17. 王立学院の卒業式
初夏ともいえるような晴天の朝、グリモード伯爵家のタウンハウスの朝は、いつものように賑やかな声が響き渡っていた。
「クリス!急げ~!卒業式に遅刻するよ~!」
「お兄様、ガイ様、遅くなり申し訳ありません!」
クリスティーナが急いで馬車に乗り込むと、馬車はすぐに走り出した。
「お兄様、ガイ様。改めましてご卒業おめでとうございます」
クリスティーナは畏まってお祝いを告げると、ギルバートとガイの上着の胸ポケットにそれぞれの瞳の色の小さな花のブーケを付けた。ギルバートにはグリーンの花、そしてガイには金色の花。
「おぉ~!クリス、昨日遅くまで起きてたのはこれを作ってたからか!」
「はい!私も二人の色の花をつけております」と胸ポケットに付けた2色の花を指さした。
「クリス、ありがとう。三人で馬車に乗って学院に行くのも今日で最後か……。少し寂しいな……」
ガイは、今日の卒業式後の卒業パーティーが終わるとそのまま王宮に行くことになっていた。そして明日からは王太子教育が始まる。
ギルバートは、高等学院の騎士科に進む予定だったが、進路を変えて魔道具研究所へ所属することになった。以前から魔法協会の会長室に入りびたって魔道具の指導を受けていたギルバートは、魔法協会会長から魔道具研究所への推薦を受けた。実はガーラ国の魔道具研究所は魔法協会の会長が運営していたのであったが、そのことを知るのは、まだ少し先の話である。
クリスティーナは、前世にも引けをとらないような経営学の論文を出す教授の下で学びながら教授と論議を戦わせて、経営学とは別に経済学についての知識も学んでいた。そして、実はクリスティーナは1学年の後半に飛び級試験を受けていて、すでに王立学院の卒業資格を取得していた。そのため、学院の授業にはほとんど参加せず、学院の教授の助手として論文を書きながら、たまにフェミリア達とのお茶会で近況を報告しあっていた。
王立学院の門の前に馬車が到着して、クリスティーナ達が馬車から降りると、周りにいた生徒達がガイを凝視して立ち止まった。
「えっ、あの髪色は留学生のガイ様よね!」
「あの髪色と金色の瞳って……王族の色じゃない?」
「顔の傷が治って仮面を外されたって聞いてたけど……カッコ良すぎない!」
「誰だよ、仮面の下はブ男だって言ってたやつ!」
「「「美男子過ぎる!」」」
周りから聞こえてくる声に気が付いたガイは真っ赤な顔をして速足でその場を通り過ぎた。
「そういえば、ガイが仮面を外してから学院に来たのはまだ数回だもんな。騎士科の校舎には行ってたけど、こっちには来てなかったからな」
「皆さん、ガイ様の美しさに驚いていらっしゃいますわね」
ガイ達が足早に講堂に向かっていると、講堂前で待っていたフェミリアとローラが駆け寄ってきた。
「クリスティーナ様!お久しぶりでございます!」
二人は、ギルバートとガイ、そしてクリスティーナの前に立つと「ご卒業おめでとうございます」とお祝いの言葉を述べて、3人に花束を渡した。そしてフェミリアは、ガイの顔の傷が治って仮面を外すことが出来たことを涙を流しながら喜んだ。
ギルバート達が講堂に入り、卒業生が座る席を探しているとすでに席についていた生徒達が一斉に講堂の入口に立っている3人に顔を向けた。
ギルバートは、茶髪に緑の瞳で背も高く鍛えられた容姿で目つきが鋭いクール系男子
ガイは、王族の色を持ちギルバートと身長も同じぐらい高く、騎士科主席の細マッチョな美丈夫
クリスティーナも銀髪に深い紺色の瞳を持ちスラッとモデル並みのスタイルを持つ美少女
この3人が一緒に講堂に入って目立たないわけがなかった。
「お兄様、ガイ様、向こうの空いている端の席に座りませんか?私達、なんだか目立っているようなので……」
卒業生とその保護者達が席に付き来賓が入場すると、すぐに式が始まった。そして学長のお祝いの挨拶が終わると、卒業生全員の名前が一人ひとり読み上げられた。
淑女科、魔術科と続き、次に経営科の生徒の名前が読み上げられた。
「経営科首席 クリスティーナ・グリモード」
クリスティーナの名前が呼ばれると、会場内がザワザワとして、後ろの端の席に座っているクリスティーナに皆の視線が集中した。
「グリモード君は1学年在学中に、飛び級試験を満点で合格し卒業資格を得た。その後も経営学の論文を書き上げ、その論文は王宮の経済産業大臣にも評価されている。よって、グリモード君を今年の経営科首席とすることにした」
副学長がそう告げると会場内はさらにざわめいた。
「ん、おほっん!」副学長が咳払いをすると、皆は口を噤んで静かになり、引き続き卒業生の名前を読み上げた。
そして最後に騎士科の卒業生の名前が読み上げられた。
「騎士科首席 ガイ・メナード・ガーラ。次席 ギルバート・グリモード」
会場内の生徒も保護者も、ガイのフルネームが呼ばれると「えっ!」という声があちこちから上がって、先ほど以上に会場は騒然となったが、副学長の大きな咳払いで静まり、卒業生の名前を続けて読み上げていった。
卒業式が終わり、あちこちから話しかけたそうな視線を向けられた三人は足早に会場を出て、講堂前で待っていたノアの誘導ですぐに馬車に乗り込んだ。
馬車に急いで乗り込むと、クリスティーナは「ふぅ~」と息をついて、隣に座るノアに声をかけた。
「ノア、ありがとう。ノアが誘導してくれなかったら、皆につかまっていつまでも動けなかったわ」
「こういう状況になることは想定内でしたので、講堂前に控えておりました」
「ほんと、ノアは最高の執事だよなぁ。俺ももっと先を読めるように訓練しなきゃな」
「ノアさんのスンとしたポーカーフェイスが毎日見れなくなるなんて、俺、寂しい」
クリスティーナ達から声をかけられたノアは、表情はスンとしたまま、首だけを赤らめていた。
そしてタウンハウスに戻った3人は、夕方から王立学院で開かれる卒業パーティーに向けての準備のため、待ち構えていた侍女と侍従達に連れ去られるように各自の部屋へ引っ張られていった。
「クリス〜、準備は出来たか?」
クリスティーナの部屋をノックして入ってきたギルバートとガイは「「えっ……」」と、息をのんだ。
クリスティーナは、裾に流れるように銀色から濃い紺色になっているグラデーションの艶やかな生地で作られた騎士風でフレンチスリーブのAラインのドレスを纏っていた。髪は結い上げて美しい刺繍の入った髪飾りを付け、少し吊り目がちなクリスティーナの目尻を、化粧で優しい瞳に仕上げてくれた侍女の腕前は流石である。
「誰だお前は!」「クリス、凄く綺麗だ!」
「ガイ様、ありがとうございます。お兄様、誰だって……。クリスティーナでございます!」
「女性は化粧でここまで変われるのか……。ガイ、俺達、騙されないように気をつけような」
「お兄様、失礼ね〜。でも、お兄様もガイ様も正装したお姿は、いつもにも増して素敵です。あっ、お揃いのクラバットを付けてくださったんですね!」
「あぁ、俺達3人の門出だからな」
クリスティーナは、二人のクラバットとクリスティーナの髪飾りを3人の色で手作りしていた。黒の絹地に金色とエメラルド色、そして銀色の刺繍糸で丁寧に刺繍されたクラバットと髪飾りはシンプルながらとても美しく仕上がっていた。
ドアをノックして、ノアが「レイ様がいらっしゃいました」と知らせに来ると、クリスティーナは慌てて部屋を出ようとしたが、ギルバートとガイがサッと手を出した。
「せっかくドレスアップしてるんだから、二人でエスコートしてやるよ」
「お兄様、ガイ様……。ゔれじいです……」
クリスティーナは、何の柵もなくこんな風に3人でじゃれ合えるのはこれが最後だと思うと、思わず涙があふれてきてしまった。
「クリス、泣くな!化粧が落ちるぞ。これからはいつでもエスコートしてやるから」
「俺も、クリスのエスコート役はいつでも引き受けるよ」
「ありがとうございます……。そうですね、これが最後ではありませんね……」
(でも、年齢的にも異性と意識すること無く接することが出来るのは、やはり今日が最後だと思いますよ。兄様、ガイ様……)
ギルバートとガイにエスコートされながら階下に降りていくと、正装して凛々しく髪を整えたレイが、『レイノルド王弟殿下』として三人を待っていた。
「レイ様。あっ、レイノルド王弟殿下、お待たせいたしました」
クリスティーナが完璧なカーテシーで挨拶をすると、ギルバートとガイも胸に手を当てて正式な挨拶をした。
「ふふふっ。このメンバーの時はレイでいいよ。クリスティーナ、美しいね。もう淑女と言ってもいい立ち姿だね。ギルもガイもどこかの御令息みたいだよ」
「一応、二人とも御令息なんで」とギルバートが肩をすくめると、玄関ホールには皆の大笑いの声が響き渡った。
ノアが「準備が整いました」とレイに告げると、レイは転移の魔法陣を開いて護衛も含めた全員を一気に移動させた。卒業式で正体を明かしたガイは、セキュリティーを上げた方がいいというノアからの提案で、今後の移動はすべて転移で動くこととなった。そして今回の卒業パーティーは卒業生とその保護者のみの参加に限られていたが、念のめにとレイが三人の保護者として付き添うことにしたのだった。
学院の卒業パーティー会場に着いたレイ達は、一番最後に会場に入場することになった。レイが前を歩き、その後ろをギルバートとガイにエスコートされたクリスティーナ達が入場すると、ザワザワしていた会場がシーンと静まり返り、全員の視線が会場の入り口に注がれた。パーティの司会者がそれに気が付くとすぐに音楽が流れ、卒業パーティの始まりを告げた。
レイ達は、声をかけるか迷っている生徒や保護者達を振り切って立ち止まることなく来賓が集まっているテーブルに向かった。そこには魔法協会会長や経済産業大臣、そしてなんとガーラ国王までもがそのテーブルについていた。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
クリスティーナ達が陛下に挨拶をすると、「堅苦しい挨拶はいいよ。皆、卒業おめでとう」と、3人に席を勧めた。そして、国王の意図を察したレイが、サッとテーブルの周りに防音の結界を張った。
「実は、学院を卒業したギルバート君とクリスティーナ嬢には、これから数年、私の手伝いをしてほしいんだ。詳しいことは、魔法協会の会長と大臣から後日説明をしてもらうが、これからのこの国の改革のために王政と貴族制度廃止の準備をする組織を編制した。それで、君達にはその組織の一員になってもらいたい。クリスティーナ嬢には、前世の知識をいかした法整備等の手伝い、そしてギルバート君にはそれに伴う魔道具作成。どうだろう、引受けてくれるか?」
「王政と貴族制度廃止の準備……」
陛下の話を聞いたクリスティーナは、今後の自分の進路を決めかねていたところに光が射したような気がした。そこへ思いがけない国王からの申し出。王政や貴族制度の廃止については前世での歴史の内容が役に立つと確信したクリスティーナは、国王に即答した。
「国王陛下、ぜひお手伝いさせてください。私の前世での知識が役に立つかもしれません」
ギルバートも「私もお手伝いさせていただきます」と答えると、クリスティーナと目を合わせて頷いた。
「そうか、二人ともありがとう。それでは後日、二人には王宮に来てもらうとしよう。さて、仕事の話はここまでだ。三人ともパーティーを楽しんできなさい」
そうしてその日のクリスティーナは、ガイ、ギルバート、そしてレイノルド王弟殿下とダンスを踊り、思い出に残る最高に楽しい時間を過ごした。