16.ランダムイベント?
「さて~…どうするよ?これ」
少女は、なんとか逃げ込んだ従業員用トイレの個室で、頭を抱えた。
あ、今回からは彼女目線にも地の文参加させて頂きますので、その辺よろしく。
とそんなことは今どうでもよろしい。
話を戻そう。
任務中に強盗に遭遇するという、信じられないような偶然。
何故それが自分に限って回ってきたのかと、言いようのない苛立ちを覚える。
っていうか、マジでなんなの、金本。
泥棒よりも、あいつの目を盗んで抜け出す方がきつかったんだけど?
は~、ほんとツイてない。
…ま、そんなことでイライラしてもしょうがないんだけど、さ、っと。
軽く自分の頬を叩いて気持ちを切り替えた彼女。
さっきまで自分と監視対象の後ろから、同僚が尾行していた。
当然、この店内の異常にも気が付くはずだ。
”あの”しおん先輩、売り場のやつはどうとでもなる。問題は…
「”人質”なんて取って、なにするつもりかね~」
と言いつつ、晶には一つ思い当たる節があった。
そう、金本の存在である。
自分たちの組織から監視されている人物。
そしてその任務中に”偶然”起こった強盗事件。
この二つを結び付けて考えてしまうのは、むしろ自然な発想だろう。
すなわち、金本は何かしらの理由で複数の組織から目を付けられており、先程の男たちは強盗をカモフラージュにして金本を拉致、ないしは暗殺しようとしているのではないか、と。
それであれば客を一か所に集めた理由も納得できる。
……まあ実際は、金本と強盗は全くの無関係で、それこそ完全に巻き込まれただけなのだが、彼の正体を知らされていない彼女からしたら、当然の考察だった。
いくらしおん先輩でも任務対象を盾にされたらど~しよ~もないだろうし、かと言ってあたしが出てっても出来ること無いんだよな~。
銃は先輩に預けちゃってるし。
あれ?これ詰んでない?
「・・・っちも一応見とけ」
「ええー、なんか気まずいんだけど」
「んなこと言ってる場合か」
「はいはいー」
袋小路に陥りかけた思考が、ドアが開く音と同時に聞こえてきた男の声で、現実に引き戻される。
ちょっと!ここ女子トイレなんですけど!?
「うわ、誰か入ってんじゃん」
声と足音が扉一枚隔てた向こうで止まる。
こっちがうわ、だっつーの!
トイレの便座を蹴り、跳躍する。
と同時にドアの縁に手をかけると、天井と仕切りとの間をくるりとすり抜け、落下の勢いのまま、男のうなじに踵を蹴り込んだ。
「よっと」
ガンッと派手な音を立てて、男が顔面からドアに衝突する。
「どうした!?」
男がもう一人、音を聞きつけてドアを開ける。
一瞬早く、晶は倒した男が取り落とした拳銃に手を伸ばしていた。
呑気に装填を確認している時間は無い。
スライドを引いて無理矢理次弾を薬室に叩き込むと、入ってきた男に向ける。
剥き出しの甲高い銃声が2発、夜の店内に響き渡った。
「マジかよ」
金本の独り言に、さっきのハゲリーマンがビクリと反応する。
が、そんな些事は金本の眼中には無かった。
数分かけて首を伸ばし体を捻じり確認した限り、どうやら晶はこの人混みの中にはいないらしい。
ではどこにいるのか?
はぐれた時にどこかに隠れたか、逃げ出せたのか。
いや、この店の出入り口は売り場側に二か所、裏の荷受け場兼従業員用入り口、そして事務所にある通用口の計四か所。
そしてそのどれもが、位置的に敵との接触なしに辿り着くことは難しい。
とすれば、十中八九まだ店内にいると考えた方がいいだろう。
などと金本が思考に耽っている横では、事態が急速に進展していた。
見張りに立っていた3人に、更にリーダー格と思しき大男が合流し、何やらスマホを覗きながら客の顔と照合し始めたのだ。
強盗たちはやがて目当ての人物を見つけたようで、客の中から一人の男を連れ出した。
結論から言えば、晶の予測は、彼らのターゲットが金本では無いという点を除けば、実はほぼ的中していたのだ。
制服と肩にかけた有名スポーツブランドのバックから、部活で帰りが遅くなった高校生といったところだろう。
恐怖で半泣きになっている少年。
だが、それすらも金本にとっては些事。
もし泣いているのが女子高生だったら話は違っただろうが、見ず知らずの男子高校生がどんな目に合おうが、「だから何?興味ねーし」で済ますのが、金本という人間だった。
男子高校生が引きずられるように連行されていき、事件は一段落と(金本は)思いきや…
店に響き渡る銃声。
ここはイラクでもアフガンでもアメリカでも無い。
であれば、撃ったのは強盗の銃以外にない。
なら撃たれたのは?
最悪の想像が金本の頭を、逆に冷ました。
落ち着け、まだあの子が撃たれたと決まったわけじゃあない。
だが、もしそうだったら………
鏖殺だ。一人残さず八つ裂きにしてやる。
反射的に袖口へと伸びた手を下ろしながら、金本は静かに決意した。
戸惑う男たちにリーダーが指示を飛ばす。
確認して来いと言っているようだ。
銃声は売り場の方から聞こえたが、かなり近かったし方向も若干違った。
そうか、トイレか!
確かに逃げ込むならあそこしかない。
金本が思い当たると同時に、再び銃声。
客からは叫び声が上がり、強盗達も何事かと怒鳴る。
どうやら彼らも、こういう荒事に慣れている訳では無いらしい。
2発、そして3発。
……おかしい。
強盗が撃ったなら多すぎるし、撃ち合っているにしては少なすぎる。
それに、さっき売り場で感じた違和感…
金本の脳裏に嫌な想像がよぎる。
そしてその想像は、直ぐに現実のものとなった。
規則的に続いていた銃声が乱れ、そして聞こえなくなる。
程なくして、銃撃の犯人が引き出された。
「クソっ、3人やられた!」
「こんなガキにか…」
ぶっ殺してやる!といきり立つ部下たちをなだめ、リーダーは興味深そうに彼女を眺める。
両腕を固められ、床に押さえつけられている少女は、紛れもなく深井晶本人だった。
クソっ。
自分を見下ろす男を睨み返しながら、晶は心の中で毒づいた。
三人目を倒したところまでは良かった。
しかしそこからは2対1になり、最終的に弾切れを狙われて、腕力で押し切られた。
いくら特殊な訓練を積んでいようと、少女は少女。
純粋な身体能力が大きくものをいう近接戦になれば、不利なのは明白。
おまけに数も向こうのが多い。
これは最初から無理ってもんでしょ。
は~、まじでツイてない。
元々そっちのが有利なんだから、せめて一対一で来いよ。
キンタマ付いてねーのかてめーらには。
なんて言ったところで、状況が好転するわけもない。
っていうか、床とキスしてる現状じゃ、そもそもしゃべらんないし。
痛い痛い。レディには優しくしなさいって、教わらなかった?
顔を逸らそうと首を捻ったところで、人混みの中にいるあいつと目が合った。
………ああ、あいつは無事だったんだ。よかっ…
よかったって、なんだよ。
こっちはこんな目に合ってて、これから殺されるかもしれないってのに。
あたしがそんなことを考えてることも知らずに、あいつは本当に少しだけ微笑むと立ち上がり…
って、え!?
ちょ、何やってんの!?
ガアアンッ!!!
金本は、通路脇に並んでいた台車の一つを、耳障りな音を響かせ蹴り倒した。




