20.再就職
目の前にそびえ立つビルを見上げる。
就活を再開した金本は、色々あって東京に出てきていた。
と言っても、おそらくはこれが最後の面接となるだろうが。
元直接行動班のメンバーで集まったあの日、城山からある話を持ち掛けられた。
何でも、現在日本の治安維持組織は深刻な人手不足で、特に非正規作戦を担当可能な特殊戦要員が圧倒的に足りていないらしい。
どうも、それまで金本らが請け負っていた任務が方々の機関に振り分けられ、それが職務を圧迫しているようだった。
そもそも彼らの仕事を代行出来るようなレベルの人員など限られている。
金本たちの任務頻度が年々異常なペースで増加していたことからも分かるように、元々通常の部隊で実施するには、質量共に無理があったのだ。
そこである組織が金本の存在に興味を持ち、城山に仲介を依頼してきた。
城山も詳しくは知らされていないらしかったが、昨日。
金本のアパートに差出人欄に内務省と記された書類が届き、都内のある住所に出頭するようにとの通知があった。
それがこのビル。
指定された階には高そうな、プライベートの金本であったなら絶対に入らないオサレな和洋風レストランが入っていた。
入口で名前を告げると、既に先方が予約済みのようで奥の個室に通される。
考えてみたら飯屋で個室って初めて入ったかも?などと無駄なことを考えて時間を潰していると、しばらくして扉が開かれた。
入ってきたのは二人の男だった。
一人は細面で真面目そうな印象を受け、もう一人は体格のいい短髪ゴリラ。
恐らくこっちは軍出身、根拠は勘だ。
金本の姿を見止めた細面が口を開く。
「初めまして。私共は内務省治安維持情報局から来た」
男の言葉を、金本が手を挙げて止める。
「…何か?」
「ここの支払いって、どうなります?」
「金本様には遠方よりご足労頂いている身、勿論我々がお支払いいたしますが」
「っしゃあ!! じゃあ、先に料理頼みますね~。何食べます?」
「!? い、いや、あの、我々は」
「や~、よかったよかった。メニュー見てたらバカ高いんで、昼飯抜きかな~?って、ちょっと心配してたんすよね。流石は内務省様、太っ腹だあ」
「「………」」
同業者となると早速フルスロットルの金本。
二人の男はあまりに突然の出来事に目を白黒させながら、顔を見合わせるばかりであった。
かくして、金本曰く「バカ高い」高級料理の数々を平らげ、一息ついたタイミングで、ようやく調子を取り戻した細面が話し出した。
「名乗るのが遅れまして、私、治安維持情報局の鏑木と申します。こっちは近藤、以後お見知りおきを」
男が差し出した名刺を無遠慮にジロジロと眺めながら、金本が尋ねる。
「すいませんねえ、学が無えもんで。その治安維持なんちゃらってのは、要は何処の誰なんすか?」
「なるほど。であれば貴方にはこちらの名の方が良さそうだ……。
我々は、『Y U S』の人間です」
「!!!」
男の言葉に、金本の目の色が変わる。
「…真面目に聞く気になっていただけましたか?」
鏑木がニヤリと笑って言った。
「そういうこと、ね。…あんたら評判悪いぜ?子供兵遣うんだってな」
「ほう?どこでそんな都市伝説を」
「結構噂んなってんだよ、特に裏ではな。まあ、俺だって信じちゃいなかったぜ…」
未成年工作員を使い、国内の不穏分子を粛清する特務機関。
『アサシンダガー』同様都市伝説として語られ、その特性から、若者、青少年を意味する英単語『Youth』と呼ばれる組織の噂。
長年裏社会を渡り歩いていた金本も、幾度かその名を耳にしたことがあった。
まあ、自分たちのことは棚に上げ、そんなのはただのホラ話だと高を括っていたのだが。
過去形なのは、金本自身が晶というリアルケースに遭遇したからに他ならない。
そんな金本の反応を見た鏑木が目を細める。
「まあ、あんなことがあっては流石に勘付きますか…
お察しの通り、先日までうちの者があなたを調べていました。ご心配なく、ただの入局志願者の身辺調査です」
「…彼女がユースか」
「如何にも」
確かにアレは警戒できない。
もし彼女がその気なら、金本を殺すチャンスは幾らでもあっただろう。
「あなたが我々に協力していただけるのならば、その経歴を適正に評価し、特別な待遇で歓迎する用意があります」
「経歴?どんな?」
「しらを切るおつもりで?我々も諜報機関ですよ。あなたの古巣と同じで、ね」
「ふん…」
とはいえ、金本がここに来た時点で、お互いにとり必要な答えは既に出ている。
「………では、今後の行動についてご説明いたします」
諸々の打ち合わせを終え、金本はビルを出た。
取りあえず家に帰ったらすぐに荷物をまとめ、部屋を引き払わなければならない。
駅に向かって歩いていると、不意に携帯が鳴った。
「お~、もしもーし。城ヤン、どした~?」
「……面接には、行ったか?」
「…ちょうど今、話がまとまったとこや」
それだけで結論を察したのだろう。
どうするのか?は聞かず、しばしの沈黙の後、スピーカー越しに呟くような城山の言葉が届く。
「すまん」
「何を謝ることがあるん?むしろ、礼を言うのはこっちやで。城ヤンが紹介してくれたから」
「ちげえんだよ!」
何かを吐き出すように、城山は話し出した。
「ホントは、俺に話が来てたんだ。…でも、一年戦場から離れて、やっぱりダメだと思ったんだ。……もう、俺に人は撃てねえ、戦えねえんだよ。
だから向こうにお前のことを話した。自分が逃げるために、仲間を売ったも同然だ!!俺は!!!」
「落ち着けって…」
続けようとして、ふと言葉が止まる。
今の自分に、彼に掛けられるような言葉があるだろうか?
どうせ俺に城山の苦しみは、たった100分の1だって理解出来やしない。
だったら、なにを言えばいい?
「………それでも、例え身代わりだったとしても、俺は感謝してんだぜ?」
「なんで…?」
1年間、平和な生活というのをやってみて、身に染みた。
自分はきっと、平和で安全な、安定した幸福な人生というものに、決定的に向いていない。
城山からこの話を聞いた時、ほぼ反射で請けることを決めていた。
戦うことしか、殺すことしか、自分には食っていく術がないからだ。
今までの人生を、やろうと思えばなんだって出来たはずの時間を、全て時代錯誤の暴力という手段につぎ込んできた。
その結果がコレだ。
手段が目的になり替わった、脅かすことでしか満たされない、傍迷惑な俺だ。
だったらそんな人間は、与えることが出来る価値ある人々の中ではなく、奪う事しか出来ないクズ共の中で暴れていた方がいい。
その方が、ずっと世のためだ。
それに今の俺には、それだけじゃない。
「前に言ったろ、適材適所、ってな。どうやら俺の居場所は、戦場にしかねえみてえだ」
「金本、お前…」
「じゃあな、城ヤン。……また、飯食い行こうぜ」
電話を切り、空を見上げる。
久しぶりの雲一つない晴天だ。
正午は過ぎたが、まだ高い位置にある太陽が目を焼いた。
思わず、左手で光を遮る。
『平和を、守れ』
脳裏に響くのは、かつて死んだ男の遺言。
戦場にあって、誰よりも平和を愛した、尊敬すべき戦士だった。
紛争地帯に子供を救うと言って飛び込んだ、思い上がりの医者を庇って子供に撃ち殺された、金本の無二の親友。
「分かってるよ、京助」
子供が銃を手に戦い、それにより維持されている仮初めの平穏。
彼が願い、命を賭して実現しようとした世界は、ここではない。
平和に人一倍疎い金本でも、それだけは分かった。
太陽に向け掲げた手を、ゆっくりと握り込む。
確かめてやる。
この平和の裏で、何が起きているのか。
彼女たちは、なんのために戦っているのか。
この人生に、価値はあるのか。
「…俺がみんな、ぶっ殺してやるよ」
その言葉は誰に届くわけでもなく、しかし、そこに確固たる意志を残して。
殺し屋は一人、雑踏に消えていった。
--------------------------------- 第一章『Lost sword』 終ワリ




