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3.正常





ぼんやりと窓から景色(そら)を眺める。


と言っても、時間が時間だけに外は暗く、目に入るのは上空に瞬いている星くらいだったが。


予定通りなら、現在はヒマラヤ山脈上空10000メートルを飛行中のはずだ。



城山金本バディは離脱後、中東を訪問中だった外相一行と(こっそり)合流し、帰りの政府専用機に何食わぬ顔で乗り込んでいた。


訪問団にも軍情報部の諜報員が紛れ込んでいるため、合流後は誰に咎められることも無く、同行者の一員であるかのようなふりをしてやり過ごした。


隣では金本が椅子のリクライニングを最大にして眠りこけている。


城山は窓の外を見ながら、今回の任務について思い出していた。


射撃の前、あの豪邸を眺めながら考えていたことの続きだ。



彼が自分の仕事に疑問を持ち始めたのは最近のことだった。


と言っても、部隊の中では彼はまだ新顔な方、

その天才的な狙撃の腕前を見込まれこの世界に引き抜かれ、過酷な訓練の数々を潜り抜け、正式に特殊部隊の一員になったのが丁度、半年ほど前のことだ。


初めて人を撃ったのもその頃。


訓練通り、落ち着いて引き金を引くと、スコープの中で男が倒れた。


人の命はもっと重いものだと思っていたが、銃の反動(リコイル)しか感じなかった。


なんだ、と思った。想像よりずっと簡単だ。


それからは早かった。


凄まじい頻度の任務。


その為の訓練や研修。


彼の生活が、日常が、まるで今まで均衡を保っていた天秤の片側に重りを乗せたかのように、殺すことに傾いていった。


同僚が言うには、ここ一年は特に異常だったらしい。


彼が暗殺者としての仕事に慣れるまで、時間はかからなかった。


しかし、後悔はしなかった。


誰かの日常を守るために、殺す。


何もせず綺麗事をほざいているだけの偽善者とは違う、自分は自らの手を汚してまで正義を成しているのだ、という充実感があった。


そんな自分を誇らしいと思った。



それから7ヵ月。


色々なものを見た。


機密を知ってしまったがために殺された記者の一家、見せしめに引き回され処刑された協力者の男、遠い国に()()されていく子供たち。


敵を殺すことは何ともなかったが、罪の無い人々が理不尽に痛めつけられ、殺される様を見るのは辛かった。


だから殺した。


自分の仕事が、彼らのような人々を救うのだと信じて______



ある時、スコープ越しに敵が小銃を持って走ってくるのを見つけた。


敵は年端も行かない少年だった。




「………向いてねえのかなあ」

「なんや急に」


誰にともなく呟いた独り言に想定外の反応があり、城山はビクリと振り向いた。


寝ていると思っていた金本が薄目を開けてこちらを見ている。


「突然喋んなや、ビックリしたやんけ」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」


寝起きだからなのか、いつもはキンキンと耳に響く声に覇気が無い。


「で、何が向いてないんや?」


よりによって一番話が通じない奴に聞かれちまった。


話題を流せなかったことに、城山は心の中で舌打ちをした。


「……なんでもねえよ」

「任務のことやろ、ちゃう?」


なぜこの男はこういう妙なところだけ鋭いのか。


「だったらなんだよ」

「臨時とは言えバディやんか。狙撃手のフォローもワイの仕事なんやろ」

「…………」

「話す気が無いならええわ。ワイが勝手に喋る」


ふあ~あ、と目尻に涙を浮かべながら、金本がのそりと身を起こした。


「今回の任務は要はバイオテロを未遂した黒幕の粛清。同時に、以後類似の事件を抑制するための見せしめでもある。先ずこの理解でオッケイ?」


軽薄を具現化したような言動に反し、的確に要点を捉えた説明である。


伊達にキャリアを積んでいる訳ではないという事か。


沈黙を肯定と解釈して金本が続ける。


「だったら簡単やん。 ワイらは力を合わせて悪党を成敗しました。めでたしめでたし、ってな。

ワイらの仕事の中じゃ、結構マイルドな部類やんか。 城ヤンだってやったことないわけじゃ無いやん。もっと黒い仕事」

「……何言ったって、殺しは殺しだろ」


気付くと、自嘲気味に口元を歪めながら、言葉を返していた。


「俺たちがやってることも、あの男がやったことも。自分の都合で人の命を好き勝手してんだ。大差ねえだろ」

「いや、ちゃうで」

「どこが?」

「年収」


何を言ってるんだコイツは。


思わず金本の方を見る。


「ワイは人並みの幸福を得るために人を殺すことを悪いとは思わへん。そんなん野生動物なら普通にやってることや。

せやけど、アイツはやり過ぎた。だから死んだ。それが自然の摂理ってやつやろ?」

「それ、ブーメランだろ」

「んー…… ああ、そか。せやな。その理屈で言うと、ワイらもアイツと大差ねえわな」


自分でも何言いたいんだか分かんなくなってきたわ、そう言ってケラケラと笑う金本を尻目に、投げやりにシートに体を沈めた。



自分は何を期待していたのか。


この男に、なんと言って欲しかったのだろう。


俺は、一体どうしたいのだろう。


分からない。


分からないことだらけだ、俺は。


「でもな、それでもワイは、間違ってるとは思わへんのや」

「やってることが、犯罪者と変わらなくてもか」


「………やめた方がええんちゃう? この仕事」


は?


コイツは今、なんて言った?


耳を疑う言葉に、ガバリと身を起こす。


「どしたん? そない驚いた顔して」

「…………へっ、そうだよな。 こんなことで日和ってるようなやつ、任務の邪魔だよな」

「いや、……俺はマジで言ってる」


突然変わった口調に顔を上げる。


と同時に、今まで自分がこの男の顔を一度も見ずに話していたことに気が付いた。


目の前にはいつものヘラヘラとした笑みは無く、どちらかと言うと作戦中のものに近い表情をしていた。


「お前は、俺たちの仕事に疑問を持ってる訳だ。自分がやってることは、間違ってるんじゃねえかってな」

「………悪かったな」

「悪くなんてねえさ。一っっつも悪くねえ」


驚いた。


自分の考えを肯定されたことに。


あんなテンションで任務に臨める男だ。


自分の苦悩など理解されるはずもないと、決めつけていた。



いや、或いは、否定してほしかったのかもしれない。


そんなことで悩んでいるのかと、笑い飛ばされれば、そういうものなのだと諦められる。


心のどこかで、そんな風に考えていたのではないか。


「俺たちがやってることがただの人殺しだって?当り前だろ。それが俺たちの仕事だぜ? 俺たちは正義のヒーローじゃない。職業軍人なんだ。

だがな、……それを異常だと、そう思えるお前の頭は間違いなく、正常だよ」

「でも、………俺は引き金を引いちまった。もう殺してんだ。たった7ヵ月で、19人。許される数字じゃない」

「許される、って?誰に?」

「いや……」

「誰も俺らを許しちゃくれねえさ。でも責めてもいねえぜ? なんせ俺らのことを知ってる人間は、それを指示した奴らばっかりだからな。 罰は当たるかも知れねえけど、そんなもんはなってみなきゃあ分からねえ。

責めてるとしたら、それはお前自身さ。 喜べよ。お前はまだ、自分の心までは殺しちゃいなかったらしいぜ?」


知らず知らずのうちに、話に引き込まれている自分がいた。


「でも、仕事なんだ。 ……自分だけ逃げ出すなんて、俺には出来ねえ」

「逃げる? 結構じゃねえか。 旧日本軍が使った言葉に、「転進」ってのがある。……まあ、あの場合は使い方間違ってたけどな。

撤退だって、立派な戦術だ。 経過はどうあれ、最後に笑った奴が揺るがねえ勝者なんだからな」

「でも、」

「でもでもでもでも、うるせえなあ。 適材適所っていうだろ? 前線で撃ち合うだけが戦いじゃねえ。

大体、そんだけ悩んでるってことは、お前の中ではもうとっくに答え出てんじゃねえの」


金本の言葉に、答えられなかった。




「………なんてな。 このクソみたいな業界の先輩からの、有り難~いアドヴァイスって事で。

てか、ワイめっちゃ良いこと言うやん、金取ってもええんやで?」


大袈裟に胸を張る金本の表情は、いつの間にやら普段通りのニヤケ面に戻っていた。


「人の問題に好き勝手口出しやがって。 つうか、お前普通に喋れんじゃねえか」

「あ~、柄にもなく真面目な話したから、喉が渇いちったわ。日本着いたらなんか飲みたいなー、もち、城ヤンの奢りね」

「お前なあ。……ったく、しゃあねえな」

「わーい! モスシェイク買い占めや!!」

「あんま調子乗んなよ?」


いつもの調子を取り戻した二人。


ふと、頭に浮かんだ疑問を、何を思うでもなく口に出す。


「お前、さっき俺の心が生きてるって言ってたろ」


お前は、と続けた城山に、金本は苦笑しポツリと呟いた。



「ワイはもう手遅れや」






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