“勇者様”のお着替え
「――おい、お前ら! すぐに勇者様を医務室に運べ!」
命令が飛び交い、周囲が慌ただしく動いていた。
何人もの兵士が駆け寄り、遼司の身体を支えようとする。
「えっ、ちょ、いや俺、ケガとかしてないんだけど!?」
「勇者様、疲弊しておられるのは明らかです! 召喚直後は過剰な魔力流入で身体が限界寸前のはず――!」
「いや、だから、俺整備員で――」
聞く耳を持ってもらえない。
あれよあれよという間に、彼は兵士に担がれ、白い大理石の廊下を運ばれていった。
* * *
辿り着いたのは、まるで貴族のような広間だった。
高い天井、金縁のシャンデリア、柔らかい絨毯。
部屋の中央には天蓋付きの豪奢なベッド。その手前に立っていたのは――さっきの、あの鎧の女性だった。
「ふぅ……少し落ち着きましたか、“勇者様”」
「いやその呼び方、そろそろやめてもらえないかな……」
遼司は肩をすくめる。
名前も知らぬまま、無理やり“救世主”に祭り上げられていることに、まだ頭がついていかなかった。
「あなたの身分を確定するまでは、呼称はそれで統一されます。……それに、呼び方を変えたところで、事実が変わるわけではありません」
「事実って……」
「あなたは、勇者様です」
女はまっすぐに遼司を見据え、断言した。
あまりに迷いがないその目に、遼司は一瞬だけ言葉を詰まらせる。だが次の瞬間には、現実に引き戻された。
「――では、着替えを」
「は?」
「その服では、この国の“始祖神殿”の前に立てません。清めの装束をご用意いたしました」
彼女が手を差し出すと、メイドらしき少女たちがズラリと入室してきた。
手にしているのは白いローブと金糸の帯、そして……奇妙なほど露出の多い“下着”のようなものだった。
「……あの。これは、何?」
「“神体保護具”です。神の魔力に直に触れぬよう、肌を広く露出させて調整します」
「なるほど……なるほどってなるか!! これどう見てもふんど――」
「失礼いたします、勇者様」
メイドが一歩前に出て、そっと遼司のシャツのボタンに手をかけた。
「ちょっ……!? 待て待て待て、なんで脱がす方向で話が進んでんの!?」
「勇者様のお身体は神聖な存在ですので、こちらで丁寧に管理いたします」
「いやいや、せめて自分で脱ぐ時間くらいくれ!!」
遼司の悲鳴とともに、部屋は微妙に色っぽい空気に包まれ始める。
メイドの手が、彼の腰元に伸びかけたそのとき――
「……ストップ」
低い声が割って入った。
見ると、先ほどの女性騎士が顔を真っ赤にして立っていた。
「そ、そこまでだ! それ以上は、私が……っ、私が補佐する!」
「補佐って何!? えっ? なんで君が俺の服脱がすの!? てか君、名前は!?」
「わ、私はエリナ・ディルファルド! 聖剣騎士団の副団長! ……で、ですがこの国では、騎士が勇者の身辺を守るのは当然の務めであり、義務であり、伝統であり……!」
「完全に言い訳じゃねーか!!」
エリナは顔を背けながら手を伸ばし、ぐいと遼司のシャツを引いた。
肌蹴た胸元に風が触れ、遼司の理性が一瞬だけふらつく。
「っ……てぇぇえええ!! やっぱ俺、勇者向いてねぇええ!!」
それでも、なぜかメイドたちは頬を染めて微笑み、
エリナはそっぽを向きながら、ひとりごちた。
「……ふん、下品な服だ。……だが、案外……悪くは、ない」
遼司の受難は、まだ始まったばかりだった。