番外編 フェミリアのその後 (1)
フェミリアはガーラ国王太子妃の護衛を終えて女性騎士宿舎に向かっていた。
「フェミリア、今日はもう交代か?」
前方から駆け寄ってきたのは、ガーラ国騎士団同期のジルだ。コイツは何かと私にちょっかいをかけてくる。面倒だ……。
「あぁ、2日間連勤だったからな。今日は午後から休みだ」
「じゃぁ、飯でも食いに行かねぇ?」
(あぁ、うるさい。寝不足の頭に奴の甲高い声は不愉快だ)
「用事がある」
「えっ、もしかしてデートかよ?」
(あぁ~~~、うるさい!)
「貴様に関係ないだろ!」
「イライラしてるなぁ。生理前か?」
(相手してるのも疲れる……。無視だ)
フェミリアは後ろで叫んでいるジルを無視して、宿舎に入っていった。
フェミリアは王立高等学院の騎士科を卒業した後、ガーラ国の騎士団に入団し、今は王太子妃の護衛を務めている。学院を卒業したての頃は、ダリオン国の両親から「帰国して嫁に行け」としつこく何度も呼び出しがあったが、全て断っているうちに両親(特に父)は私の結婚は諦めたようだ。
フェミリアは仮眠を取ると、クリスティーナとローラとの食事会という名の女子会に行く準備を始めた。
(久しぶりにドレスでも着てみるか……)
鏡の前でダークグリーンのシンプルなドレスを合わせてみたが……
(全然似合わない……)
騎士団に入団して髪をバッサリと切ってしまってからは、女性らしい服を着ることも無く、常にパンツ姿で過ごしていた。
(はぁ~、いつもの恰好でいいか……)
待ち合わせは、こじんまりとした洒落た品のあるレストランで、最近出来たばかりだがすでに予約の取れない店だと評判だった。
予約してあった個室に案内されるとすでにクリスティーナとローラが席についていた。
「遅くなって申し訳ありません。クリスティーナ様もローラ様もお久しぶりですね」
「私達も先程到着したばかりですわ。久しぶりに皆様にお会いできてうれしいです!」
三人は久しぶりの顔合わせで、美味しい食事に舌鼓をうちながらワイワイと楽しく近況を報告し合った。
「ファミリア様、なんか……少しお疲れのようですが大丈夫ですか?」
クリスティーナは、フェミリアの様子が少しおかしい気がして声をかけた。
(さすがクリスティーナ様だ。私のことなど何でも見抜かれてしまう)
「実は義兄の結婚式のことで……」
ローラ様は、「あっ!」と思い出したかのように笑顔でパンッと手を合わせた。
「再来月に行われる辺境伯様の結婚式ですわね。家にも招待状をいただきまして、ギルバート様と楽しみにしておりましたが、フェミリア様、何か困り事が?」
「はい……。実は、結婚式に騎士の正装で参加しようと思っていたのですが、両親から絶対にドレスで参加するようにと言われまして。騎士服で出席したら勘当するとまで……」
「「あぁ……」」
クリスティーナは少し考えた後、フェミリアにひとつの提案をした。
「フェミリア様、イメージチェンジをしてみませんか?」
「イメージチェンジ?」
「はい。今までのフェミリア様は、凛々しい雰囲気を纏ってカッコいい女性というイメージでしたが、現在のフェミリア様は、それに加えて体型もお顔つきも女性らしさが加わっております。これからお作りになるドレスは、少しドレッシーな大人の女性をイメージしたデザインがお似合いになるのではないかと思います」
「大人の女性……」
「そうですわね。私もフェミリア様に女性らしい色気を感じますわ」
「色気……」
フェミリアは、自分には女性らしさは皆無だと思っていたのだが、外からは自分がそんなふうに見えていた事に驚いた。
「クリスティーナ様、ローラ様、私はこれからどう振る舞ったらいいのか……、どんな物を身につけたら良いのか教えていただけますか……」
「フェミリア様は今まで通りに自分らしく振る舞われていいと思います。騎士服を着ている時は凛々しく、そしてドレスを着ている時は女性らしい所作であれば宜しいかと」
「女性らしい所作……」
「フェミリア様、学院にいた頃は、淑女マナーのクラスで上位の成績だったではないですか!ドレス捌きも美しかったですし!」
「あっ……、確かに」
クリスティーナ様は、うんうんとうなづくと、私に似合うドレスのデザインが思い浮かんだからと、商会のドレス工房に私を誘ってくれた。そして私は次の休暇日に、早速クリスティーナ様とドレス工房を訪れた。
「えっ!これが私……」
新商品の生地の宣伝の為に作ったというドレスを試着したフェミリアは鏡の前で固まっていた。
今まではスタンドカラーや詰襟の肌の露出が少ないドレスを着ることがほとんどだったが、このドレスは髪の短いフェミリアの首元をスッキリと見せ、そして何故だか分からないが、フェミリアの雰囲気を柔らかくしてくれるようなドレスだった。
「フェミリア様、やはりお似合いです。」
ロイヤルブルーの光沢のある生地で胸元はゆったりとしたカシュクール風になっており、スカート部分は裾広がりのフレアデザインで袖はフレンチスリーブ。シンプルだが、とても大人女性らしいスッキリとしたデザインだった。
「このドレス生地は撥水加工が施してあり、ワインなどの飲み物がドレスに溢れても染み込むことはなく弾くのでシミや汚れの心配もありません。そしてこのドレスは戦う女性の為に試作したものなんです。あまり需要は無いと思うのですが……私が欲しかったので」
「戦う女性のためのドレス……」
「はい。生地に撥水加工がしてあるので魔獣の返り血を浴びても大丈夫。そして上下がセパレートになっているので、ラップ式のスカート部分を外してマントに出来る仕様です。ドレスと揃いのパンツをスカートの下に穿きますのでスカートを外しても問題ありません。そして更にすごいのがこの靴です。ボタンを押すとヒール靴からブーツに変わります。これは兄が開発してくれました。この仕様なら、夜会の会場にいてもすぐに戦えます」
「これは凄い……。これは私も欲しい……」
(さすがクリスティーナ様だ!こんな凄いドレスを思いつくなんて!10セットぐらい欲しい!はっ!値段は?)
「クリスティーナ様、このドレスをお譲りいただけますでしょうか?私、騎士団に入団してからほとんど給金を使っておりませんのである程度高い金額でもお支払い出来ると思います」
クリスティーナは、フェミリアの鬼気迫る迫力に苦笑いした。
「フェミリア様、今思い付いたのですが、このドレスの改良点を探すためと、女性騎士様への宣伝のために、フェミリア様にモニターとしてこのドレスを無償で着ていただきたいのですが、どうでしょうか?フェミリア様のサイズで辺境伯様の結婚式に間に合うようにドレスを作らせていただきます」
「いいのですか!ぜひ、お願いします!騎士団や辺境伯の女性騎士達にも宣伝させてください!このドレスがあれば、女性騎士達が潜入捜査する際も安心してドレスを着用する事が出来ますし!」
フェミリアは玩具を得た子供のように、嬉しそうにスカートを外してマント仕様にしてみたり、靴のボタンを何度も押して不思議そうに靴の形態を変えたりしていた。
と、その横で……、
「なるほど、潜入捜査……。うちの従業員用にも……アリだわね……」
クリスティーナは頷きながらブツブツと呟くのであった。




