7.船上の戦い
乗客が囚われている7階層に続く経路は三つ。
一つは船体中央の乗客用エレベーター、もう一つは前方のやはり乗客用階段。
そして最後の一つ、金本たちが選択したのは後部の職員用階段だった。
STAFF ONLYと書かれた鉄の扉を開けると、モダンで高級感漂う客用の内装とは対照的に、寒々しい鉄製の階段が現れる。
気配を感じて見張りが振り向いた。
手にはライフル。
反射的に拳銃を向ける。
二点速射。
通常弾より対人制圧力に優れたホローポイント弾の連撃を受け、男が倒れる。
それを跨いで踏み越えると、後ろで牧村が止めを撃ち込んだ音が聞こえた。
そのまま目的地まで一気に上がる。
「突入用意」
「了」
牧村が閃光手榴弾を取り出す。
扉に取り付くとノブを捻って開錠を確認し、静かに押し開けた。
隙間から牧村が閃光手榴弾を投げ込む。
僅かの後、炸裂。
その瞬間は扉に背を向けていたが、ドアの隙間から漏れ出る光と爆音が金本の目耳にも届く。
直後、身を翻し突入。
中に入ると小洒落たデザインの室内に、木製の机と椅子が無造作に積まれているのが目に入った。
7階層は階層全体が展望席兼レストランであり、緊急脱出用の救命ボートが積載された位置でやや括れ、中央部分を基点に前後ひょうたん型になっている。
どうやら乗員は前方に集められているようで、邪魔になった家具をこちらに運んだのだろう。
これで障壁のつもりか。
金本が右、牧村が左半分を担当する形で前に進んでいく。
サプレッサーにより抑さえられた銃声が連なり、閃光で五感を奪われしゃがみ込んでいた男たちが次々と絶命した。
これで11人。
積み上げられた家具を乗り越え、なお速度は緩めず前進。
中央の括れ部分に差し掛かる。
グレネードの効果も向こう側にはさして及んでいないだろう。
ここからが本番だ。
エレベーターの左右を通る通路で二手に分かれる。
と、向こう側からも男が通路に入ってきた。
恐らく戦闘音を聞きつけて加勢に来たのだろう。
出会い頭に銃剣を突き刺し、そのまま引き金を引く。
通路を抜けると同時、力の抜けた男を振り落とし、広場に視線を飛ばす。
外とコンタクトを取れないよう部屋の中央に集められた乗員たちと、彼らを囲み見張っている3人の武装した男。
時間は深夜だが、テロリストに囚われた恐怖からか、それとも今しがたの銃撃で起きたのか、乗客の大半がポカンとした表情で突然殴り込んできた二人を見る。
驚いたのはテロリストたちもだったようだ。
流石に数秒の間に制圧されるとは思ってもいなかったのか、棒立ちで倒れる仲間を見ている。
金本より一息早く入った牧村がそのうちの一人に照準を合わせ、発砲。
ライフルから放たれた.22口径、直径5.56㎜の高速弾が防弾装備を突き破り、その下の肉を抉る。
掠れた発砲音を聞きながら、それとは反対側の壁際に立っている男に向け、引き金を引く。
銃声、男が倒れる鈍い音、乗客の悲鳴。
蜂の巣をつついたような騒ぎで正気に戻ったのか、残った男が近くに座っている女性に手を伸ばした。
させるかよ。
金本と牧村の射線が交差する。
二方向から計5発の銃弾を浴び、伸ばした手は終ぞ女性に触れることは無く、床を叩いた。
制圧完了。
広場を見渡し、他に敵影が無いことを確認する。
しかし、まだ銃は降ろさない。
ほとんどの乗客は何が起こったか分からず怯えていたが、何人かは助けが来たと安堵の表情を浮かべている。
二人はこの中に内通者がいると考えていた。
「あ、あのぅ」
一人の乗務員服を着た男が手を挙げながら立ち上がろうとした。
二人は即座に銃口を向ける。
「ひっ」
男の喉からか細い悲鳴が漏れ、僅かに後ずさった。
「Sit down!」
牧村が銃を向けたまま指示する。
「Sit down! If not, shoot!!」
日本の部隊が公表も無しに本国から9000キロ以上も離れた場所にいるというのは、色々と都合が悪い。
二人がバラクラバで顔を覆っているのもその為だ。
言語能力は牧村の方がはるかに長けているため説得は彼に任せ、金本は照準を合わせたまま、ゆっくりと男に近づいていく。
男はいきなり銃を向けられパニックに陥っているようだったが、隣にいた老人に宥められ腰を下ろす。
その瞬間、彼の目が据わったのを金本は見逃さなかった。
男が老人の腕を掴みながら、逆の手を後ろに回す。
それより一瞬早く、金本は駆け出していた。
この位置だと老人が邪魔になり射線が通せない。銃剣も同じく。
即座に判断し、ライフルを手放す。
男と老人の間に割り込むようにして無理矢理体を入れると、男の右腕を切り裂く。
悲鳴を上げ、拳銃を取り落とす男の腹を間髪入れずめった刺しにする。
膝をついた男の喉を貫き止めを刺すまで、およそ3秒弱。
倒れた男を中心に、床に血だまりが広がった。
(ふう)
と、息を吐いたのも束の間、今度は前方の乗客用階段の方が騒がしくなってきた。
慌ただしく走る足音、何事か怒鳴り合う声、ガチャガチャと触れ合う金属音。
金本は心の中で舌打ちをした。
音から察するにどう見ても一人二人じゃない。
内通者の乗務員を除いても、これまで仕留めたのは15人。
操縦室や機関部がある下部層の見張りを2、3人しか置かないというのは考えられないため、どう見積もっても想定の20人よりかなり多い。
ライフルを拾い上げ弾倉を新しいものに交換すると、階段に向け急ぐ。
滅多なことでは外さない自分たちはともかく、これだけ人がいる状況で敵に撃たせたくはない。
上ってきた男が顔を出した途端に撃ち始め、そのまま頭を上げる間を与えないよう弾を送り込み続ける。
「弾切れ!!」
牧村の残弾が尽きた、こっちの弾倉ももう心許ない。
ほらなチキショウ!
全弾を撃ち切りボルトが最後部で停止したライフルを抱えたまま、左手で拳銃を撃ちながら接近する。
と、痺れを切らしたテロリストたちも階段から飛び出してきた。
手応え的に二人は仕留めてるはず。
1、2… げっ、まだ3人も居るのかよ!?
一人には拳銃の残弾を撃ち込み、もう一人には肩口に銃剣を突き立て無力化するが、間に合わない。
最後尾の男がAKを構えるのと、リロードを終えた牧村がHK416を構えるのが同時だった。
「このっ!!」
一か八か、跳躍しながらナイフを抜く。
男が引き金を引く寸前、伸ばした切っ先がAKの銃身を叩いた。
狙いが狂った銃身から放たれた7.62×39mm弾が、盛大に窓ガラスを撃ち割る。
直後、男の胸に牧村の銃弾が突き刺さり、仰け反るようにして倒れた。