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1.伯爵令嬢、断捨離に挑戦する

 春の柔らかい木漏れ日が差し込むグリモード伯爵家当主の執務室。


伯爵とその娘(4歳)は、領地の帳簿と伯爵家が運営する商会の書類をチェックしていた。


カリカリカリ……。「んっ?お父しゃま」


「どうしたクリス?」


顔に刀傷のある強面な容姿の伯爵は、何か見つけたのか?と、顔を上げた。


「どうやら西の領地のバッタナイト支部で不正があるようでしゅわね……」


伯爵は椅子の背に身を預け、はぁ〜っと深いため息をつくと腕を組み天井を見上げた。

 

「支部長は不正などしそうにない人物だったが……。理由はどうであれ、処罰は与えねばいかんな。他の地域はどうだ?」


クリスティーナは、持っていた書類をトントンと机に叩いて整えると父に答えた。

 

「他は正しく申告していましゅわね」


「そうか。そういえば、クリスが帳簿や書類の形式を改善してくれて、経理がかなりスムーズになったと評判だぞ。あの帳簿の書式は、今や王宮でも使われているそうだ」


娘は、キラキラしたサファイアのような美しい瞳を父に向けるとニッコリと微笑んだ。


「それはよかったでしゅ。まあ、私の前世の記憶をそのまま使用したものでしゅから……」



私、クリスティーナ・グリモードは、バルブッシュ暦986年の春、グリモード伯爵家の長女として生まれました。そして3歳の時に隣領で起きたスタンピードから流れてきた魔獣に襲われた際、日本という国で過ごした前世の記憶を思い出しました。残念ながら前世の私は、ブラッキーな国税局で残業漬けの日々を送り、過労がたたってぶっ倒れたのがラストだったようです。そして唯一の趣味は貯金という喪女でございました。


家族に前世の記憶が蘇ったことを伝えましたが、家族は過去にもそのような方がいらっしゃったということで奇異な目で見ることもなくすんなり納得してくださいました。


お父様のウィリアム・グリモード伯爵は、背も高く顔に大きな傷のある強面な外見ですが、実はかなりの愛妻家。お母様の薬草研究のために各国を飛び回って薬草を集めているうちに、伯爵家で営んでいた商会が国一番の売上を持つ大商会になってしまったとか……。


サラージュお母様は、銀色の艶やかな髪にサファイアの様な紺色の瞳で、傾国の美女とまでいわれる美しい容姿をお持ちですが、研究中に薬草の入った鍋をニヤリと妖しい笑みを浮かべながらかき混ぜている姿はガクブル……な魔女そのもの。


3歳上のギルバートお兄様は、お父様と同じ茶髪にエメラルドのような鋭い深緑色の瞳を持つクールな美少年ですが、私が魔獣に襲われた際に恐怖で動けなかったことがトラウマとなり、妹を守れる騎士になるといって、昨年から隣領のメナード辺境伯騎士団に入り、見習い騎士として修行の日々を送っております。


それぞれがマイペースに日常を送っているファミリーではありますが、皆が共通している事が一つございます。


『なぜか、物が捨てられない……』


♢*♢*♢*♢*♢*


日々、何故か物が増えていく伯爵家。


父は、他領や隣国へ買付に行く度に珍しい物を買い漁り、母は仕事のストレスが溜まると家族の服を買い漁り、普段はそれほど無駄使いをするような両親ではないのに、2人とも買い物でストレス発散しているような様子。


兄の部屋は、何故かあちこちで拾い集めた石ころが部屋中に飾られている……。


私は、両親から買い与えられる物で部屋やクローゼットが埋まり、ぎゅうぎゅうの全く余白の無い状態。


メイド達が片付けをしてくれているおかげで整頓されてはいるが、なんせ物が多すぎる。物置部屋があふれ、客室や空き部屋も物置状態。収納スペースが足りなくなり、屋敷の増築を考えることになった。


「旦那様、屋敷増築の見積書でございます」


「おっ、もう見積書が上がってきたか。ん~、結構な金額だな……」


父は、眉を寄せて見積書を見ながら、指先でトントンと机を叩いていた。これは、納得がいかない時の父の癖である。


「お父しゃま、しょれを見せていただけましゅか?」


クリスティーナは、見積書を受け取ると、渋い顔をしながら見積書をチェックした後、眼鏡を掛けてはいないのに、眼鏡を上げる仕草をした。これは、前世での癖である。


「物を保管しゅるだけの為に、これだけの費用をかけるのは、どうかと思いましゅね」


 クリスティーナは暫く見積書を見ていたが、ハッと閃いたかのように顔を上げた。


「お父しゃま、家中にある不用な物を処分してみましぇんか?」


父は、うーんと唸りながら「すべて思い入れのある物なんだが……。処分かぁ……」と渋い顔をしながら頭を掻いた。


空き部屋に詰め込まれている物の大半は、父が他国に行くたびに買い集めた物だったが、ほとんどの物が使用されないまま仕舞われている物ばかりだった。


「お父しゃま、物は使われて初めて価値がうまれるんじゃないでしょうか?」


クリスティーナは、椅子からピョンと降りて立ち上がると、父に向かって力説し始めた。


「私の前世では『断捨離』という考え方がありました。断捨離とは、物への執着をなくし不要なものを処分して、物にとらわれず快適な生活・人生を手に入れることを目的とした考え方でしゅ。私は前世でも、物があふれた部屋で暮らしていましたが、しゅっきりとした部屋で自分がときめくものだけで暮らしたかったという思いを残して亡くなりました……。でしゅので、これを機に家中の断捨離にトライして、前世の無念を晴らしたいと思いましゅ!お父しゃま、許可をいただけましゅでしょうか?」


前世の私は祖母と2人暮らしでしたが、祖母が亡くなって、毎日のように終電で帰宅する生活を送っているうちに部屋はどんどん汚部屋化していきました。シンプルな部屋やミニマリストに憧れ、断捨離本や片付け本を買い漁っていましたが、「積ん読」で部屋がさらに埋もれていくような日々でした。前世の私は、「ときめく」少ない持ち物だけでミニマリストな生活を送ってみたかった……という思いを残し亡くなったのです。


父は腕を組んで唸りながら少し考えた後、覚悟を決めたように顔を上げた。


「断捨離か……。この世界には無い考え方だな。よし、思い切ってやってみよう。クリスの前世の無念を晴らす良い機会かもしれん。クリス、その断捨離というもののやり方はわかるのか?」


クリスティーナは、「よし!言質とったじょ!」と小声で呟きながら、キラキラした目で父を見上げた。


「はい!前世ではたくさんの断捨離本を読みあしゃりましたので知識だけはありましゅ!まじゅは、実験的に私自身の部屋と物の断捨離から始めてみましゅ」


「そうか、上手くいったら、次は私とサラで挑戦してみよう。ということで、セバス、屋敷増築の計画は一旦中止だ」


老執事のセバスは、年齢を感じさせない美しい姿勢でお辞儀をすると、クリスティーナに微笑みながら言った。


「お嬢様、私も是非その断捨離のお手伝いをさせていただけますでしょうか。非常に興味深い考え方です」


「セバシュにも手伝ってもらえたら、屋敷の中の断捨離もスムーズにできしょうでしゅね!まずは私と侍女のリシャで私の持ち物を片付けてみましゅね。しょうとなったら……」


クリスティーナは、確認済の帳簿を父に渡すと「お父しゃま、早速始めてまいりましゅ」と、駆け足で執務室を出て行った。


伯爵は、クリスティーナの後ろ姿を遠い目で見送りながら執事のセバスに問いかけた。

 

「セバス……。あの子の淑女教育は進んでいるんだろうか?」

「旦那様、お嬢様は外面は完璧ですから、問題ないかと……」

「セバス……。まあ、いいか」


♢*♢*♢*♢*♢*


クリスティーナは侍女のリサを部屋に呼ぶと、断捨離について説明した。


「お嬢様、それはステキな考え方ですわ!私達メイドも物の管理がしやすくなります!あっ、手の空いている者にも手伝ってもらいますね!」そういうと、数人のメイド達を部屋に連れて来てくれた。


「まじゅは洋服からね。えーっと、そうそう全部出して一ヶ所にまとめるんだったわね……」ブツブツと呟きながら、断捨離本の内容を思い出そうと首を捻りながら部屋を見回した。


「リシャ、まずは私の洋服を全部この部屋に集めてくれる?私も手伝うわ!」


集まってくれたメイドの手を借りながら、小さくなってしまった服も全て部屋に持ち込んだ。


「うわぁ……。こんなにあったのね。リシャ、まじゅは今の私に合わないサイズの服を箱に詰めていってくだしゃい。しゅべて教会に寄付しゅるわ」


リサ達が箱詰めをしている側で、私は前世で何度も繰り返し読んだ断捨離本の内容を思い出して、すべての持ち物を「ときめくもの」と「ときめかないもの」に仕分けることにした。


「やってみたかったのよ、これ!え~っと、基本はしゅてる物を選ぶんじゃなくて、『残したい物や大切な物』を選ぶのよね」


「ときめく~、ときめかない~♪」鼻歌を歌いながら仕分けを進めていたクリスティーナだったが、洋服の山が3つに分けられたことに気が付いた。


『ときめく物』と『ときめかない物』、そして『どちらでもないけど捨てるには惜しいもの』


『どちらでもないけど捨てるには惜しいもの』ってどうしたらいいんだったかな?保管箱?でも服を保管箱に入れてたら絶対に着ないよね?ん~、とりあえずまとめてクローゼットに戻して、再度着た時に着心地が悪かったり、あんまり着たくないと思ったら断捨離しよう。徐々に断捨離していくうちに、自分が本当に好きな物や似合うものが分かるようになるかもね。

クリスティーナは、服の山を見上げながら笑顔でうなづいていた。


すべての服の仕分けが終わり、残った服をクローゼットに仕舞うと、クリスティーナは『ほぉ~っ』と、うっとりした表情で綺麗に整頓されたクローゼットを眺めていた。


「素敵……。私のお気に入りだけが並んでるわ。これが断捨離……」


それから数日をかけてクリスティーナは自分の持ち物すべての断捨離をした。文具や本、ぬいぐるみやお土産等の頂き物など、ときめく物だけを残し、持ち物をすべて自室のみにまとめた。今までは自室に入りきらなかった物を空き部屋へ押し込んでいたのだったが、クリスティーナの断捨離だけで屋敷の3部屋が空っぽになった。


「うわ~!物置きに使用してた部屋もシュッキリ片付いたわね!でも、このやり方は個人の断捨離には合ってるけど、屋敷でお客様用に使用する物や商会では少しやり方を変えた方がいいでしゅね……」ふんふんと頷きながらメモを取るクリスティーナであった。


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