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9.平穏


お待たせしました。ここから本編、始まります。







一年後



「うまいねえ、金本君。君、筋良いよ」

「マジすか? あざっす!」

「うんうん、初めてにしては上出来だよ~」


まな板の上、三枚に下ろされた鯛を前に、二人の男が談笑している。


片方は中年で、もう片方は青年…… いや、29は青年でいいのか?


まあともかく、その男。


身長167センチ(本人は170を自称していたが)体重58.5キロのやや痩せ型、今は衛生ヘアネットの中に隠れているが、髪色は僅かに明るい。


年よりも幼く見られがちな丸顔に、知人には地蔵と形容される凹凸の少ない顔立ち、という特徴とも言えない平々凡々たる見た目をした29歳。


彼こそがこの物語の主人公、名を金本久内(かねもと くない)といった。



ここは人口10万人ほどの片田舎の地方都市。


新幹線が停車する駅を中心に広がった市街から離れ、盆地を囲む山の方へ進むこと5キロと少し。


国道沿いに佇む、食品スーパーの厨房である。


「それにしてもうまいねえ。もしかしてやったことある?」

「いやー、経験あるとしたら… 小学生の頃にニジマスの掴み獲り大会でワタ取りしたくらいっすね。

……ただ、前職でちょっと刃物使ってたんで、それが活きてるのかもしれないですね~」

「金本君、国防軍にいたって言ってたよね? やっぱ軍隊だとそう言うのやるの?」

「あっ…… いや、そうっすね。銃剣、とかですかね。銃の先につけて、ブスッってやるアレです」

「うーん、それはあんま関係無いんじゃない?」

「あっ、やっぱそうすかね。ははは…」


やっべ、口が滑っちった。あぶねーあぶねー。


頭を掻きながら苦笑いする金本。


ホントに大丈夫かコイツ?


思わず心配になるような口の軽さだが、これでも国家の最高機密事項に分類されるような仕事に何年も従事してきた男だ。


その肩書は伊達ではない。 ……はず。恐らく、多分。




彼はかつて、日本という国が持つ対外防衛手段の一つ、『国防軍』と名付けられた集団に属していた。


憲法上は自衛のための最低限の実力組織という位置付けをされているが、その実、多くの諸外国と国際法からは軍隊と目されている。


そして彼は、いわゆる元特殊部隊員というものだった。


一年前にある事情で解散に追い込まれた所属部隊。


色々と政府にとって都合の悪い情報に関わりがあった者たち。


手元に残しておくと、いつの日かそこから部隊の存在、そして彼らがこなしてきた数々の仕事に辿り着く輩が現れないとも限らない。


それを危惧した上層部によって、半ば追い出されるようにして除隊。


そして3か月前から新しい職場、つまりこのスーパーで金本はアルバイトとして働き始めていた。



「じゃあ、自分これで上がります。お疲れさまでしたー」

「はいお疲れ~。明日もよろしくね~」


先輩方に挨拶をし、厨房を出る。


現在時刻は午後5時。


そういやあ、冷蔵庫の中なんも無かったなあ。


なんか買って帰るか、折角だし。


更衣室でさっさと着替えを済ませ、タイムカードを押して表に回る。


確か今日は銀鮭(しおぎん)のアラが安かったはず。残ってるかな~?


買い物カゴを片手に見知った間取りの売り場を歩き回る。


丸の魚を捌いたりは流石にしないものの、彼は意外と家で料理する派だった。


目当ての物が手に入り、ホクホク顔で会計を済ませ、店を出る。


頭の中で今日の献立を思案しながら帰路についた。



「ただいま~」


誰にともなく言いながら、スーパーから徒歩10分の距離にある我が家の門をくぐる。


と言っても一人暮らし用アパートの一室で、門ではなくややくすんだ灰色のドアだったが。


築30年超の2DKで、家賃は月4万。


軍を辞めてから見つけた物件だ。それまでは寮暮らしだったから。


買い物を冷蔵庫にしまい、料理に取り掛かる。


買ってきた鮭のアラを一口大に切り分け、出汁醬油に漬ける。


本当はニンニクも入れたかったが、明日もバイトなので我慢だ。


鮭に味が染み込むのを待ちながらキャベツを適当に刻み、エリンギ、もやしといっしょに塩コショウで炒める。


その後、鮭に片栗粉をつけ、180度に熱して置いたフライヤーで揚げる。


あらかた揚げ終えたら、帰って直ぐ炊いておいた米を器に盛ると、机の上に積み重なった新聞や広告、雑誌等を押しのけて無理矢理スペースを作り、料理を並べる。


今日の献立は鮭の唐揚げ、野菜炒め、そして白米。


品目は少ないが、量はべらぼうに多い。


「おーし、うまそう! いただきます!!」


キチンと手を合わせてから、料理を口に運び、自画自賛する。


「あ、そういやあ…」


食べながら、ふと何かを思い出したように携帯を探し始める金本。


帰ってきて玄関に置きっぱなしだったのを発見すると、メールを開く。


「お! 来てるやん。どれどれ…」


食卓の前に正座し姿勢を正すと、深呼吸をして画面を操作した。


「えーっと、書類をもとに厳正な選考を……誠に残念ではございますが、ご期待に添えず…」


文面を最後まで読まず、スマホを机に放りだした。


「……クソっ」


ヤケクソ気味に夕食をかき込むと、水で飲み下す。


さっきまでは美味しかった料理も、今は何だか味気無く感じた。


「何やってんだろ、俺」



最初は、軍に残り格闘教官になるつもりだった。


ずっと憧れていた仕事だったし、その道に進んだ同僚もいる。


何より、自分の経歴と腕なら十二分に通用するだろうという自負があった。


しかし、予想を反して軍からの返事は快いものではなかった。


どうやら上は、自分と一般隊員を関わらせるのを心底嫌がっているようだった。


表に出るには、もう黒い事情に関わりすぎていたということなのだろう。


どうしても教官職には就けそうもないと分かって、10年間続けた軍人を辞めた。


もうあそこに自分の居場所は無かった。



それでも、当初はそれほど悲観していなかった。


長い寮生活で、というかそれ以前にここ数年は任務漬けで、休日はその疲労から死んだように眠るばかり。


更に任務の度に支給される特別手当の影響もあり、貯金だけは引くほど貯まっていた。


それこそ無駄に大きな買い物でもしない限りは、少し贅沢な生活が先10年は問題無く続けられるほど。


仕事にかまけて、チェックだけして見ていないアニメや漫画が山ほどある。


学生時代はよく覗いていたネット掲示板も、最近は殆ど見れていなかった。


何だったら、旅行とかに出かけてみるのも面白いかもしれない。


仕事で国内外あちこち行ったが、風景を眺めたり、文化財を見物したり、そこでしか出来ない体験をしてみたり、観光なんて全く縁が無かった。


体力は有り余っているし、金も時間もある。


そうやって活動していれば、生まれてこの方出来たことのない恋人も、もしかしたら見つかるかもしれない。


何年かのんびり過ごして、身の振り方はそれから考えても遅くないだろう。


今まで散々働いた。少し休憩だ。


最初は、そう思っていた。



そんな自堕落な生活を始めて、少しした頃。


一日が24時間あるんだということに、生まれて初めて気が付いた。


今までは、起きて、慌ただしく飯を食って、訓練をして、ヘトヘトになって帰って、寝る。


体感時間的には、6時間とかそれくらい。


ところが今は、いつまで経っても時計の針が進まない。


待てど暮らせど夜にならず、待てど暮らせど朝が来ない。


日を追うごとに、楽しいことが減っていき、つまらないものばかりが増えていく。


アニメも、漫画も、ラノベも、掲示板も…… いつしか全てが辛くなった。


何を見ても楽しいと思えず、ただ、画面の中で躍動する登場人物と、生きる意味も目的さえ持たず、ただ時間だけを貪り食う今の自分との落差を見せつけられているようで、苦痛だった。



気が付くと、真剣に就職先を探していた。


今の自分に必要なのは仕事だ。


任務のし過ぎで、平穏な日常というものを忘れてしまっているだけだ。


世間の大人と同じように会社に行き、一日働いて、家に帰る。


それが”普通”だ。大丈夫。


社会人の責務を果たせ。



世間は不景気真っ只中で、その上三十手前という年齢。


何の検定資格も無く、高校卒業後直ぐ国防軍に入隊したため社会経験も乏しい。


更に国防軍在籍中の活動もいまいち不明瞭。


金本の就職活動は、当然のように難航した。






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