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6.暗海の襲撃者





AM 0:25 ソマリア沖、公海上



何も見えない、まさに漆黒。


暦上は丁度満月と半月の中程の月が出ているはずだが、空は雲に覆われており、その光は海上(ここ)までは届かない。


しかしこの生憎の空模様も、()()()達にとっては有利に働く。


高速で回転する翼が空気を打つ音を響かせながら、海の上空を滑るように飛ぶ影。


戦場に向け闇を駆る軍用多目的ヘリ(ブラックホーク)に揺られながら、彼らはその時を待っていた。



「こちらシャドウハイカー、後5分で作戦海域に到達する。繰り返す、作戦開始まで後5分」


いよいよだ。


各員が降下に向け、最終チェックに入る。


「こちら管制。ブラックドッグ、聞こえるか? 送れ」


とその時、片耳タイプのヘッドセットから上司の低い声が聞こえた。


「こちらシェパード、感度良好」


チームリーダーである牧村が代表して無線を返す。


「異常はないか?」

「順調に作戦海域に向け移動中、5分後に行動を開始する」

「何すか一佐。作戦前に無線なんて珍しいやないっスか。ワイらのことが心配になっちゃいました~?」

「必要無い。他のチームならともかく、貴様らは別だ」


金本の悪ふざけに、新渡戸は冷静に答えた。



当事者である彼らでも誰が何人所属しているかも分からない組織である為、その文字が単なる号数なのか、それとも何かの略字なのかすら定かでは無かったが、しかしこの部隊(D A T)内においてその名は大きな意味を持つ。


メンバーそれぞれが高い直接戦闘能力を有し、他はともかくこと武力制圧に関しては、恐らく国防軍中最も長けた者たち。


それが彼ら、”B”の一文字を与えられた四人の戦士たちの立ち位置だった。


「心配などはしていない。だが、今回はVIP案件だ。少し発破を掛けてやろうと思ってな」


無線から聞こえる声に、戦士たちは静かに耳を傾ける。


「私は全てを救出しろ、一人も死なせるなと言ったが、それには無論貴様ら四人も含まれる。

…何しろ貴様らには、他にもやってもらわねばならん仕事が山ほどあるのだからな」

「へっ、誰に言ってんだタコ」


呟いた金本の脛を3方向からの蹴りが襲う。


騒がしくなった無線の向こうに、僅かに口角を上げて新渡戸は続ける。


「とにかく、全員無事帰還しろ。今回の作戦で、儀勢は許容されないということを肝に銘じておけ」


「降下1分前!」


操縦士の声が響く。


「さあ、行って来い凶犬(ブラックドッグ)ども。狩りの時間だ!」




暗い海にポツリと浮かぶ客船。


と言ってもテロリスト達を刺激しないよう少し離れた海上には、この船を護衛していた国防海軍の艦船がこちらを窺っているのだが。


上層部がマスコミに圧力を掛けている為、占拠からじき20時間が経とうとしている現在まで事件は公にされておらず、この海域への民間機、船舶の侵入は封鎖されている。


まあもっとも、ここは公海上。


そして至近の陸地はホットな内紛地域とくれば、安全に離着陸出来る場所からここまでの距離を往復できる機体を保有している組織など、非常に限られているのだが。


そう言った事情から、報道されればトップニュース間違いなしの事件の現場は、波と風の音しか聞こえないほど静まり返っていた。



と、船の縁から、何かが甲板(デッキ)を覗き込む。


サッと目線を飛ばし、デッキに誰もいないことを確認すると、ひらりと軽い身のこなしで音も無く船に乗り込んだ。


それは人間だった。


黒いダイビングスーツに身を包み、顔は目出し帽(バラクラバ)で隠し、唯一開いている目の部分からは筒状の眼鏡、ヘルメットに懸架した暗視装置(ナイトヴィジョン)だが、それが覗いている。


もっと言えば、彼は3キロほど離れた地点からシーボブと呼ばれる器具で海中を進んできた、金本だった。



敵影無し(クリア)


素早くあたりを見渡し安全を確認すると、念のため抜いておいたナイフを鞘に納めながら合図する。


程なくして、海から同じように黒ずくめの牧村が上がってきた。


「想定より光量があるな」


呟きながらナイトヴィジョンを上げる牧村の横で素早くスーツを脱ぐ。

と、中から完全装備の戦士が姿を現した。


プレートキャリアには予備弾倉やナイフが括りつけられ、ドイツ製の自動式小銃(アサルトライフル)『HK416』を背負っている。


二人とも室内での取り回しを考慮し11インチの短い銃身を持つコンパクトモデル、更に金本の個体には先端に銃剣が装着されている。


と言っても、大型のバヨネットナイフを第三社(サードパーティー)製のアダプターで銃身下部のレールに無理矢理固定しているようだったが。


先頭部分から乗り込んだのは金本と牧村の二人だけ。


城山と岩戸は船尾のデッキから潜入し、下層階の機関部と操舵室を押さえる手はずになっていた。


事の露見を防ぐため、作戦海域では無線封鎖を指示されている。


故に彼らの状況を知ることは出来ないが、今まで任務を共にしてきた信頼からその必要もないと認識している。


(行くぞ)

(ああ)


目だけで合図を交わし、二人は行動を始めた。



欠伸をしながら暗い海を眺める男。


肌の色からして現地民なのだろう。


船体側部のデッキに立つ歩哨に、物陰から音も無く飛び出した影が襲い掛かった。


左手で口を塞ぎ、相手と密着するように体を寄せながら、その重さを乗せるようにして右肘上部を斬りつける。


上腕三頭筋を断たれた男がライフルを取り落とすより早く、返す刃で首筋、丁度耳の後ろ辺りに突き込んだ。


突き刺したナイフが神経を損傷し、男の体から力が抜ける。


これで三人目。


念のため捻ってから抜くと、頸動脈が傷付きどくどくと鮮血があふれ出した。


そのままゆっくりと、慎重に男の身体を壁に立てかけ、

血に濡れた得物、刺突に適した形状の両刃(ダガー)ナイフを男の服で拭いながら、死体を調べる。


やはり、おかしい。


ここに来るまで、既に二人の歩哨を似たような手法で仕留めていたが、その時から金本は違和感を感じていた。


「なあ、どう思う?」


後ろに控えていた牧村から預けていた銃を受け取り、同時に尋ねる。


「コイツも無線持ってねえのよ」

「マジで?」


何せ海軍の護衛を突破し、百人以上の人間が乗る客船をいとも簡単に制圧して見せた連中だ。


それなりの装備と練度を積んだ本職(プロ)の仕業だろうと、彼らは推測していた。


それがどうだ。


蓋を開けて見れば情報部の想定通り、地元の海賊としか思えないような人手。


一丁前に銃とボディアーマーを装備しているが、逆に言えばそれだけだ。


武器を持った素人。


同じ素人からしたら脅威だろうが、高度に訓練された狩人である彼らにとっては、囲まれでもしない限りどうということはない。


だからこそ、彼らがこの大事をやってのけたというのが、にわかには信じ難かった。


乗員の中に相当デキる内通者がいたのか、それとも………



「!?」


突然、金本の背中を悪寒が走る。


誰かに見られているような感覚。


しかし振り向いてもそこには暗い海しかない。


……気のせいか?


「どうした?」

「…いや、何でもない」


外の雑兵はあらかた片付けた。


ここからは船内に入る。


ドアの左右に張り付き、ノブに触れる。


施錠無し。


壁に耳を当て、中の音を聞いていた牧村が頷く。


そっと薄くドアを開け、中を確認。


「クリア」


中に滑り込み、通路の先に銃口を向けて進んでいく。


任務は乗員の保護だが、それは同時にテロリストを全員無力化するか、若しくは船外に追い出すことを意味していた。


こちらの潜入がバレない内に、出来るだけ敵を減らしてしまいたい。


金本たちが乗船したデッキは5階の客室層に繋がっており、今進んでいる通路を抜けると、左右にドアが並ぶホテルの客室廊下の様なメインストリートが船体を縦に貫く形になっている。


もし無防備にも一人で立っている見張りが居れば、倒していこう。


そう思っていた矢先。



「!」


開いた左手を後ろに向け、牧村に止まるよう指示する。


耳を澄ますと、目の前の曲がり角の向こう、メインストリートの方から数人の話し声と足音が聞こえてきた。


素早く角まで移動し、体を壁に着けたままチラと様子を窺う。


(敵数4、俺が行く。カバーを)

(了解)


声は出さず、アイコンタクトとハンドサインだけで意思疎通し、ライフルを構え直した。


一拍置いて、角から飛び出す。


ライフルは腰だめ、火器というより槍のように構え、疾走する。


話しながら歩いてきた海賊たちが金本に気付いたのは、もうかなり接近してからだった。


慌てた男が銃を構える間もなく、走った勢いのまま銃剣を突き出し、体ごと突っ込む。


先頭を歩いていた男が腹部に深々と銃剣が突き刺さった状態で吹き飛んでいった。


対して金本はくるりと受け身を取り、即座に体勢を立て直す。


突進の衝撃でライフルは手から離れていたが、プレートキャリアの左肩部分に固定した鞘、そこに収まる刃渡り20センチほどもある大型のコンバットダガーに手をかける。


ここまで見張りの排除に使用してきたものだ。


突然の事態に困惑しながらも、ライフルを構えようとする男。


「シッ」


金本はダガーを抜くと同時に間合いを詰め、その男の手首、内肘、肩口と右腕内側を3回斬り、刃を水平にして肋骨の隙間から肺に深くねじ込む。


ダガーを抜きながら、致命傷を負った男を残った敵に向けて蹴倒した。


左もものホルスターから拳銃を抜き、蹴倒した怪我人諸共撃つ。


弾倉の半分、9mm弾を8発も撃ち込むと、二人とも動かなくなった。


これで六人。


振り返ると、残る一人が牧村の銃撃によって事切れていた。


少し離れたところに倒れた男から銃剣を引き抜き、念のため頭を一発撃って止めを刺しておく。


「コイツら、ただの見回りだよな?」

「多分、…だといいね」


船内に侵入した途端の接敵、それも4人グループ。


情報部の見立てではテログループは20人前後のはずだから、全数の五分の一という大盤振る舞いである。


下層からもまだそれらしい騒ぎは聞こえてこない。


歩哨の交代という可能性もなくはないが、この時間に、たまたま彼らがここを通る。


そんな偶然が果たしてあるだろうか?


嫌な予感がする。



とは言え、今の戦闘音でバレないということはまず無いだろう。


であればどちらにしろ乗員の安全確保が先決だ。


人質を取られれば、いくら国防軍虎の子の極秘部隊と言えど、いつものようには動けなくなる。


手近な客室を覗く限り、やはり乗員は一か所に集められているとみて間違いなさそうだ。


残弾が半数を切った拳銃の弾倉を入れ替えながら、牧村と目を合わせ、どちらともなく頷く。


「やるか」

「だね」



目指すは7階。


勝負はここからだ。






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