23. それぞれの閃き
ガイが竜人族の世界に視察に行って3ヶ月後、ようやく竜人族の世界から戻ってきたと連絡を受けて、クリスティーナとギルバートは王宮へ来ていた。
「ガイ様、竜人族の世界はどうでしたか?」
「ガイ、可愛い女の子はいたか?」
ガイはギルバートの質問は無視して、クリスティーナ達に竜人族の世界について話した。
「竜人族の世界は、お伽噺のような神々しい場所だったよ。文明的な物は一切ないんだけど、クリスタルの洞窟のような場所に美しい城があって、そこでみんなが暮らしているんだ。食べ物も近くの山や川で採れたもので、とっても美味だった。その洞窟の周り一面に結界が張ってあって、動物達は入ってこれないようになってるみたいだったから狩りもしないし、肉を食べる習慣は無くて、クリスがたまに挑戦してるベジタリアンみたいな食事だったよ」
「へぇー、竜人族はベジタリアンなのかぁ。意外だったな」
クリスティーナは、気になっていたことを質問した。
「竜人族の方々は、竜の姿に変化されるんですか?」
「あっ、俺もそれは気になってた」
ギルバートが前のめりになって興味津々でガイの話を聞いている姿に苦笑いしながらガイは答えた。
「みんな、空を飛ぶ時は竜の姿に変化してたよ。でも地上にいる時は人型を取ってた」
「自由に空を飛べるなんて、凄いな」
「……ということは、ガイ様も変化できるかもしれないということですよね?」
「いや、私の場合は近親に人族の血が混じっているだろうから、変化することは難しいかもしれないと曾祖父に言われたよ」
「なるほど。純血でないと変化は難しいってことか……。 で、番の件はどうだった?向こうの世界にいそうか?」
ギルバートがガイに尋ねると、ガイは少し気まずそうな顔でクリスティーナに思いっり頭を下げた。
「クリスティーナ、申し訳ない!呪印を刻んで、クリスティーナだけを愛すると言ったばかりなのに、俺の感覚が向こうの世界で番を感知した。まだ出会ってはいないけど、いることを確信した」
「ガイ様!それは良かったです!向こうの世界で番様と出会ったら、こちらの世界にお迎えするんですよね。ぜひ、私達にも紹介してくださいね」
「ガイ!良かったな!失恋から立ち直るには、新しい恋が一番だからな!」
「ギル……」「お兄様……」
(それから数日、ギルバートを見る二人の目は、とても冷たかったのだが、ギルバートはまったく気が付いていなかった)
「あっ、ガイ様、帰ってきて早々に申し訳ないのですが、お願いがありまして……」
「クリス、何かあったの?」
「実は……」と、レイが時空間魔法を扱う魔術師に狙われている事を伝えた。そして時空間魔法について一番詳しい竜人族長様に、時空間からの脱出の方法を教えてもらいたいので、竜人族長様へ面会できるように取り成してもらいたいことを伝えた。
「時空間魔法か……。その魔術師は時空間の歪みを開いて中に何かを放り込むことはできるけど、取り出すことはできないんだね」
「そうなんです。魔法協会の会長も、時空間の狭間に飛ばされたものは、今ある魔法技術では戻すことは不可能だと断言されていました」
「空間を繋ぐことは座標が解ればそう難しくないけど、時間軸は無限にあるからね……。その中に放り込まれたら、何か目印が無いと……」
「んっ?目印……。私、何か閃きそうですわ!」
ガイとギルバートは、目を瞑って真剣に腕組みをして考えているクリスティーナの答えをじっと待っていたが、クリスティーナは、へなっとテーブルに突っ伏した。
「ダメですわ……。今、何通りか仮説を立ててイメージしましたが、全てペケでした」
((えっ!この短時間で何通りもの仮説が立った?))
「クリス、曾祖父に連絡をとってみるよ。話を聞けることになったらすぐに知らせるよ」
「ガイ様、よろしくお願いいたします」
数日後、ガイから竜人族長と会えることになったと連絡が入った。そして、レイとクリスティーナ達は竜の滝側で竜人族長を待つと、滝壺が光り竜人族長が現れた。
「皆の者、久しぶりじゃの。話はガイから聞いておる。時空間の狭間から出る方法じゃったな。方法はある」
「えっ、出ることは出来るんですね!」
「あぁ、昔この魔の森を治めていた魔王様は時空間魔法の使い手で、時空間から別世界に飛んだ者のところに魔力の痕跡を伝って移動できたという話が残っている。時空間の狭間に飛ばされた者がこの世界に戻るには、この世界にいる者との魔力の繋がりが必要じゃ」
「魔力の繋がり?繋がりを持つ方法って……」
「番うことじゃ」
「あっ、そういうことですか……」と、クリスティーナは、顔を赤らめながら俯いた。
レイは黙って竜人族長の話を聞いていたが、顔を上げると竜人族長に尋ねた。
「何らかの方法で魔力の繋がりを作って、その魔力を時空間の狭間の中で辿ればいいのですね」
「そうじゃ。しかし番う以外の方法では難しいと思うぞ。番うことによって、二人の間に魂の繋がりが出来る。その魂の繋がった魔力を辿るのが一番確実な方法だが……。儂も他の方法があるか考えてみよう」
そう言って、竜人族長は白い光と共にその場から消えていった。
竜人族長の話を聞いた後、しんと静まり返った滝の側で、皆はそれぞれに考えを巡らせていた。そして、その沈黙を破ってギルバートが皆に尋ねた。
「なぁ、俺達、師匠が敵にやられた後のことばっかり考えてるけど、やられる前にやっちまったらダメなのか?」
「お兄様、それはグリモード式ですわよ。向こうが手を出して来たら全力で潰しますけど、まだ……ですからね。今はいざという時の対策を練っているわけですから」
「まぁ、そうなんだけど、まどろっこしいな。敵がこっちを殺ろうと計画立ててるのが分かっているのにな」
「ギル、ありがとう。私の因縁に皆を巻き込んでしまっているな……。魔術師のスベルスの件は、私が対処方法を考える。皆は、次の特級魔術試験に備えて準備を進めてくれ」
「えっ、俺達、次の特級魔術試験を受けていいんですか!」
「あぁ。君達はもうすでに特級魔術師のレベルに達しているよ。魔法協会の会長から、ギルとクリスはオリジナル術式の試験は免除すると言付かっている。この国の改革のために作り上げた魔道具に新しい術式がいくつも組み込まれていたからね」
「そういえば組み込んでたな……」「組み込んでましたわね」
レイは、側に立っているガイが、何かをずっと考えている様子に気が付き声をかけた。
「ガイ、どうした?」
「えっ、師匠、何か話してましたか?すみません、ちょっと閃いたことがあって集中してて話を聞いていなかったです……」
(ガイ様、何を閃いたのですか!)
ギルバートがガイの肩を組みながら「師匠が、俺達全員、次の特級魔術試験を受けていいって!」というと、ガイは顎に手を当てながらまた考えに耽ってしまった。
「ガイ?」「ガイ様?」
ガイが、ハッとした表情で顔を上げると「ごめん、今すぐに試したいことがあるんだ!先に戻るね!」と言って、すぐにその場から王宮へ転移していった。
「何を試すんだ?」「何を閃いたんでしょうか?」
二人が顔を合わせて首を傾げていると、レイも「俺も閃いたかも?」と呟いた。
♢*♢*♢*♢*♢*
それから3ヵ月後、クリスティーナは15歳の誕生日を迎えた。
「「「「「クリス、誕生日おめでとう!」」」」」
「皆さん、ありがとうございます」
グリモード家の屋敷の広い裏庭で、クリスティーナの誕生日を祝うBBQパーティーが従業員も全員参加で行われていた。
皆がパーティーで盛り上がっていると、招待されたレイとガイが、ノアに案内されて裏庭のパーティー会場に入ってきた。
「レイ様、ガイ様、来ていただいてありがとうございます」
クリスティーナとギルバートが駆け寄ると、「誕生日おめでとう」と二人はクリスティーナに花束を渡した。レイからは紅い5本の薔薇の花束、そしてガイからはオレンジ色の13本の薔薇だった。
グリモード夫妻に挨拶した後、レイはクリスティーナに小さな紅いケースを差し出した。
「クリス、もし嫌でなければ、この指輪を身に着けて欲しい」
クリスティーナが、その紅いケースをそっと開けると、ルビーのような美しい紅い色の石の付いた指輪が入っていた。
「綺麗、素敵な指輪……。んっ?レイ様、この台座はミスリルですわね。ミスリルは魔力伝導率がほぼ100%……。なるほど、レイ様の魔力を込めた魔石にミスリルの台座……」
「クリス、その指輪を嵌めて魔力を込めてみて」
クリスティーナが指輪を嵌めて魔力を込めると指輪の先から紅い光が出て、その光はレイの方に向かっていった。
「その指輪は魔力を込めると私のいる方向に光を発するようになっている。もし私が死んだら指輪から光は出ない。私の生死はその指輪でわかる。クリス、婚約指輪がこんな魔道具で悪いな……」
クリスティーナは婚約指輪を嵌めた左手の薬指を見つめた後、レイを見上げた。
「レイ様も私の魔力を込めた指輪をしていただけますか?」
「クリス、私は仮の婚約者にすぎない。私が消えたら、他の婚約者を見つけなさい」
クリスティーナは、ふぅ~っと息を吐いた後、覚悟を決めてレイの目を見つめた。
「レイ様、私は前世で恋愛をしたことがありませんでした。でもこの世界で私はレイ様に恋をしました。初めてお会いした時に一目惚れしたようです。こんな、まだ子供の体ですが、前世32歳の私はレイ様に認めてもらいたくて、その思いだけですべてのことを乗り越えてきました。レイ様は異性に好意を感じない術で心を縛っていて、私のことはただの子供としか見ることは出来ないかもしれませんが……。レイ様、師弟の関係でも構いません。師を守りたいと思う気持ちを受け取っていただけませんか。……私の魔力を込めた指輪を嵌めてください……。そして時空間の狭間に飛んでしまったら、指輪の光の射す方向へ向かってください。私が出口でお待ちしております」
「クリス……」
レイは、クリスティーナの手を握ると、彼女の目から溢れる涙を優しく拭き続けた。