忍術 101
世界は常に変化する。どんな形であろうとも。
そして俺も、変化を続ける。到達点も理由も無いまま。
忍術。世間一般には魔術と呼ばれる技術と同じdsが独自の流派とでも言おうか。一部の集団はそれを忍術と呼び、高い熟練度を持つものは忍びと呼ばれ古今東西の歴史の中で様々な形で暗躍していた・・・らしい。
と、言うのも俺は先日まで忍や忍術というものが実在しているとは夢にも思っていなかった。歴史にも名を残さずに長い間世界に影響を与えていたというならまるで映画の様だ。
そんなこんなで、ライカとフウリ、そして抜け忍の男、彼らの事情など露知らず興味本位の忍術修行が始まった。
「まず、忍術の基礎は貴方達の言う魔術と全く同じと考えて良いよ。」
「ふむ。しかし、俺は魔術について殆ど知らないし、技術もないな。」
意外かも知れないが俺は魔法の類に長けていないを通り越して一度も使った事はなく、やり方も分からない。
魔法や魔術とは現代では殆ど戦闘やスポーツ、大道芸の様な扱いだ。理由は単純で魔力の操作にはかなりの体力を使う。
科学文明が発達した現代ではサバイバルといった極限環境を除けば基本的には科学の利器に頼った方がよっぽど合理的だ。故に魔法や魔術をまともに使えなかったり使ったことがないという人も多い。とは言え、俺の様に争い事の世界に生きている人で魔術を使えないという人は少数派だろう。
・・・・・・
彼女達によると魔術は適性の如何に関わらず知識や技術を基に基礎技術を習得し、個人の適性や得意な事象をメインに応用技術や独自の発展を加えていく事で幅広い技術を身につける魔法の実践的運用法との事だ。
「そして、私達の里では忍術と呼んでいますが魔術と大きく違う点と言えば個人の適性に合わせて特定の現象操作に特化した訓練を積むことでしょうか。なので例えば私は風、強いては気体に関係する事象には自信がありますが他の事象操作については殆ど素人です。」
「私は雷が専門だよ!」
「どうやって自分の得意や適性を確かめるんだ?」
一般的な魔術の習得法なら満遍なく習得する中で自分の得意な事象に気付く事もあるだろう。しかし、忍術の場合はどうやってその人の適性を判別しているのか疑問だった。
「知識を身につける前に簡単な魔力操作をする事で無意識に起こす事象がその人の適性事象だと私達は考えています。
なるほど、無意識に起こせる事象なら親和性があると言う考えに基づいているらしい。確かに説得力はある。
「へぇ。じゃあその簡単な魔力操作ってのはどうやるんだ?」
俺もやってみたくなった。
「手を出して、手のひらに力を集中させて指を動かさないで空気の塊を作るイメージで力を入れてみて!」
ライカの指示に従い右手を出し手のひらに力を入れる。
・・・・・・何も起きない。
「何も起きないな。」
「最初は結構難しいけど、30分ぐらいやってたらみんな出来るよ!」
なるほど。魔術は運動の様な身体で覚えるタイプの技術らしい。俺は手のひらに力を入れ、イメージを続けた。
「おっ?」
十数分経った頃、少しづつ手のひらに変化が現れた。
「何だコレ?」
赤い液体の様な物が少しずつ集まりくっつき大きくなっていく。
「これは、血でしょうか?」
確かに血の様にも見える。
「血って事は液体とか鉄とかかな?」
「適性が複数ある事もあるのか?」
「本来、魔術は適性や得意に関わらず誰もが習熟速度の差こそあれおおよそ全ての事象を操れますから得意な対象が複数ある事も珍しくはありません。ですが、どちらかと言えば鉄よりも液体、流体に関する事象の方が適性が高いとは思います。」
なるほど。メインの液体操作にサブの鉄、もしくは金属の適性が合わさり血が現れたという事か。
「とはいえ、コレがわかったら次はどうしたら良い?」
次のステップについて聞いた。
「そうですね。折角なので血液の操作の訓練をしましょうか。液体の操作も同時に覚えられると思います。」
「そうだね。先ずは自分の血を手のひらの上で思い通りに動かせる様にする所からかな。」
フウリとライカの教えを基に先ずは自身の血液を思い通りに動かせる様にするところから俺の忍術は始まった。
数時間の練習を続けると、かなり思い通りに血液を操作できる様になってきた。血液といっても傷口から出血しているわけではなく、意識すると何処からともなく集まってくる。
フウリの説明によれば無から有を生み出す訳ではないとの事で、血液であるならば俺自身の血液を使っている可能性が高いとの事。そして一度体外に排出された血液は使用後に体内に戻る事はないらしく、一応低血圧や失血に気をつけて無闇な使用はしない方がいいとの事だ。
そのため、俺は同時に水を使用して液体の操作の練習もした。
練習を続けていてわかったことがある。液体濃度も操ることができ、水であれば氷の剣の様に形や温度変化による状態変化も操れた。しかし、一度氷になってしまうとその後は思い通りに形を変える事はできず、温度を上げて液体にするとまた思い通りに動かせる様になった。
そして、血液は液体と鉄分の比率を変えることが出来るようで、赤黒い血の剣を作れるようになった。強度もなかなかで試しに銃で撃ってみたところ460マグナム弾を2、3発ほど耐えられる程度の強度があり、切れ味もかなり良く刀剣として実践でも使えるレベルだった。形も固める前であれば自由に変えられるので、ナイフから長い槍なども作ることができた。しかし、複雑な形を作る事が難しく、銃のような複雑な機構を再現する事はできなかった。
気体や液体を思い通りに操作できるなら特定の範囲を真空にして窒息させたり、相手の体の水分を操作して直接殺害するという方法を思い付きそうなものだが、実際には才能や技術で個人差こそあるが自身の周囲の魔力しか操作できず、相手付近の魔力は相手の操作の影響をより強く受けるためそういった絶対回避不能の即死攻撃のような都合の良い使い方は出来ないようだ。
数日後
「大分慣れてきたね。そろそろ実践訓練もやってみる?」
ライカから次のステップの提案が出された。
「その前に2人の得意な雷と風の技術を少し教えてくれないか?」
俺は2人の使っていた忍術にも興味があった。
「あなたは忍ではないので確かに一つの事象に限定して訓練をする必要はありませんが、私達の忍術はそれぞれ得意な事を特化して訓練してるので、それなりに難しいですよ?」
「うーん、突風を起こすとか、雷で身体能力を上げるやつとかやってみたかったんだけどな。」
「うーん。多分同じ事はできると思うけど、相当効果が小さくなるんじゃないかな。」
ライカは身体中に電流を流し続ける事で神経を無理やり動かすと同時に筋出力や体細胞の結合も強化しているらしくその出力は術未使用時の220%程になっていると言う。
彼女によれば俺の様なド素人でも108%程度に身体能力を上げる事が可能ではないかとの事。そして、この術は継続して電流を操作し続ける必要があるため体力と集中力が必要らしい。
一方でフウリの使う様な突風や風の流れをコントロールする事は瞬間的に非常に強い操作を行う必要があり、しっかりとした操作のイメージと安定したコントロール、そして瞬間的に強い魔力放出力が必要であり習得にはかなりの修練を要するとの事。とは言え、瞬間的に突風を起こしてある程度の重さの物を吹き飛ばす程度なら強いイメージと強い力の解放をする事で簡単にできるとの事だ。
2人からそれぞれの忍術の基礎中の基礎を習い、付け焼き刃程度の完成度まで練習をした。
そしてライカとの実践形式の訓練を始めることになった。
フウリは審判と同時に風の忍術で危険があれば補助、静止をする役割だ。
「2人とも準備はいいですか?
「いつでも良いよ!」 「俺も大丈夫だ。」
「それでは、始め!」
ライカが動く。しかし、身体は帯電していない。お手並み拝見と言ったところか。彼女は自身の身体能力のみで素手の格闘戦を挑んできた。
高い身体能力から繰り出される打撃は10代の少女の力とは思えぬほどの重さ、スピードであり流石忍者といったところか。しかし、こちらも戦闘の素人では無い。この程度の動きであれば余裕で対処できる。
しばらく防戦一方で彼女の戦闘スタイルを観察した。彼女は素早い動きから繰り出される隙の少ないパンチと全身を大きく使い遠心力を利用し体力の高いキックをメインにするインファイター系だ。防御は回避を優先し、手を使っての受け流しと全身をダメージを受けた方向に捻る事でダメージコントロールをするガードを殆どしないスタイルだった。
そして体を捻ってのダメージコントロールから一連の流れで繰り出される遠心力を利用したキックの威力が非常に高く、攻防一体の技として高い完成度を誇っていた。
とは言え身体強化を行なっていない状態では俺にとってはそこまでの脅威では無く、俺の有利に事が進んでいた。
「身体強化無しでもかなり強いな。」
俺が素直な感想を言う。
「でしょ?でも、まだまだこれからだよ!」
ライカは嬉しそうに返答すると大きく後ろに飛び、距離を取った。そして一瞬動きを止めると、身体が青い稲妻を帯び始めた。ここからが本番という事だ。
「よし、こい!」 俺は気合いを入れた返事をする。
すると彼女は強い光を放ち、一瞬にして俺の視界から消えた。
「・・・・・・!」
次の瞬間彼女が左側に現れら。既に大きく捻らせた身体から蹴りが繰り出される所だった。
しかし、彼女の蹴りは俺を捉える事はなく大きく空を斬った。
「ウソ・・・今の、避けられるの?」
彼女は驚いた様に言った。
「結構動体視力には自信があるんだ。」
返答と反撃を同時に行う。しかし、忍術で身体能力が上がっている彼女に上手くダメージを与える事ができない。
俺は血の剣を作り出し、反撃する。
するとライカも腰の刀を抜き、剣を受けると同時に手首を回転させ剣を右後ろにに受け流し俺との距離を詰め渾身の蹴りを入れてきた。
右腕の内側に入られた俺は咄嗟に自身に電流を流し、受け流された勢いを利用し、素早く剣を地面に突き刺すとエアリアルの要領で剣を軸に前方に大きく飛ぶ事で回避した。
しかし、着地の隙を既にライカの刀が捉えていた。
「・・・・・・マテ。」
俺の降参で実践訓練は終了した。
「いやー強いな。良い勉強になった。」
「あなたも動体視力とか咄嗟の動きとかびっくりするぐらい凄いよ!」
お互いに褒め合いフウリからそれぞれフィードバックをもらった。俺の課題はそもそもの基礎的な知識や技術力の不足なので魔力操作のコツや忍術の心得や応用について教えてもらった。そして俺たちは訓練を終了し解散した。
訓練を終えた俺はアナトリア大聖堂に来ていた。
「忍者って知ってるか?」
枢機卿に忍者について聞きに来ていた。
「奴らは忍術と言っているが、一言で言えば魔術に特化した傭兵集団だね。スパイみたいな諜報活動をすることも多く、手練れが多いと聞く。最も、現代では大量の人員を投入できる軍隊のが組織的な力はよっぽど強いさ。」
「へぇ、知らなかったな。」
「最近は諜報活動や暗殺に特化して活動してるから滅多に人前に出ないのさ。とは言えその多くが実力者なのは確かだ。気をつけるに越したことはないよ。」
ライカとフウリに忍術を教えてもらった俺が言うのもなんだが、彼女達は別に味方と言うわけでもなく、抜け忍の男と敵対する理由もない俺に枢機卿はあまり深入りしない様、警告した。教会としても今回の問題については公共への被害が出るまではノータッチだそうだ。
話を終え、教会を出て街を歩いていると誰かに監視されているような気がした。追跡されている事を確認しながら徐々に人通りの少ない方向へと歩いていく。
殆ど人通りの無い通りに入った所で、急襲を受けた。
チェーンの様な物が鞭のように俺目掛けて飛んでくる。
咄嗟に血で剣を作り鎖を巻き取ると身体に電気を流し思い切り引き込み、相手を引き摺り出そうとした。
すると鎖と同時に物凄い速度の飛び蹴りが一直線に飛んできた。
何とか躱すと蹴りの当たった壁が大きく凹んでいた。
「誰だ」 冷静に口を開く。
「お前には死んでもらう。」
面識のないその女はどうやら俺を殺す気満々の様だ。
コイツも忍者なのだろうか。抜け忍の男と同じ鎖を使った戦闘スタイルの様だ。
しかし、これは先の訓練とは違い実践だ。こちらも魔術にこだわる必要はない。剣を左手に持ち替え右手を自由にする。
女が接近しながら鎖を袈裟斬りの要領で打つ。屈んで鞭を避けると同時に思い切り接近し、剣を女の腹に突き出す。女が両手を使い刺突を受け止める。物凄い力だ。全く腕を前に出す事ができない。さっきの蹴りの威力やこの腕の力から察するに身体強化も行っている様だ。
しかし、空いている右手で銃を抜き、至近距離から素早く5発打ち込んだ。
女が後ろに飛び大きく距離を取る。全弾至近距離から直撃したにも関わらず出血すらしていない。服に穴が空いていることから身体強化で弾丸を弾き返したと言う事なのだろう。
リンクローダーを取り出し素早くリロードしながら時間稼ぎを兼ねて女に向かって言った。
「身体強化の忍術ってのは銃弾まで防げるのか。」
「そうだ。だからお前に勝ち目はない。」
女が言い終えるとほぼ同時にさらに2発撃ち込む。
しかし、機敏な動きで2発とも回避されてしまった。
そしてアクロバティックに壁や地面を飛び交いながら一気に距離を詰められ再びインファイトに持ち込まれてしまう。
近接戦をしながら俺は考えていた。
女は剣を止め、銃弾を無傷で耐えられるにも関わらず回避し、直撃を受けた時には距離を取った。この事から女は剣の刺突の圧力には身体強化でも対応できない可能性があること。そして銃弾を避けたり当たると体勢を立て直す事から痛みを感じていると考えた。
しかし、分からないのはなぜ俺が狙われているのかと言う事だ。俺はこの女を知らない。もちろん俺が過去に始末した奴らや組織の関係者という事は考えられるが、心当たりが多過ぎて想像もできない。
「俺、アンタに狙われる様な事、何かしたか?」
攻防を続けながら問いかける。
「忍者に関わるな。今なら見逃してやる。」
やはりか。女は俺が忍者共の問題に関わる事が気に入らないらしい。確かに部外者の俺が関わるべき問題ではないのだろう。とは言え2人に忍術を教えてもらった以上もう無関係とは言えなくなっていた。
「そうかい。」
距離を取り銃を構える。女は撃たせまいと一気に距離を詰め渾身の一撃を叩き込む。
女が予備動作から一撃を放つその瞬間、女の前から男の姿が消えていた。女は状況は飲み込めない。一瞬たりとも目を離していないからだ。動いた素振りはない。しかし、目の前には誰もいない。
そして、背後より3発の銃弾が撃ち込まれた。
「後ろから・・・!」
振り向くと一瞬前まで目の前にいた男が背後に立ちリロードをしている。身体強化がなければ死んでいたかもしれない。
背中に激痛が走る。瞬間移動の様な能力だろうか?高速移動なんてレベルの速さでは無いことだけは確かだ。
こいつは危険すぎる。
この男は何故あの2人の味方をしたのか、何故忍術を2人から学んでいたのか。分からないことが多すぎる。戦いを通して常に余裕を崩さなかったのはこの能力があるからか。
もしあの銃よりも強くて瞬間移動の能力と合わせてこちらが回避できない攻撃手段を持っている場合、私に勝ち目はない。慎重にならざるを得なかった。
「なるほど。強いな。」
女が口を開く。どうやら自身が不利であると理解したらしい。既にリンクローダーを二つ使ってしまった。残弾10発。できるならこのまま戦いを終わりにしたい。
「引いてくれないか。アンタのいう事もわかる。とは言え俺ももう無関係じゃ無くなっちまった。だから事態をちゃんと把握しようと思う。その為にもここは一旦お互い引かないか?」
俺の提案に少し驚いた様だが、女はこの提案を受け入れてくれた。女は無言のまま俺の前から去って行った。
終わってみれば忍術では大きく遅れを取り、銃も決定打にならないという結末だった。確かに枢機卿の言う通り、油断ならない相手の様だ。
「はぁ。鍛え直さないとな。」
そう呟いて、帰路についた。