の作った泥沼に!」


三谷はわらった。

もはやそこにあるのは「仕様の穴」を突く知性ではない。

システムという強大な力を借りて気に入らない相手を蹂躙する、ただの暴力的なハッカーの姿だった。


三谷は確信していた。

自らの画面に映るこの「地獄」が、現実の光景であると。

そしてGPSの光点が示す織部の動きが敗北者の焦りであると。


だが彼は気づいていない。

そのモニタに映る「一斉検閲」された世界が一体『誰』によって描かれたものなのかを。


自分の見ている“凍える施設”が、本当に存在するのかどうかさえ三谷は一度も自分の目で確認してはいないのだから。


(第11話「盤石なる城」へ続く)

ありがとうございます。

物語もいよいよ佳境へ。

ここまでの物語を気に入っていただけたら、評価とブクマで応援いただけると嬉しいです。

【シリーズ前作はこちら】

『マニュアルキラー:第1部』

https://ncode.syosetu.com/n4289lo/


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