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18.原点





一週間後。


先日のアレは、ただの強盗未遂事件として小さく報道されるに留まった。


金本の存在どころか、犯人グループのうち数人が死傷したことすら、記事の何処にも書かれていない。


恐らくは()()()()の組織が手を打ったのだろう。


あの日、金本がバックヤードから売り場へ出ると、そこにいた数人の男たちは、既に物言わぬ屍となっていた。


どの死体も頭か心臓を一発で撃ち抜かれ、即死。


それが素人の仕業でないことは、金本でなくとも容易に想像できただろう。


何を目的にどこから関与していたのかは定かではないが、どこかしらの、少なくとも表には出てこない政府機関関係者が動いていたのだろうと、金本は結論した。


……晶も含め。



先日、古本屋の店長から、晶が急に店を辞めたことを聞いた。


思い返せば、強盗を目にした時の落ち着きよう、周りを警戒していたとはいえ金本の目を盗む隠密行動…


不自然な点はいくつもあった。


そして銃撃の後、引き出されてきたのを見て確信した。


彼女は、一般人(堅気の人間)ではない。


何らかの任務の為、書店員という肩書が必要だったのか、もしくは…


自分との出会いも、会話も、あの表情の一つ一つすらも、


……全てが始めから仕組まれた、演技だったのか。



いや、それは無い。


頭を振って、考えを否定する。


金本があの古本屋に入ったのは偶然だ。


いくら秘密組織と言えど、あの日、就活のストレスを紛らわすため、金本が遠回りして家に帰ること、ましてやフラフラと歩いていった先であの店に行き会うことなど、予測できようはずが無い。


だとすれば別件、その仕事が片付いたため姿を消したと考えた方がいい。


辻褄的にも、…金本の心情的にも。


彼女がいた日々は白昼夢のようなものだったのだと、そう頭で分かってはいても、やるせない気持ちは拭えない。


バイトという暇つぶしもない。


『退屈』という、今の金本にとっては、まるで真綿で首を絞められるような苦痛。


そこから逃れようと、トレーニングで酷使された重い身体を引きずって、列車に乗り込んだ。




やってきたのは在来線で数駅離れた、現在住んでいる市よりも遥かに小さい田舎町。


転勤族だった親に連れられ各地を転々とした少年期の中で、最も長く住んでいた場所だった。


確か、小中合わせて5年程をここで過ごした記憶がある。


金本が除隊後の住処をこの地方に決めたのも、思い入れのある土地だったからというのが大きい。


まあ、流石に利便性と働き口の関係から近隣の都市で妥協したのだが。


線路もホームも一つずつしかなく、プレハブに近い大きさの古い駅舎がポツンと佇んでいる。


確か、90だったか100年だか前に、当時通っていた国鉄の路線に、住民たち自らがホームと駅舎を整備し開業した駅だという。


小学校の自由研究か何かで調べた覚えがあった。


流石にその時から駅舎は建て替えられているだろうが、それでも相当な年代物であることに変わりない。


かつて住んでいたころは朝夕限定で駅員が切符を切ってくれたのだが、加速する人口減少の影響か、現在は無人駅になっているようだった。


電柱に括り付けられた切符入れに行きの切符を入れ、駅舎の扉をくぐると、どこか懐かしい、寂れた駅前の景色が目に飛び込んできた。


車が二台やっとすれ違える、ロータリーと言っていいのか分からない駅前広場。


今やとんと使う人が減ってしまった、緑の塗装が斑にはげた雨ざらしの公衆電話。


アスファルトがひび割れガタガタの駐車場には、昨日の雨の残りか、所々に水溜りが出来ている。


実に十数年ぶりの帰郷だったが、この景色だけは記憶のままだった。


「ははは、なんかタイムスリップしたみたいやで」


一人呟いて、歩き出す。


目的の場所は、駅から15分ほど歩いたところにあった。



住宅地を抜け、田畑の中を通る農道を歩いていくと、雑木林の淵にある集落が見えてくる。


何件かの農家の中で、一際大きな敷地面積を持つ家。


金本が住む築30余年のアパートとは比べ物にならない歴史を感じさせる建物。


地方では深刻化する少子高齢化の呷りをもろに受け、良く言えば昔ながらの、悪く言えば寂れたこの町には、古い建築物が多い。


そして文化もまた、他地域では廃れ、途切れてしまったようなものが、細々とだが現代に継承されている。


「ごめん下さーい!」


大声で呼びかけながら、門をくぐる。


母屋からも、その他の建物からも反応は無い。


しかしまあ、こうやって不用心に門が開け放たれていることから分かるように、この辺りは個人間の隔たりが都会に比べて小さい。


普通なら見ず知らずの他人が家の敷地内をウロウロしていれば、不法侵入で通報されてもおかしくないが、田舎はそういったところ大らかだ。


いわゆる、一族文化というやつである。


村全体が共通のコミュニティ故の、緩さ。


それが我慢できないと都会に出ていく若者が後を絶たないが、金本はこの緩さが結構好きだった。


敷地の中でも特に大きい、蔵のような建物に向かって歩いていく。


金本にとって、特に思い出のある建物だった。


記憶ではこの扉も常時開かれていたのだが、今は固く閉ざされ、南京錠で施錠されていた。


「生徒の方かいな?」


背中から声を掛けられ振り向くと、波平白髪版といった髪型の老人が立っていた。


「あ、はい。…あの、師範は?」


…足音がしなかった。


ニヤリと、僅かに口元を緩めながら、金本が聞く。


「兄貴なら、ちょっと前に逝ってまったわ。道場ももう閉めててな」

「あ、……そうでしたか」

「申し訳ねえなあ。せっかく来て下すったに…」

「いえいえ、そんな。……自分が教わってたのも、もう15年くらい前になりますから」


振り返り蔵、改め道場跡を見る。


確かに、入り口上に掲げられていた流派名の刻まれた看板も、今は取り外されていた。


「じゃあ、自分はこれで…」

「おぉ、ちょい待ちいや兄さん」


師範が亡くなり、道場も最早閉鎖済みとなっては何もできない。


一礼し立ち去ろうとした金本を、老人が呼び止めた。


「どうだい?折角来ただに。ちょっとやってかねえかい?」

「え!?いいんですか?」

「いいていいて、おらも丁度やろうかと思ってたとこだったに」


意外な申し出に驚きながらも、老人の後に続いて道場に入る。


「おぉ、キレイですね」


道場の中は思いの外しっかりと掃除されていた。


床、というより土造りのため地面と言った方がしっくりくるが、ちゃんと掃き整えられている。


元々蔵を改装して作った道場のため、前後2箇所しかない窓から差し込む光を浴び、空中に舞う埃がまるで粉雪のようにキラキラと瞬いていた。


「道場は辞めてまったけども、おらと倅がたまにやってるでなあ。まあ、そんなに行き届いてはいねだども」


老人が、年の割に揃った歯を見せて笑った。



あれは確か小学4年かその頃。


転校生という弱い立場、更に運動も勉強もギリギリで人並みというスペックから、行く先々でカースト下位に甘んじていた金本。


まあもっとも、さほど頭の出来が良くなかった幼い金本がそこまで自覚していたわけでは無かったが、なんか舐められてるんだよな、納得いかねえな、という漠然とした不満を小学生ながらに抱えて生きていた。


そんな中で、彼は出会ってしまった。


願いを叶えるため七つの宝珠を集める、あの例のアニメに。


それに多大な影響を受け、金本が辿り着いた結論は……


とにかく強い奴が一番偉い!!

なぜなら強いから!!!


という、行き過ぎた力終思想だった。


ではその力を得るためにはどうすればいいか?


少年は考えた。


答えを求め、海賊、忍者、死神代行、そしてDAIのDAI冒険と、数々の漫画を読み漁った末、彼は一つの悟りへと至る。


すなわち、修行と強者との戦いを繰り返すことで、人は限界を超えた強さを手に入れることが出来る!!!


力への渇望に憑りつかれた金本は、修行場と強者を探し野山川を駆け回った挙句、最終的に近所のある道場へとたどり着いた。


後から分かったことだが、その道場で教えられていたのは、柔道や空手でも、剣道でも無かった。


まだ一般に知られたメジャーな格闘技ではなく、更にマイナーな、武術の世界。


その中でも、実戦武術だとか、古流だとか言われる、非常に胡散臭い分類のモノ。


唯一の救いがあるとすれば、語られる歴史の真偽はともかく、その術理だけは、世に出回っている数多の紛い物の中に埋もれた、ホンモノの闘争術であった。


……いや、むしろそれこそが、金本にとって最大の不運だったのかもしれない。


なんにせよ、金本はその後、16歳で初の()()を経験する時まで、ただひたすらに力を求め、その理合いを追求していくこととなる。



茂野護心流(しげのごしんりゅう)兵法』


それが、あの日少年が叩いた門に刻まれていた名。


金本久内、10歳の事であった。






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