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8.伝説の夜明け





「ミナ? ミナっ!!」


微かな嗚咽とパニックを起こした女性の悲鳴が耳に届く。


振り向くと肩辺りから腕が赤く染まった少女が、ぐったりと母親に抱きかかえられていた。


クソっ、しくじった。


金本らが使っている弾丸はライフル弾だが、二次被害を防ぐためターゲットの体内で()()()ようになっている。


しかし敵の弾薬はそうではない。


流れ弾に当たったのか、割れた窓ガラスのせいか。


どちらにしろ子供の身体であの出血量はマズイ。


「シェパード!!」


テロリストの死亡を確認していた牧村を呼び戻す。


親子に近づくと、母親が怯えた表情で娘を抱き締めた。


「あまり動かすと傷に触ります。落ち着いて」


片膝をついて、少女と目線を合わせる。


「大丈夫?、やないよなあ。見りゃ分かるわ。

でも、大丈夫。今から向こうのおじさんが直してくれる。それに悪者もみんなおじさんたちがやっつけちゃうからなあ。 だからもう少しだけ頑張ろう。できるね?」


少女が弱々しくも、確かに頷く。


「よし、いい子だ」


思ったより意識もしっかりしている。


これなら今手を打てば何とかなるだろう。


「お母さん、これから医療処置の出来る隊員が来ますから、指示に従ってください。 ご安心を、我々は味方です」

「ジャッカル、一体何を」


怪我を見た牧村の顔色が変わった。


「直ぐに応急処置を。どなたか医療経験者の方、協力してください!」


「え? 日本語?」

「日本人?」


二人が話すのを聞いていた乗客たちが、にわかに色めき立つ。


そんな中、人混みを書き分け、一人の男が近づいてきた。


「何がどうなってるんだ? お前たちは国防軍なのか? どういうことなのか説明し」


問い詰める男、しかしその言葉が途中で止まったのは、彼の口内に差し込まれた刃のせいだった。


幾つの言葉を重ねるより明白な、「黙れ」という意思表示。


それを見た周囲も、水が引くように静寂を取り戻す。


どこにも触れていないナイフをゆっくりと引き抜くと、男は腰が抜けたように尻もちをついた。


「お静かに、あなた方に危害は加えません。女の子が怪我をしています。どなたでも構いません、医療経験のある方は手を貸してください。お願いします!」


張りのあるよく響く声で告げると、早速何人かが名乗りを上げた。


乗客たちも落ち着きを取り戻し始め、ようやく一段落かと思われた時…



「な、なにをっ!? 放せっ、はなして…」


乗務員の恰好をした男が、中年風の男を引きずりエレベーターに乗り込んでいった。


やられた。


内通者は一人では無かった。


息を潜め、逃げ出す機会を窺っていたのだ。


「ったく、次から次へと」


周辺にはもう脅威が無いことを確認し、後を牧村に任せて男を追う。


あっちには人質がいる、足はこっちのが速い。


下層からも続けざまに銃声が聞こえてくる、どうやら城山たちも丁度戦り合っているところらしい。


今やこの船全体が戦場と化していた。


長引くようなら援護に入るか?


いや、どちらにせよ、先ずはこっちを片付けてからだ。


手早く済ませ。


とは言え、やっと追い付いたのはデッキに出たところだった。


「う、撃つな! 止まれぇ!!」


こちらに気付いた男が、人質を盾になるように立たせ、威嚇する。


撃ち合いでは勝てないと悟ったのだろう。拳銃は人質の頭につけている。


利口な判断だ。


せめてこちらに向けてくれれば、幾らでもやりようがあったのに。


金本は照準を男に合わせたまま歯ぎしりする。


無線が使えない以上、支援(バックアップ)は期待できないし、今から呼んだとして、それが間に合うほどあちらが気の長い質とも思えない。


どうする?


その時、付けたままだったヘッドセットから、何か音が漏れた。


何かを叩くような音が連続して3回、僅かな沈黙の後、また3回。


それを聞いた瞬間、金本が横っ飛びに跳ぶ。


唐突な行動に男の顔が不可解を浮かべる。

が、次の瞬間にはその顔面を3発の銃弾が貫き、男の命を刈り取っていた。


即席のモールス符号で表現したS.Sの二文字。


チーム内で決めた、「狙撃、(スナイプ)準備完了( スタンバイ)」という合図だった。


分かりやすく言い換えれば、「射線の邪魔、どけ」となる。


背後を見上げる。


灯りの影になって確認は出来ないが、方向からすると8階層の屋上デッキに頭だけ出して周囲を警戒する城山の姿があるはずだ。



と、急激な違和感が金本を襲う。


何かが、いる。


船橋(ブリッジ)のその向こう、暗く塗りつぶされたような闇の中に、金本の目が微かな輪郭を捉えた。


無人偵察機(ドローン)!?


さっきの視線の正体はこれか!


気付かなかった。飛行音が全くと言っていいほど無い。


だとしたら軍の実験機レベルだぞ!?


…いや、それは今考えることじゃあない。


船体後方から再び聞こえてきた戦闘音に、我に返る。


考えるのは後回し、仕事が終わってからだ。


交戦しているのは岩戸だろうが、音が止まないということは敵がそれなりの手練れか、数が多いかどちらかだ。


戦闘が起きている船尾デッキは一つ下の4階層。


階段を駆け下ると、目の前では激しい銃撃戦が展開されていた。


片方は船内に通じるドアの中から、他方はデッキの構造物の影から盛んに撃ち合っている。


デッキに居るのは、体格のいい大男だ。


しかし岩戸では無い。


プレートキャリアを装備しているのは同様だが、その下はE M R(デジタルフローラ)系の戦闘服を身に着けている。


そして使用している銃器、『グローザ』OTs-14。


ロシア製の後方機関(ブルパップ)式ライフル。


連邦特殊部隊(スペツナズ)のために開発され、AKの堅牢さと威力はそのままに取り回しを向上させた自動小銃で、ご丁寧にサプレッサーと光学照準も装備している。


コイツが真打(プロ)だ。


直感的に判断し、狙いを定める。


と、僅かに早く配置についた城山の銃弾が、上空から襲い掛かった。


瞬間、男が身を翻す。


外した!? アイツの奇襲を!!?


男はそのまま、船外に身を躍らせる。


手摺りを乗り越える寸前、照明に照らされスラブ系の顔立ちと、白い頬に走った裂傷が露わになった。


男の姿が消えると、下で待機していたボートが甲高いエンジン音と波をかき分ける音を立てながら走り出す。


縁に駈け寄り遠ざかるボートに数発撃つが、闇に紛れてすぐに見えなくなった。



「本丸は逃がしたか」

「……ああ」


撃ち合っていたドアから出てきた岩戸が、ボートが消えていった方を見て目を細める。


あのグローザ、只者じゃない。


岩戸と渡り合う戦闘力、狙撃を察知する直感力、引き際を見定める経験値。


どれを見ても相当な腕だ。


それにさっきのドローン。


かなりヤリ手の機械担当(メカニック)がいる。


奴らは一体何者だったんだ?


今となっては、真実は文字通り闇の中。


諦めて振り返ると、丁度牧村と城山もデッキに出てきたところだった。


「あの子は?」

「大丈夫。止血はしたし、傷もそこまで深くなかった。命には関わらないよ」

「そうか、…良かった」


牧村の言葉に、僅かに緊張が緩んだ。


「それより僕らも急がないと、もうそんなに時間が無い」


腕時計を覗くと、既に深夜1時半を回っている。


海軍の部隊が2時に乗員を救助する手はずになっているから、確かにゆっくりもしていられない。


それにしても、テロリストを蹴散らし人質を助けようと乗り込んできた彼らは、敵が独りでに全滅した現状を見て首を傾げることになるだろう。


彼らの仕事は()()()()船内の後片付けなのだが、それを正直に教えるほど上層部は良心的ではない。


「まあ何はともあれ、任務(ミッション・)完了(コンプリート)って訳やな!」

「家に帰るまでが遠足ですって、先生に教わらなかった?」


満足気に伸びをする金本に、牧村がチクリと釘をさす。


「いや、そんなの聞いてる訳ないじゃん。先生の話とか5秒で寝るぜ? コイツの場合」

「カッチーン、ちょっと何その言い草? 本日の戦犯くんが随分偉そうですこと」

「あ? 何の話だよ」

「さっきの何や? 最後のヘロヘロ狙撃。あっさり躱されてやんの。屋上からどんくらい? 30メートル? サバゲーマーに転職したほうがよかない?」

「おいおい、その直前に助けてやった恩をもう忘れたか? 流石は1ビット脳だな」

「いやいや、それは今関係無いやん。当たらない狙撃手とかアレやで、最早タルタルソースの無い白身魚フライ」

「おいてめぇ! 白身フライはソースでも旨いだろうがよ!!」


ガヤガヤと騒ぎながら、船の命運を救った名も無き英雄たちもまた、暗い海の闇へと消えていった。




結局、事件は表向きには政府が犯人たちと交渉し、日本らしく()()()に解決したという設定でごく小さく事後報道された。


現場を目撃した乗員たちには、彼らは交渉のため政府が雇った民間軍事会社職員(P M C O)だったということで押し通し、一応の終息を見る。


………はずだった。


事態が急変したのは1週間後。


ある新聞社が、事件の解決のため政府が隠し持っていた極秘部隊が投入され、テロリストたちを殲滅した、と写真付きで大々的に書き立てたのだ。


記事の内容は、偶然乗客としてあの現場に居合わせた記者が憶測と妄想で話を脹らませたもので、それ自体はさほど問題視されなかったが、写真がまずかった。


火消しのため直ぐに工作員が派遣されたが、間の悪いことにその記者こそが例の”ラビット”。


という当事者たちからしたら全く笑えないオチにより状況は更に悪化。


当初は情報の真偽を疑い大人しくしていた他のメディアも、記事の出元で不審な動きがあった、という餌に食らいつき、一斉に関係者に集り始める。


一方、火事の中心となった部隊はというと、軍上層部が露見を恐れて早々に解散。


元々僅かだった記録やデータもそのほとんどがシュレッダーにかけられるか消去され、真相は日本という国の暗い暗い泥沼の底へと沈んでいった。



それから一年。


かつて話題となり、今では都市伝説として語られるようになった、戦士たちの話。


日本という国の日常を守り、平和を維持するため、日夜水面下で敵を狩り続ける秘密の守護者。


人々は彼らをこう呼んだ。


『アサシンダガー』、と。





--------------------------------- 序章『Parabellum』 終ワリ






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