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ポテトよりおいしいもの

 雑然と並ぶ建物の合間を一人の男が逃げていた。


 男は薄汚れた短パン一枚で、暗く細い路地を走っていた。点在する街頭で映し出される男の肩の焼印は、男が普通の人間ではないことを示していた。


 続いて複数の靴音が響き、警備員風の男が二人、男を追っていた。


 男はあせっていた。すぐ後ろには追っ手が迫っている。もし捕まったならまたあそこへ閉じ込められるのだ。


 小さな部屋の中で、味も何もない栄養だけは豊富な飼料を与えられ、適度な運動が強制される。俺は家畜じゃない。人間として生きていきたいんだ。


「いたぞっ!」


 背後から海中電灯の明かりが照らされた。


 男は手近な角を曲がり、最初に目に付いた扉に手をかける。かちゃり、鍵はかかっていない、男は素早くそのとびらに体を滑り込ませた。


 息を潜めて聞き耳を立てる、足音は次第に小さくなっていった。どうやらまいたようだ。


 そうとわかれば早くここを出なくてはならない。見たところ普通の民家だ。この騒ぎでここの住人が起きてこないとも限らない。この家のものに見つかりでもしたら元も子もない。


 男がドアノブに手をかけたとき、蛍光灯の瞬きが男を包んだ。


「誰かいるの?」


 明かりをつけたのは少女だった。男は一般の世界については良く知らなかったが、背格好からみてガッコウに通っている子供だろう。


 子供といえど、もう俺たちのようなニンゲンがいることは知っているだろう。また、その価値すらもわかっているかもしれない。


 対して少女は先の言葉以来何も言えずに立ち尽くしていた。


 夜中、パジャマの上にカーディガンを羽織って夜食を探しに来たところ、セミヌードの汚れた男が玄関にいたのだから驚くのは無理もない。


 相手がなにものなのかもわからないのだ、命の危険もある・・・少女は台所でせしめてきたポテトチップの袋を抱きしめた。


 パリパリと、ポテトが割れる音が響いた。


「……怖がらないで聞いてくれ」


 男はその場から動かずにできる限りやさしい声で少女に話しかけた。


「俺は今追われているんだ。君に迷惑はかけない、すぐにでも出て行くから俺のことは黙っていてくれないか」


 男は少女の反応を待った。今ここで無理に逃げるよりは少女を懐柔してかくまってもらうほうが安全だと考えたのだ。


 もちろん少女が俺の価値に気づく可能性もある、もしこの少女が騒いだり、俺を捕まえようとするならば殺すしかない。あそこの警備員でさえ軽く首をひねるだけで殺せたのだ、こんな子供ならばわけはないだろう。


 男が考えをめぐらせている間も少女は男のことを観察していた。そして少女は男の肩に付けられた焼印に気がついた。


「まさか、あなた……HM!」


「……!」

 

 やはり知っていた。HMそれはHuman Meatの略称。つまりは人肉のこと、男は食用に飼育されていた「肉用ニンゲン」なのだ。


 男は言い逃れの言葉も見つからず、本当のことを話した。


「そうだ、確かに俺はHM、養殖場から逃げてきたんだ。……やはり君も俺をオイシソウと思うのか?」


 男は身構え体を緊張させた。少女の反応によっては殺さなくてはいけない。自分が生きるためには、逃げるためには……


「そんなことないよ。ただ、生きているHMは初めてだったし、HMは言葉なんて理解できない、動物と一緒だって聞いてたから」


 どうやら少女に自分をどうこうするつもりのないことがわかると男は少し安心し言葉を返した。


「俺たちだってニンゲンだ。言葉も話すし、考えもするさ。もっとも、他のやつらはイデンシソウサって言う技術で脳を小さくされているから、まともに話のできるやつは一握りしかいないけどな」


「あなたはずいぶん賢いのね、普通の人と変わらないみたい」


 少女の恐怖ははじめに比べかなり薄れていた。そして男も自分を対等な人間として接してくれる少女と話すことで今まで感じたこともなかった幸せな気持ちに浸っていた。だから男は自分のわかる限りのことで少女の素朴な疑問に答えていった。


「俺はトツゼンヘンイタイなんだそうだ。養殖場ではたまに俺みたいに普通に考えることのできる固体ができるんだそうだ、最もそういう固体は普通小さいうちに処分されるんだけど、俺みたいに特A級の固体は高く売れるからそのまま育てられることがあるんだ」


「あなた、特A級のHMなの!」


 少女の顔に驚きの表情が浮かぶ。


 しまったと男は思った。特A級のHMといえば人肉の中でも最高級品だ、今では百グラムで何百万円とする世界で最も高い食材だ。


 自分では食べないまでも売ればかなりの額になると考えるかもしれない。男は再び体を緊張させた。


 しかし、少女の言葉は男の想像していたものとは違っていた。


「パパとママは死ぬまでに一度は食べてみたいって言ってたけど、私は絶対に食べたくないな」


 そういうと少女は持っていたポテトチップの袋をあけ、男に差し出した。


「絶対にこっちのほうがおいしいもの、少し砕けちゃってるけどね」


 そういって少女は少し微笑んだ。


 男は恐る恐る袋を受け取り、ポテトをつかむと口に運んだ。生まれて初めて食べるスナック菓子は、養殖場の飼料と違い塩が利いていてとても美味しかった。


 男が美味しそうにポテトを食べる様子を見ながら少女は話を続けた。


「大体おかしいわよ、いくら食用に改造されているって言っても人間が人間を食べるなんて、どこか狂ってるわよ!」


 少女が話している間も、男はポテトを鷲づかみにしてむしゃむしゃと食べ続けていた。


「こんなこと数十年前なら犯罪よ。どうしてこんな世の中になっちゃったのかしら?

 あなたもそう思うでしょ?なんてったって一番の被害者ですものね」


 少女は男に向かって話していたが、男はもうほとんど少女の言葉を聴いてはいなかった。


 ポテトの袋はもうかけらひとつ残ってはいない。男はそのからの袋をじっと見つめていた。そして、ポツリとつぶやく。


「今なら……その理由、わかるなぁ……」


「えっ?どうし…て……」


 少女の言葉は不意に伸ばされた男の手によって発生を止められた。男の手に力が加わり、少女の細い首が締め上げられていく。


「な、なに……、するの……」


 少女の口から途切れ途切れに言葉が漏れる。


「その理由はね、きっと、もっと、もっと!もっと!!美味しいものが食べたくなったんだよ!!」


 男の腕にさらに力が入り、少女の喉はつぶれた。今まで少女だったものはただの肉の塊に変わった。男にとってそれはポテトチップに代わる新たな『美味しい食材』だった。


 まだ若くすべすべとした太ももに歯を立ててその肉を食らう。男は『人間』としての喜びに浸っていた。


 なるほど、これは美味い。男は自分たちを血眼で買い求める人間たちの心理を理解した。


 少女の肉を一通りむさぼった後、男はつぶやいた。


「きっと……、俺の肉のほうがもっと美味しいんだろうな……」


 男はそっと、自分の腕を口に運んだ。


END


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