15.Ignition
帰る訳にもいかず駐車場の隅で待っていると、5分ほどして晶が着替えて出てきた。
「お待たせ~」
「あ、あの……はい」
どうやら本当にこのまま一緒に帰る流れらしい。
地の文的にもビックリな急展開である。
当の金本はというと、あまりの衝撃に呆けていたが、突然何かを思い出したように叫んだ。
「っていうか!! 俺、接近禁止命令出てんだけどダイジョブなの!?」
「いきなり叫ぶなよ、ビックリしたじゃん。ていうか、そこまでした覚えはないし。あたしがいいって言ってんだから良いの」
「そ、そうすか。それは何て言うか、その…ご馳走様です」
「…やっぱやめようかな。
あれ? そういえばさっき”俺”って言ってなかった?なに、いつもの喋り方って伊達だったの?」
「何の話? ワイは生まれた時からワイやで~」
「それはそれでどうかと思うけど…」
暗くなった道を二人並んで歩く。
晶は走ってもいいよ?と言ってくれたが、それはそれでどうなのかと思ったため、取り敢えず歩くことにした。
っていうか、最初から別に走りたくて走ってたわけじゃ無いし。
それに走ったらこの夢のような時間がすぐ終わってしまうじゃないか。それは絶対にヤダ。
こうなってしまった以上、憧れの女子高生と一緒に帰ると言う超絶レアイベントを全力で堪能しようそうしよう。
金本は名前通り、中々現金な男だった。
でもこれって、傍から見れば恋人じゃね?、などと危ないことを考えそうになった金本だったが、二人の間に空いた1メートル程の距離が、彼に辛うじて理性を保たせている。
「今日はなんかあった?」
「んにゃ、いつも通り、恙なくって感じやで」
「そ、ならいいんだけど」
あり得ないクレームをつけられたというのも、話のネタになるとは思う。
ただ、それをすぐ笑い話に流せるほど、金本はメンタルの調子がよろしくなかった。
「そういえば、国防軍にいたって言ってたじゃん? なんで辞めちゃったの?」
珍しく彼女が話題を振ってくれている。
どういう風の吹き回しかは分からないが、やはり一緒に帰るというシチュエーション上、彼女にも気を使わせてしまっているのだろうか。
「ん~、ワイの場合は辞めたっていうか、辞めさせられたっていうか」
「え、…ごめん。
………なんで辞めさせられたかってゆーのは、聞かない方がいい?」
それにしても、今日は本当に珍しい。
前に前職の話題が出た時は、全然興味無さそうだったのに。
まあ、変に聞かれたら聞かれたで、金本の場合、守秘義務的に面倒なのだが。
「……ちょっとね、ミス、しちゃったんや。まあ、あん時の判断が間違ってたとは、毛ほども思ってないんやけど。
でも、そのせいでワイの仕事仲間もほとんど除隊させられてまって、それだけは申し訳なかったわ」
「ふ~ん、…楽しかった? 国防軍の仕事」
「どうやろなあ…」
楽しかったか、そう聞かれると答えに困る。
「訓練はアホかってくらいキツかったし、死ぬほど怖いこともいっぱいあったんやけどなあ…」
でも、死にたくなかったから。死なせたく、なかったから。
だから立っていられた。前に進めた。
だから、戦えた。
「毎日、必死やったで。 …でも、今思えばそんな生活が、ワイは意外と…」
嫌いじゃなかった。
………俺は今、どんな顔をしているのだろう。
ちゃんと取り繕えているだろうか。
ちゃんと、強がれているだろうか。
「でも、なんで急に?」
「ん~、……勘違いだったらごめんなんだけど」
そう前置きして、晶は遠慮がちにこちらを見ながら、
「初めて会った時から、あんた、すごい辛そうだったから。
……就活中、なんでしょ?もしかして、前の仕事に未練とかあるのかな~、って…」
全然取り繕えてないやんけ、俺。
「……………」
「えっ、なんかごめん。やっぱ結構気にしてた?」
「いや、ええんやで。ただ、こんな若い子に心配されてまって、心底自分が情けなくなっただけや」
このままじゃダメだ。
今のままじゃ、俺はこの子の目を見て話せない。
隣に立って、一緒に歩く資格すらない。
特殊部隊員なんかじゃなくてもいい。
せめて、この子と何の負い目もなく話せるくらいの、”普通”になろう。
環境は変わった。でも、本当に変わるべきは、俺自身なんだ。
………どうやって?
口で言うのは簡単だ。何とでも述べればいい。
だが、現実はどうだ?
俺には何もない。
真っ当な仕事も、人生設計も、目標すらも、何も。
そんな状態でどうやって変わるってんだ?
いや違う。そうじゃねえだろ。
そんな事考えてたら、いつまで経っても始まらねえ。
何が何でも、変わる。
変わるんだ、俺は。
車のライトに照らされる彼女を横目で見ながら、金本は他でもない自分自身に、そう誓った。
「うーし! なんか話したらヤル気湧いてきたわ。晶ちゃんって、こっち方向?」
「ま~、そうだね」
「よっし、じゃあ、スーパー寄っていい?」
「え、いいけど… なんで急に?」
「飯は全ての源やで。ほら、腹が減っては戦は出来ぬっていうやろ? せやから今日はパーッと食べるんや。
あ、晶ちゃんも欲しいもんあったら遠慮なく言いや。オジサン、貯金だけは山ほどあるってのが、唯一の自慢やから」
「それ、あんまり人に言っちゃダメなやつなんじゃないの… っていうか、この時間だともうスーパー開いてなくない?」
「ところがどっこい、ワイが勤める『テンフーズ』は全店午後10時まで営業中なんやで!」
「そ、そうなんだ」
「って言ってるうちに、見えてきたで~」
煌々と灯りを燈した建物が、道の向こうに現れる。
10と大きく書かれた看板が目立つ、オレンジを基調とした店舗。
金本の今の仕事場である。
「今日はホッケがセールだったんやけど、この時間じゃ多分売り切れてるやろうから、そうなると一押しは昨日入荷した若鮎やで。塩焼きが絶品!
内蔵取りしても良いんやけど、ワイはフン出しだけして丸のまま焼くのがオススメやで~」
「いや、あたし料理しないし… っていうか、めっちゃ喋るじゃん」
「実はワイちゃん今日ちょっとブルーやったんやけど、晶ちゃんのお陰でテンション上がって来たんや。だから今はすこぶる機嫌がいいんやで!」
「へ~、それはよかったね~」
今度こそ本当に興味無さそうな晶に、一方的な宣伝をしながら店に入る。
時刻は8時になっていたが、通常の店より遅くまで開店していることを強みとしているこの店は、晶の予想以上に賑わっていた。
「へ~、本当に開いてるんだね」
「せやろ? 大体のスーパーは8時、早いとこだとこの辺は7時半とかに閉まるんやけどな。ここは言うなれば、『最後の砦』や」
「あははっ、なにそれ」
笑い合いながら、照明で照らされた店内を回る二人。
しかし、幸せな時間程唐突に、そして理不尽に終わりを告げるものだということを、金本は忘れていた。
「なんだ?」
先程までと比べ急に騒がしくなった店内に、金本は視線を飛ばした。
隣を見ると、晶も異常を感じたようで周囲を警戒している。
……この子、やっぱり…
その姿を見て違和感を覚えるが、それについて深く考える前に事態は急変した。
拳銃を持った覆面の男たちが、客をバックヤードに追い立てる。
「早くいけ! 騒ぐんじゃねえぞ!」
横目でレジの方を見ると、他の男が店員にレジの金を出させていた。
強盗か?
まあ、とにかくここは従っておくのが吉だろう。
下手に動いて他の客や、何より晶に負担をかけたくない。
幸い金本も丸腰では無かったが、それを明かすほど愚かでは無かった。
当たり前のことだが、武器を持っている、というのはこういう場合、一見素手に見えた方が大きなアドバンテージとなる。
それに今は仕事外だ、出来ることなら抜かずに済ませたかった。
強盗の指示に従い、商品の乗った台車の並ぶバックヤードに入って行く。
金本にとっては見知った場所だが、他の客にはこの薄暗い空間が、余計に不安をあおっているようだった。
まあ、不安を感じているのは金本も同じだったのだが。
ここに来るまでに確認できた敵の総数は5人で、内4人は拳銃を所持していた。
今も細長い廊下状の間取りで3人、客たちを挟むように見張りが立っている。
この人口密度で、左右に分かれた相手を一発も撃たせずに無力化するのは、金本であっても正直ほぼ不可能。
どうする?
せめて晶だけでも無事に逃がしたい。
というか、あちらさんの狙いはなんだ?
ただの物盗りなら取るもん盗ってさっさとずらかればいい話。
わざわざ客を一か所に集める方が、撤退までの時間を考えればむしろリスキーだ。
それが分からない考えナシの映画マニアか、もしくは別の目的か…
頭を回し続けながら、傍らに座っているはずの晶に声を掛ける。
「晶ちゃん、大丈夫… 晶ちゃん?」
返事が無い。
隣を見ると、そこにいると思い込んでいた少女の姿は無く、突然誰かに話しかけ始めた金本を見て、ハゲた中年が怪訝な顔をしていた。
「嘘だろおい」
周囲の状況に気を取られて、はぐれたことに気付かなかったのか?この俺が?
辺りを見回すが、探し人の姿は見当たらない。
金本の危機意識が跳ね上がる。
これは、…マズイな。
後から思えば、ここが転換点だったのだろう。
あの時彼女を見失わなければ、未来は大きく変わっていたかもしれない。
それは良い方向にか、あるいは………
どちらにせよ、この時の金本はそれを知る由も無かった。




