番外編 その後のサヴィル侯爵令息(2)
ジョージがダリオン国の魔法塔で働き始めてから3か月が経った。
初めの数週間は自分の身の回りのことを自分ですることに苦戦して必死だったが、慣れてくると少しづつ周りが見えてくるようになった。この魔法塔で働く者達はそれぞれが余り他人と関わらないようにしていて群れることも無く個々で行動している者達が大半だった。
「ウォルデン君、魔法塔での仕事には大分慣れたかね」
食堂で朝食をとっていたジョージの前に魔術師長がコーヒーを片手に座った。
「あっ……、おはようございます。はい、こちらの生活にも大分慣れました」
「そうか、それは良かった。あっ、そうじゃ、農地改革チームのリーダーのダン君には伝えたが、新しい農地栽培の魔道具をこの国でも取り入れることになった。ガーラ国で開発された魔道具なんだが、この魔道具は先日立太子されたこの国の王太子殿下がガーラ国からの輸入を取り決めされた。そのうち王太子殿下と君達の顔合わせがあるはずじゃから……。よろしく頼むよ」
そう言うと、魔術師長は各テーブルにポツリポツリと座っている魔術師達に声をかけながら食堂を出て行った。
数日後、新しい魔道具を取り入れた農地栽培を始めるための説明会が行われることになった。
ジョージ達が魔法塔の会議室に集まっていると王太子のセイシルが杖をつきながら部屋に入ってきた。
「忙しい中、新しい魔道具の説明会に集まってくれてありがとう。私は先日王太子に立太子されられた前国王の遠縁のグランバート公爵家の息子だ。私達一家は、この国の外れの領地で作物の栽培をしていた。現国王となった父も田舎で鍬を持って平民と一緒に農地を耕していたよ。何の因果か、まともな血縁が居なくて私達がこの国の王族業を引き継がなきゃいけなくなったけど」
(((((はぁ~?現国王が鍬持って、農地耕してた?)))))
「そんなわけで、今の国王は貴族とかそんなプライドはない。とにかく国民を飢えさせないようにこの国の作物収穫量を上げることだけを考えてる。皆にはこの国の国民全員が毎日腹いっぱい食事がとれるように協力してもらいたい」
王太子殿下はそう言うと俺達に頭を下げた。
そうしてガーラ国から輸入されたフィルム栽培の魔道具を、作物が育ちづらい地域へ取り入れていった。王太子も脚を引きずりながら、俺達と一緒に各地を周って魔道具を設置し、それぞれの土地に魔力を流して作物の収穫量を上げるために泥まみれな日々を送った。
俺が畑の横に座って一息ついていると、王太子殿下が俺に近づいてきた。
「君、あの船に乗ってたよね」
「殿下……、はい」
王太子殿下は、俺の横に座るとポツリポツリと話し始めた。
「うちの公爵家はさ、前王妃に冤罪かけられて魔獣が大量にいるこの国の外れの領地に追いやられたんだよ。そして私の片脚はそこで魔獣に食われた。そして魔獣の吐き出す毒液で私の目もやられた。その地域には治癒魔法を使えるものはほとんどいなくて、ポーションで何とか命だけは助かった」
「えっ、今は……」
「その時の私は、自害しようと思っても動くこともその手段を得ることも出来ない。絶望したよ、この世に、そして俺の生に。でもある時、公爵家に土魔法と治癒魔法を持つ夫婦が訪れた。そしてその女性は治癒魔法と最上級ポーションで私の目と脚を治してくれた。脚は以前のようには動かなかったけどね。そしてその男性は、父にその土地で栽培しやすい作物の種や苗を提供して、農地が潤うまで力を貸してくれた。そしてその夫妻から対価として要求されたのは、私だった」
「対価が王太子殿下?」
「私にもどういうことなのか分からなかったよ。ただこの先、私の血が必要になるからもう少しだけ耐えて、迎えに来るまで生きていてくれというだけだった。あんな辺鄙な田舎の貧乏公爵家の息子の血が必要なんてね。でも今ならわかるよ。前国王が去ってこの国の膿がきれいに吐き出された後、王家の血を継げるのはグランバート公爵家しかなかったんだ。私がこの国の王太子になることが、彼らの対価だった」
「なんでそんな話を俺に……」
殿下は少し微笑んで俺に顔を向けてから口を開いた。
「私はこの国に囚われているが、君は自由なんだよってことを伝えたかった」
「自由?俺の父は犯罪者で、俺も罪に問われるかもしれないと、この国に逃げてきたんだ。そんな俺に自由なんてない」
「君の頭はそのことに、逃げてきたという罪悪感に囚われてる。だけどね、いいことも、悪いことも変わる。どんな辛い目にあって、どん底だと思っても、それは永遠には続かない。時間が解決してくれるかもしれない」
殿下はそう言って立ち上がると、「お節介なこと言っちゃったね」と言って皆が集まっているところに戻って行った。
「時間が解決してくれるか……」
今の俺にはガーラ国にいるサヴィル侯爵家の状況を知るすべがない。
父はあの後、極刑になっているはずだ
母はどうなっているんだろうか
俺の親代わりだった執事は……
俺は訳が分からないままこの国に逃げてきた
俺はこれからどうしたら……
いや、こんなことを考えても今はどこにも行くことも出来ないんだが……
王太子殿下と話しをしてから約5年の月日が経った。そして俺はまだここで泥まみれになりながら辺鄙な田舎の畑に魔力を流している。
「ジョージ、魔法塔の門前に面会したいって人が来てるぞ」
「えっ、俺に面会?」
(俺に面会なんて、いったい誰が……)
俺は小走りに門前に向かった。そしてそこで待っていたのは……
「坊ちゃま!お元気そうで良かった……」
真っ白い髪になって少し腰が曲がっていたが、俺をおんぶして育ててくれた老執事だった。
「どうしてここに?」
「鉱山労働の刑罰に恩赦が出まして、先日こちらに到着いたしました。お坊ちゃまのお顔を見てから隣国へ渡ろうと思いまして……」
元老執事は、「良かった、本当に良かった……」と涙を流した。
俺も止めどなく流れる涙を拭くこともなく、老執事の背中を抱きしめた。
「俺と一緒に、この国で暮そう。俺は爺やに何の恩返しも出来ていない。今まで本当にすまなかった。そしてこんな俺をずっと思ってくれてありがとう……」
それからの俺は、寮を出て老執事の爺やと共に魔法塔の近くに小さな家を借りて二人で穏やかな暮らしを始めた。爺やが亡くなるまでの3年間の生活は俺の人生で一番幸せな日々だった。
そして俺は生涯をこの国の農地に魔力を注いで過ごした。




