20. クリスティーナの婚約
クリスティーナとギルバートは、グリモード家の新居で家族全員でまったりとお茶を飲んでいた。
「ギル、クリス、目の下に隈張り付けて、少しやせたんじゃないの?」
母は心配そうに二人を見ていたが、『仕事中毒』に侵されている二人は「「そんなことないよ(わよ~)」」と、ハイテンションで答えた。
((大丈夫か(しら)?うちの子たち……))
「お父様は、少し太ったんじゃありませんか?」
「えぇ~っ。儂、太ったか?ガーラ国に来てから食べ物が美味しくてついつい食べ過ぎてしまっていたからな」
「そうねウィル。この国の食べ物は美味しくて、私も食べすぎちゃうわ。このフルーツ大福なんて何個でも食べられそうよ」と、3個目のフルーツ大福を食べた母は口元を丁寧に拭いた。
家族団らんで大笑いしていたところに、執事のセバスが入ってきた。
「旦那様、分家から急ぎの手紙が入りました」
手紙を開封すると、父は渋い顔をしながらクリスティーナに手紙を渡した。クリスティーナが手紙を読み終えると「やっぱりきましたわね」と母と兄に手紙を見せた。
「クリスティーナを王子の婚約者にするって!? 王命とか書いてるぜ」
母は顎に手を当てながら手紙を読み返していた。
「私達は移住してガーラ国に籍を移したのだから、ダリオン国の王命に従わなくてもいいのよねウィル?」
「あぁ、この王命は無視していいだろう。ダリオン国の王妃が、ガーラ国の新しい魔道具にクリスティーナが関わっていることを知ったこと、そして、ダリオン国からうちの商会が無くなって流通が滞っていることで、クリスティーナをダリオン国の王太子妃として国に呼び戻せば商会も戻って、魔道具も自分のものになると考えたんだろう」
「ダリオン国の国王は以前から王妃の言いなりだものね。ウィル、どうするつもり?」
「このまま放っておいてもいいんだが、何かあった時のために、クリスティーナにこの国で婚約者をつくっておくほうがいいかもしれんな」
「「婚約者!?」」
「ウィル、誰か候補はいるの?」
「実はいないこともないんだが……」
そんな話をしていると、セバスがお客様がいらっしゃいましたと、レイとガイを皆がいるテラスへ案内してきた。
「師匠!ガイ!」「レイ様、ガイ様!」
セバスがお茶をテーブルに置くと、レイはサッとまわりに防音の結界を張った。
「家族団らん中に、お邪魔して申し訳ない。男爵に話があったんだが、皆が揃っているなら全員に聞いてもらったほうがいいだろう」
「師匠、何かあったんですか?」
「クリスティーナとギルバートの名前が近隣国に知れ渡ってから、君達に他国の高位貴族から続々と釣書が届き始めているんだ。君達の技術を求めてのことだと思う」
「えっ、俺にも!」
「あぁ、ギルには少し遠い国の王女からお誘いが来ている」
「えぇ~!嫌だわ俺!」
「そこで、兄とも話し合ったんだが、君達の婚約者を早急に決めてしまったほうがいいということになってね」
「レイ様、ダリオン国からもこんな手紙が届きました」
クリスティーナが、分家から届いた手紙をレイに渡すと「ダリオン国からも届いたか……」と眉間にしわを寄せた。
二人を見ながら何かを考えていた母は急に姿勢を正すと、ギルバートとクリスティーナに向き合った。
「ギル、クリス、貴方達、好意を持っている人はいる?」
「「はあ〜?」」
クリスは「あっ……」と何か思い出したような顔をしながら、ギルバートをツンツンと指でつついた。
ギルバートは、「えっ!」とクリスティーナの顔を見てから、「皆の前で告白かよ~」と顔を赤くしてボソボソと小声で答えた。
「いいなって思っている子はいるけど……」
「ギル兄様、それってローズ様のことよね?」
(確かに、ギル兄様の会話に知識豊富なローズ様なら楽しくついていけるわ。ローズ様もギル兄様と話をしている時は楽しそうだし。それにローズ様の家は魔術師の家系。ギル兄様が特級魔術師になれば、ノーサンプトン侯爵家も兄を欲しがるはず……。いけるわよ兄様!)
「クリスはどうなんだ?」ギルバートは、次はお前だぞっと、肘でつついた。
「私は……」
(私は前世でも彼氏がいたことも無く、今世でも同い年の子には異性としての感情を持てずにいるから、いきなり婚約者っていわれても候補がいないわ……)
クリスティーナが無言になると、ガイが覚悟を決めたような顔で彼女の側に来て跪いた。
「クリス、俺じゃダメかな?」
ガイの行動を予想していた全員が、固唾をのんでクリスティーナの返答を見守った。ガイがクリスティーナに好意があることは誰の目から見ても分かりやすかったのだ。
「あっ、ダメです」
全員が、ガクッとリアクションを取る中、ガイは食い下がってクリスティーナの手を取った。
「番の問題なら、俺の身体に番を感知しなくなる呪印を刻んでもらうから問題ない。それに俺はずっとクリスを妹としてではなく好意を持って側にいた。俺は、生涯クリスだけを愛すると誓う」
全員が、ゴクリと喉をならして、クリスティーナを見つめた。
「いやいや、ダメです。ガイ様、プロポーズありがとうございます。とっても嬉しいです。しかし、ガイ様はこの国の王太子、そして将来はこの国の象徴として君臨される方です。その貴方が、番を無視して呪印を刻むなんていうことは間違っています。ガイ様は本当に愛する方と番って、竜人族の一族としての血を繋ぐべきです。……それがお断りの理由の建前ではありますが、本音を申し上げますと、私は前世で32歳だったという記憶があり、今世で同世代の異性に好意を持つということが難しいのです」
二人を見守っていた全員が、「「「あぁ……、確かに」」」と呟いた。
ガイは、一世一代のプロポーズが失恋に終わり、気の抜けたように呆然としているのを見かねたギルバートは、肩を支えながら別室へ連れて行った。
「クリス、それじゃ、俺と婚約するか?」
クリスは「えっ……!」とレイに振り向くと、顔を少し赤らめた。
((えっ!うちの娘、レイ様のプロポーズに赤くなってる!? そういうことなのね!))
両親は目を合わせて頷くと、「クリスちゃん、レイ様は優良物件だと思うわよ!」「レイ様ならクリスのことをよくわかっていらっしゃるし適任ではないか?」と背中を押そうと頑張った。
レイは苦笑いしながら夫妻を見ていたが、クリスティーナに視線を移すと真面目な顔で言った。
「クリスにはこんなオジサンは嫌かもしれないが、この国の王弟と婚約を結べば他国も手出しは出来ないだろう。クリスに好きな人が出来たら婚約を解消したらいいし、とりあえず俺と婚約を結ぶのが良いと思う」
クリスティーナは、なぜか顔を赤らめながらモジモジと俯いて答えた。
「でも、レイ様にご迷惑をお掛けすることになるかと……。レイ様の番が現れたら……」
「いや、俺は身体に呪印は刻んでいないが、異性に好意を感じなくなる術を自分の身体に施したんだ。父が竜人姫を連れ帰ってきた時にね、自分も同じことをしないように自分の心臓に術式を埋め込んだ。解術も出来るが、私は今もそのままにしている」
「えっ……」
「私は異性に対して好意を感じないことになっている。でもね、初めてクリスに会った時に、なぜか暖かい気持ちになったんだ。理由はわからないけどね……。ということで、クリスの婚約者は俺ってことで決めて良いかな?」
クリスは顔を上げると、真っ赤な顔でレイを見上げた。
「レイ様、不束者ではございますが、よろしくお願いいたします」
そしてクリスティーナはレイの婚約者となり、ギルバートの件は、父が速攻でノーサンプトン侯爵家へローズ様との婚約申し込みの手紙とギルバートの釣書を送ると、ノーサンプトン侯爵から「ギルバート君なら大歓迎です」とすぐに返事があった。そしてギルバートは、ノーサンプトン侯爵家へ婿入りという形で、ローズ様との婚約は即決で結ばれた。
そして平穏な日々が戻りつつある頃、ガーラ国の改革反対派の貴族がダリオン国の王妃を訪れていた。
「王妃様、ガーラ国のサヴィル侯爵がいらっしゃいました」
「王妃殿下、お初にお目にかかります。エバンズ・サヴィルと申します」




