対話と弾丸
対話の場は、国境近くの「エンメルの森」に決定された。
魔族と人族の間で唯一、争いの火種がほとんど起きていない中立緩衝地帯。かつての聖女と魔王が停戦を結んだ伝説の地でもある。
その森へ向かう馬車の中で、篠崎遼司は今、死にそうだった。
「ま、まってくれ、俺、馬車に酔うタイプだから……!」
「勇者様。そんなことでこの先やっていけると……!」
エリナは隣で肩を怒らせながら言った。
清潔な騎士の外見とは裏腹に、怒ると語気が強くて怖い。何度も見てきたけど、やっぱり怖い。
「でも本当に、こんなガタガタの乗り物で異世界の森までとか……過酷すぎるって……」
「我々だって命がけです!」
そう言いながら、エリナは遼司の首元のローブを無言で正した。近い。距離が近い。思わず彼女の顔を見てしまい、頬がかすかに赤くなったのを見逃さなかった。
(……この人、やっぱりどこかで恥ずかしがってるよな)
だが、甘い空気は長くは続かなかった。
パンッ!!
突如、乾いた破裂音が馬車の外から響いた。
「っ!?」
次の瞬間、馬車の木壁が弾け飛び、車輪が激しく横転。
地面にたたきつけられる衝撃とともに、遼司は外に投げ出された。
「がっ……!? いってぇ……!」
咳き込みながら周囲を見渡すと、数人の兵士たちがすでに武器を抜いて森の中へ向けて構えていた。
木々の陰から現れたのは、黒ずくめの男。顔を布で覆い、ただひとり、馬車の残骸を見下ろしていた。
「……いた。偽勇者、確認」
男は無機質な声で言った。
「貴様が、勇者の代用品だな?」
「……なんだよ、あんたは……!」
遼司が声を上げると、男は構えていた短杖から金属音を響かせて何かを撃ち出した。
それは、銃……いや、魔法と技術の合成兵器、魔銃だった。
直撃すれば間違いなく死ぬ。だが、その弾は――
「遼司様ーっ!!」
跳躍した影が、彼を庇うように飛び込んできた。
「っ……! エリナ!?」
弾丸が炸裂し、地面が黒くえぐれる。
寸前で剣を振るい、威力を逸らしたエリナが叫ぶ。
「勇者様、後退を! これは、魔導狙撃兵……“勇者狩り”です!!」
「勇者狩り……!?」
「本来なら、真っ先に勇者を始末するための魔族の暗殺部隊……でも、まさか、和平会談に合わせて襲ってくるなんて……!」
「……おかしいな」
遼司は息を飲んだ。
魔王からは対話の申し出が届いた。
ならば、暗殺部隊など送るはずがない――。
(……いや、違う。これ、魔王の指示じゃない)
遼司の脳裏に浮かんだのは、あの時のステンドグラス。
人々が信じた勇者の像。祈り、依存し、思考を止めた世界。
(まさか、俺が勇者じゃないってバレる前に、消そうとしてるのか?)
動機は魔族ではない。
これは人間側の手だ。
「エリナ、逃げるぞ! この森には何かある!」
「……っ、了解です!」
ふたりは弾丸をかいくぐり、森の奥へと駆け出した。
木漏れ日の中、何かが――ほんの微かに、彼らを見ていた。