公爵令嬢、交渉される
「感謝する」
深く頭を下げるシエナ。再び上げられた顔には、深い苦悩が滲んでいた。まだ何も聞いてませんし、どうにか出来るとも限りませんわよ……?
「何から話せば……」
「中央陸軍の件なら、多少は知ってますわよ」
ロイネット王国の軍隊も中央集権化が進められておりまして、その中心にいたのがノースポール公爵家でしたの。先代ノースポール公主導で進められていた集権化は、かなり反発も多かったというのは知られている話ですわ。
「ならば話が早い。今、その計画が頓挫の危機にある」
そうでしょうね。先代は謀殺されたというのが大方の見解……私としても、別に集権化は大手を振って賛成する程ではありませんもの。それを引き継ぐしか無いのは分かりますが、えっ、私にどうしろと?
───マリアは何かを察したのか、いつの間にかいなくなっていました。いや正解なんですけれども、酷くないかしら???後でシバきますわ。
「結論から聞きましょう。私に何をお求めで?」
「『紫騎士団』を貸してくれ」
私が幼少から鍛えてきた私兵を貸せと?宝ですわよ?凄い事言いますわね。統治領の防衛に当たらせていますので、実際難しいですわよ。
中央陸軍編成の件は、恐らく一家レベルの事業……。頓挫すれば、ノースポール公爵家は没落。一発逆転に賭けなければならないのは理解出来ますが……。
「……統治領の維持に必要ですので、不可能ですわね」
「実家はレンディア辺境伯家だったな?話は通す」
「移動費、糧食、給料の問題も……」
「全部出そう。割り増しで構わない」
「未開地から、魔物が襲撃してくる懸念が……」
「子飼いの探索者を派遣する。クラス6、腕は確かだ」
め、めちゃめちゃ本気ですわ。公爵家とはいえ、馬鹿にならない金額だと思いますが……。しかもクラス6で子飼い……“森の声明”ですわね。腕は確か。ふーむ。
「我が騎士団を貸したとて、何の意味がありますの?ただの私兵ですわよ?」
「卿らは中央で語り草になっている。練兵場での大立ち回り、忘れたとは言わせんぞ」
「うっ……」
身に覚えしかない。我が配下達が、近衛を練兵場でボコボコにしてしまった事件。数年前とは言え、まだ忘れられてませんのね……。私を馬鹿にした近衛側が悪いということで決着しましたが、火消しに頭を抱えた覚えが。
「言葉を選ばず言おう、卿らも協力してくれているという体裁が欲しいのだ。創建に手を貸した功績は、確実に名声に繋がる」
「……数ヶ月、ですわね?」
「あぁ、それで構わない」
うぐぐ……、断る理由は正直無いですわ。ノースポール家とのコネ、費用相手持ち、陸軍に対しての影響力。十分ではありますが……まだいけますわね。
「……これまでの条件に足して、『西の庭園』を頂けます?」
「あれか……いいだろう」
「でしたら、よろしいですわ」
ちょうど屋敷のエントランスに飾る絵画で悩んでおりましたし……これぐらいはいいでしょう?これ以上は足元見過ぎですわね、十分ですわ。
「正式な条件についてはまた話すが……。いいんだな?」
「二言はありません」
「深く、感謝する」
再び深く頭を下げるシエナ。素直で善性が強い、貴族向きではない性格ですわね。でもまぁ、私はそっちの方が好きですわよ。
というかこの方、交渉は向いてないですわね。自分で言うのもアレですが、結構足元見てますわよ?絶対に言いませんけど。
「これから学友ですわよ?気にしないで下さいまし。貰う物は、しっかり貰っていますので」
「……そうだな。だが、ありがとう」
「構いませんわ」
一息付つけたのか、顔色がよくなったように見えますわね。サンドイッチも食べる気になったのか、一口齧っていた。私も食べませんと、休憩終了が近づいておりますわ。ちょっと冷たくなっていて、少し勿体ない気もしますが、それでも美味しいですわ。
「イザベラ、と呼んでいいだろうか?」
「あら、仲良くして下さるのですか?」
「私にとって、命の恩人だ」
「まだ違いますわよ」
「だが、仲良くしたい」
凄い距離の詰め方ですわね。いや、仲良くしてくださるのは普通に嬉しいんですわよ?軍事色の強い家特有の、一本で来る感じ……なんか懐かしいですわね。実家もこんな感じでしたわ。最初は結構難儀しましたけど、良し悪しも分かりやすいですからね。楽ではありますわ。
「……では、こちらもシエナと呼ばせて頂いても?」
「無論だ。嬉しいよ、イザベラ」
「おぉ……?私も、嬉しいですわ」
片手を差し出してくるシエナと握手をする。この感じもぽいですわねぇ。なんか、面白い方に気に入られてしまった気がしますわ。初日から、癖が強いのしか関わってませんわね……はぁ。
「あ、終わりましたか!?」
「マリアさん???」
「マリアか、もう大丈夫だ」
「知り合いでしたの??」
「実は……預かりの家で何度かお話を」
「先に言ってくださいます??」
「忘れてました!」
ぺかーっとまた笑ってくるマリアの頭に一撃入れる。痛い!と声を上げるマリアを見て少し溜飲が下がった。そういう事でしたのね、全く……。
「ま、いいですわよ」
「やった!」
「ふ……」
シエナもすっかり安心したようで、マリアを見て少し笑っている。人助けと言えば人助けではありますからね。タダじゃないですけど。まぁ無料というのは一番信用なりませんから。
「さ、午後も頑張りましょうか」
「ですね!」
「ようやく、まともに講義を受けられるよ」
ふぅと背中を伸ばすシエナ。サンドイッチも全部食べたようで、机の上は空になっていた。よかったですわ。マリアもそれを見て嬉しそうにしている。
三人になった一行、なんか愉快な感じになってしまいましたわね……。爵位持ち二人と、二色の子。言うまでもなく豪華メンバーですわ。まぁ、これ以上増えることはないでしょうし……。多分。
「皆さん、何を受講されますの?」
「イザベラさんは何を受けるんですか?」
「魔術基礎を受ける予定ですわ」
「同じだな」
「私もです!」
実質必修ですからね……。ま、これから頑張っていきましょうか。どうなるかはわかりませんけど。これ以上の面倒はもう無いでしょう。無いですわよね?