夜勤
「あー、なんとか起きれて良かった」
今日はここで働き始めて初めての早番のため、眠気と戦いながら支度を済ませて転移の魔法陣の上に立つ。
瞬きの間に裏口前に着き、そこから正面の出入り口に向かう。魔導ドアを通り、他の従業員へ向けて挨拶した。
「おはようございまーす」
店内に入るが、遅番のシフトに入っているイトーは当然居ない。代わりに、早番のシフトに入っている従業員と夜勤上がりの従業員が居た。
しかし空気が少しピリついている。不穏な気配を察知したアルバはすぐさま着替えのスペースに引っ込んだ。
「あのね、ザッツさん。何回も言ったと思うんだけど、夜勤の人の仕事はただレジに立ってるだけじゃないの。夜中でも検品と品出しがあるし、早番の人に引き継ぐためにフライヤーに油を入れて電源を入れておかないと朝の仕込みに間に合わないのよ」
「はあ、すんません」
「それとね、廃棄品も休憩の時に必要分なら食べても良いんだけど持ち帰るのは駄目なのよ。ザッツさん、いつもあるだけ持って帰ってない? 廃棄品は基本的にスラさんに食べてもらう決まりなの、ちゃんとスラさんに渡してる?」
「あ、そうなんスか。すんません、知らなくて」
「……前にも言ったと思うんだけど、忘れちゃった?」
「すんません、忘れてました」
「……うん、分かりました。この事は店長に報告しておきます、どうぞ上がって下さい」
「はい、お疲れさんっした」
アルバが着替え終わるのと入れ替わりに、夜勤のザッツが着替えのスペースに入っていく。
「ごめんね、アルバ君。まずフライヤーの仕込みやってもらっていい? 私は検品と品出しやるね」
「分かりました、夕方と同じくらい揚げれば良いですか?」
「夕方よりは少なくても大丈夫。とりあえず定番のフライドチキン、アメリカンドッグ、フランクフルトを先に揚げてくれたら良いからね」
「分かりました、ニクマンとかはどうします?」
「そろそろ寒くなってきたし、朝は結構売れるから少し多めに仕込んでもらえると助かるかな」
「じゃあニクマンもやっておきます」
レジ脇の魔導冷凍庫からフライドチキンとアメリカンドッグを取り出す。フライドチキンとアメリカンドッグをフライヤーにセットして、後はバックヤードのウォークインからフランクフルトとニクマンを持ってこなければ。
店内にはちらほらと来客があり、仕込みの間にレジにお客さんが来たりと慌ただしくなり始めている。
対応しようとすればレジ内のお釣りの小銭やお札が無かったり、タバコが切れていたり、コーヒーの什器が清掃されていなかったりと、普段ならピーク前に出来ていることがちゃんとされていない。
そのせいで二人は慌ただしく、手が回らず時折お客さんに謝ったりしながら朝のピークは過ぎていった。
そんな二人を尻目に、夜勤のザッツは早々に帰っていったのだが。
なんとか朝のピークをこなし、いつもとは違った疲労感を抱きながらアルバは休憩に入った。昼勤の従業員が数人来てくれたため、これなら昼のピークは余裕を持って迎えられそうだ。
「アルバ君、お疲れ様。初めての早番だったのに忙しくてごめんね」
後から休憩に入ってきたパトラが申し訳なさそうに声をかけてくる。
アルバが初めての早番ということを差し引いても散々だった朝のピークを気にしているのだろう。
「お疲れ様です、確かに遅番より忙しかった気がします。早番っていつもこんなに忙しいんですか?」
アルバが尋ねれば、早番のパトラは苦笑いしながら首を振った。
「ううん、前まではこんなに忙しくなかったよ。夜勤が今のザッツさんになってからかな」
「前に居たヤーキンさんは辞めたんでしたっけ」
「そう、ヤーキンさんは親御さんの介護が必要になって辞めちゃったんだ」
「親の介護なら仕方ないですね」
「それで後任としてザッツさんが来たの。でも、あの通りで皆困ってるんだ」
「確かにあれは無いですね。全然やる気も無さそうですし」
「そうなんだよね。夜勤ってただレジで立ってれば良いって思われがちだけど、そんな事無いのに。お客さんが少ないだけで業務は昼間と殆ど変わらないから」
「俺としてはむしろ夜勤の方が忙しそうなイメージあります、ワンオペですし」
「分かるよ。夜勤って基本一人だし、生活リズムも昼夜逆転しちゃうから大変だと思う」
でもザッツさんはなぁ……と渋い顔をするパトラに同情しながら、昼食としてスラさんが分けてくれた廃棄品の惣菜パンを口にした。
「……ということがあったんですよね」
後日、遅番のシフトで一緒になったイトーに話してみた。引き継ぎの時にパトラから聞けばザッツは相変わらず業務態度が最悪のまま変わらず、他の早番からも評判はすこぶる悪いらしい。
店長に報告したものの現状は変わっていないので、良い後任が見つからないのだろう。
「ああ、あのザッツさんね。常連の冒険者さんから聞いたけど、あの人が冒険者を引退した理由はあの態度が原因で色んなパーティから追放されて、更に度重なる規約違反からギルドも追放されたみたいでね。冒険者業が出来なくなったからここに行き着いたらしいよ」
「確かに、素行にかなり問題ありますもんね」
「そうそう。遅刻するし、依頼内容と全然違うことするし、他にも人間関係のトラブルとかね。色々やからしてたらしいよ」
「それでよく店長も採用しましたね」
「店長の話では、面接の時は凄く人当たりが良かったらしいよ。履歴書も嘘は書いてない、みたいな感じだったって」
「……なんか、凄く勿体ないですねその人」
「だねぇ。そのくらい外面取り繕えるなら、この仕事もその延長でやればいいのに。冒険者業と違ってシフト制なんだし」
「ですよね、不定休の冒険者業と違ってよっぽど安定した生活なのに。希望すれば転送装置付きの寮にも入れますし」
ここで採用されるくらいだから、ちゃんとやれば相当優秀なのだ。そうなるまでに積み重ねた努力があったに違いない。
なのにザッツは給金に見合わない業務をしている。いずれ店員をクビになる可能性が高いだろう。
「まあ、外野がどうこう言った所で決めるのはザッツさん本人だから仕方ないよ。ここをクビになったらまた何処か別の所へ行くんじゃないかな」
「次は何処に行くんでしょうね、あの人」
「さあ、それもザッツさん次第だからね」
そんなやり取りをした後も、ザッツの業務態度は変わらずだった。
暫くして夜勤の後任が見つかり、ザッツがクビになったとイトー伝いに教えてもらった。
それを聞いてもだろうなあ、と納得しかなかった。あの勤務態度なら遅かれ早かれそうなっていただろう。
その後のザッツの行方は誰も知らない。
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