4.直接行動班
もうしばらく、過去編のプロローグ続きます。
二日後。
「おーい、城ヤーン!」
車を降りた途端聞こえた騒がしい声に、城山はため息をついた。
「オッスオッス~」
顔の前で手刀を切るような謎の会釈をしながら、ニワトリか烏骨鶏のようにヒョコヒョコ近づいてくる金本に手を上げて応じると、何を思ったか、バッチーン、と駐車場に音が響き渡るほどの勢いでハイタッチしてきた。
ヒリヒリと痛む手を抑えながら金本を睨むと、相当痛かったのか目に涙を浮かべながら掌にフーフーと息を吹きかけている。
あまりに情けない姿に文句を言う気も失せ、金本を置いて目的の建物に向かって歩き始める。
「おー、イテテ。 あっ、ちょっ、待ってや城ヤーン」
首都中心部から2時間弱。
東京西部の山奥にひっそりと佇む建物。
表向きは国防軍の演習場として登記されているが、その存在を知る者は一般の隊員にはいない。
現在は国防軍情報部が管理している、彼らの職場である。
任務明け、共に休暇を取っていた二人が何故ここに出向いているのかと言えば、それは1時間ほど前に突然鳴り響いた携帯電話の着信音に端を発する。
………まあ要するに、トラブル発生、である。
入口で認識票と共に支給されているIDをスキャンし、その後網膜スキャン、警備員との対面認証を経て建物に入る。
「毎度毎度マジめんどいんやけど、次から顔パスにしてくれへん?」
と警備員にダル絡みし始めた金本を引きずって2階のオフィスに向かう。
ドアを開け、整頓されている、とはお世辞にも言えない室内に足を踏み入れると、先に来ていた同僚と目が合った。
さて、新キャラクター登場の前に、一話でも少し触れた彼らの所属部隊、情報部直接行動班、通称『DAT』について今一度説明しておこう。
情報機関の工作員と言うのは、大まかに分けて二種類に分類される。
即ち、諜報員と暗殺者である。
基本的にはこの二側面、どちら側に寄るかという話だ。
諜報員と言うのは、一般に情報、特に人的情報を合法、必要によっては非合法的な手段で収集し、分析官へ提供する役割の要員。
城山らが実行するような特殊作戦も、彼らが入手した情報の恩恵を大いに受けている。
そして、もう一方。
DATはこちら側に、それも極端に偏った部隊だった。
あくまでも自衛のための力として、憲法によってその行動、特に海外での活動を著しく制限されている国防軍。
しかし、だからといってこの国を狙う脅威が無くなったわけではない。
過激な宗教に傾倒したテロリスト、それらを相手にビジネスを展開する武器商人、各国から送り込まれる工作員、等々。
それらに対抗するため、政府の対外情報機関である軍情報部隷下に設置された非正規戦部隊。
集められたのは陸軍特殊作戦群や海軍特別警備隊を始めとする特殊部隊員だけでなく、
狙撃、爆破、情報処理、など各分野で卓越した技能を持ち、適正有りと判断された特異な隊員たち。
故にその構成員は全員が何かしらの特殊能力を持つ達人であり、その性格上、
例えば国益に明確な不利をもたらすが、社会的立場や諸外国との関係上手が出せない人物を無関係を装って殺害する、
と言った任務との相性が非常に良かったため、次第に極秘暗殺部隊として重用されるようになっていった。
正式に実戦配備されてから現在まで、4年の活動期間の間に落とした高価値目標の首は数知れず、今や政府にとって欠かせない外交手段の一つとなっている。
同時に、彼らは上層部の人間にとって、これ以上無いほど使い勝手のいい駒でもあった。
話をオフィスに戻そう。
「戻ったんだね。二人とも」
「一昨日な」
散らかり放題の部屋に似合わない、キチンと整えられた髪、服装、そして爽やかな笑顔。
床に散らばった書類を拾いながら振り向いた同僚に、城山は声を掛けた。
「片付けか、牧村」
「ああ。こっちの机から書類が落ちたみたいで、床が大変なことになってたからさ。ちょっとね」
「あ、じゃあ俺のデスクだ。わりい、手伝うよ」
「じゃあ、城山はここお願い。僕はそっちの方をやるよ」
ああ、会話がスムーズだ。
そんな当たり前のことにホッとしてしまうのは、しばらく人類のバグとばかり話をしていたせいだろう。
「……どうかした?」
感動に打ち震える城山を見て、牧村が怪訝な顔をする。
「いや、……ちゃんと話が通じるって、いいな」
「………大変、だったみたいだね」
何かを察したような表情で苦笑する牧村。
と、そこに例のバグが顔を出した。
「お、牧ちゃんやーん。イエーイ!」
部屋に飛び込むなり、右手を掲げ牧村に駆け寄る金本。
コイツの辞書には反省などと言う文字は無いのだろう、と城山が呆れていると、ハイタッチの直前、牧村がサッと身を引いた。
勢いを受け止める壁を失った金本は、右手をフルスイングした体勢のまま、壁際の書棚に突っ込んでいく。
ゴンッ、と言う鈍い音を立て棚の角と額が正面衝突し、崩れ落ちる金本、その上に書籍の雨が降り注ぐ。
「はい。そこ金本の担当ね」
まるで未来を知っていたかのような鮮やかな去なしに、城山は開いた口が塞がらない。
コイツ、完全に金本の行動を読んでやがる!?
「うぐぐ、裏切ったな牧ちゃん。ワイらバディなのに!! 信頼関係に深刻なダメージ入ったで、今の!」
ガバッと身を起こし叫ぶ金本。
そう、城山×金本と言うのは任務の都合により急遽編成した臨時のチームであり、彼の言う通りこちらが正バディである。
と言ってもこの部隊の性質上、そう言った固定事項が作戦内容によって曲げられることは多々あったが。
「ダイジョブでしょ。無いものは壊せないから」
「あ! ちょっと今シレッと酷いこと言わなかった? あーあ、ワイ傷ついたわ。見て、このたん瘤」
「うんうん、確かにちょっと膨らんでるね。直してあげようか?」
「そっか! 牧ちゃん元衛生兵やもんな。ところで、手に持ってるその分厚い本は何に使うん?」
「これ? 叩いたらへっこむかと思って」
「怖っ!? やめて! そんなことしたらワイの凛々しいフェイスが潰れてお地蔵さんみたいになってまうわ」
「あ、平たい顔してる自覚あったんだ。叩いたら凹凸はっきりするかもよ」
「待って! 本振りかぶらんといて! 分かった、治療はもういいから!!」
「じゃあ、片付けしようか?」
「…はい」
何と言う事でしょう。
あの身勝手の化身のような男が完全に主導権を奪われただけでなく、すごすごと片付けまで始めてしまったではありませんか。
流石はバディ、相方の扱いには慣れているという事か。
自分の時との差に呆然とする城山を他所に、本を棚に積み直しながら金本が聞いた。
「ってか、そういやワイらなんで呼ばれたん? 寝起きだったからよく聞いてなかったんよねえ」
ダウト。
お前は大体いつも話を聞いてない。
「ああそれは」
親切にも牧村が答えようとした時、ガチャリとドアが開き、男が顔を出した。
三人とも精鋭歩兵と言う職業柄、それなり以上に鍛え上げられた体形をしていたが、その事実が霞むほど、その男は体格に恵まれていた。
とにかくデカい。
190センチほどだろうが、圧倒的に筋肉質で大柄な体が、対峙するものに身長以上の存在感を感じさせている。
それでいてボディビルダーのような作られたシルエットではなく、恐らく骨格に起因する体型なのだろう。
無駄に肥大せず引き締まった筋肉が、彼が他のメンバーと同種の、『戦士』であることを示していた。
彼の顔を見た牧村が言葉を止める。
「どうやら、僕が説明してる時間は無さそうだね」
部屋の中の三人を見回し、四人目のDAT作戦要員、岩戸が口を開く。
「ミーティングルームに来い」
「一佐が呼んでる」