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13.少女の秘密





6月初旬。


来たる夏に向け、あちこちの小売店で夏季用品の売り出しが始まった頃。


道向かいにある衣料品店も勿論例外じゃなく、ショーウィンドウにも新作の夏服や水着が並び、女子高生の集団がガヤガヤ話しながら入って行く。


それを横目に見ながら、あたしはバイト先である古本屋の店先を、備品の竹箒で掃除していた。


「はぁ」


溜息を吐いて空を見上げると、黒い雲がまるで圧し掛かるように山の方から迫り出してきていた。


って言っても、今はその山並みも雲に隠れて見えないんだけど。


ニュースじゃまだ梅雨入りの発表はされてないけど、最近は毎日のように夕立が降る。


この感じじゃ、駐車場の幟ももう回収しておいた方がいいかも。


あ~、なんか似てるな。この天気。


あたしの人生そのものって感じ。


薄暗くて湿気てて、かと言って真っ暗って訳じゃない。


でも、それが毎日続く。


いつもいつもいつもいつも、どんよりジメジメ。



そういえば、自己紹介してなかったね。


あたしは深井晶。


結晶のショウって書いて、アキラって読む。


沢山の星が煌めく様から、明るく輝くって意味でアキラって言うんだって。


こんな男みたいな名前だけど、これでも一応17歳の現役女子高生。

………ってことになってる、()()()()


「深井さん、()()から電話だよ」

「は~い。今行きまーす」


ほら来た。


店長が店の中に引っ込むのを見届けてから、あたしはもう一度大きな溜息をついた。




そんな訳で呼び出しを受けてやってきたのは、山奥に立つ私立の中高一貫校。


でも、さっきも言った通りそれは表向きの話。


普通の学校なら、四方を国有林に囲まれた、アクセス最悪の人目につかない敷地にわざわざ校舎を建てたりしないだろうし、


正門だけじゃなく、裏門や通用口にも強面で体格のいい、しかも服の下に拳銃を所持した警備員(ガードマン)を配置したりしない。


……もうそろそろ、ここが真面な施設じゃないってことが、何となく分かってきたんじゃない?


っていうのも、ここは日本政府が極秘裏に抱えるある組織の本部。


極秘裏に、なんて言うと大袈裟だけど、まあ実際、()()()()()の存在を知ってるのはかなり上の方のお偉いさんか、もしくは同じように後ろめたい仕事をしている大人たちだけ。


治安維持情報局、通称『Y U S(ユース)』。


それがあたしの通っている、()()の正式名称だった。



YUS。

主に国内の凶悪犯罪、テロ、及びその他日本国民の生命を脅かす違法行為に関する情報を収集、分析し、脅威となる諜報、破壊活動を未然に阻止することを目的として設置された内務省の外局。


なんて、小難しくいってみたけど、早い話政府にとっての邪魔もののことを調べ上げて、場合によっては処分する為の機密情報機関。


情報機関って言えば、アメリカの中央情報局(C I A)や公安警察を思い浮かべる人が多いんじゃないかな。

ま~、そんな感じ。


でも、この国はそういうのNGな法律が多いらしくて、他の国みたいに無茶が効かないんだって。


自分たちは犯罪や暴力とは無縁で、それが当たり前って思ってる人、結構多いんじゃない?


だから、グレーで止まらずに、ウチみたいに真っ黒な組織になっちゃうんだよね。


どっちにしろアウトなら、行けるとこまで行っちゃえ!、みたいな。


そこで働く身としちゃ、堪ったもんじゃないんだけど、しょうがない。


あたしみたいに、親の顔すら覚えてないような子供、要するに孤児ってやつは、こんな場所か、体を売るくらいしないと生きてけなかっただろうし。


そんなわけであたしは、普通のコだったら普通の学校行って、放課後は友達と遊んで、恋なんかしちゃったりして、そんな風に青春を謳歌してる十代を、血と硝煙の匂いが絶えない、大人たちの黒い謀略が渦巻く、裏側の世界で生きていた。



「…失礼します」


ノックをしてからドアを開けると、中にはもう先客がいた。


……この人が呼ばれる事態って、なに?


嫌な予感をビンビン感じながら、先に来ていた同僚と並んで立つ。


「来たな」


あたしたちの顔を見た上司が、手元の書類から目線を上げて、向き直った。


ちょっとパーマが掛かった髪を短く切りそろえた、中年の女。


年は30代とか40代とか言われてるけど、正確なとこは誰にもわからない。


っていうか、あたしこの人苦手なんだよね~。


ま~、逆にこの人のことを良く思ってるヤツがいるのかって言うと、あたしの知る限りじゃ、一人もいないんだけど。


「無駄にする時間もない、任務(ほんだい)だ」


女、中野(なかの)司令が、クリップボードに閉じられた、仕事の内容が書かれた資料を私たちの方へ滑らせる。


…いや、二人分用意しろよ。


仕方なく隣に立つ女の子、しおん先輩と一緒に紙を覗き込んだ。



九重紫音(ここのえ しおん)


一応本人は18歳を自称してるけど、小学生って言われても全然違和感ないくらい小っちゃくて、腰まで伸ばした癖っ毛のツインテールがカワイイ。


なんだけど、そんな見た目とは裏腹に、5歳の頃から任務に出てるとか、はたまた本当は10コくらいサバ読んでるとか……


とにかく謎が多くて、真偽不明の噂話が絶えない、皆から一目置かれる存在。


一つだけ確かなのは、彼女がとんでもなく強いってこと。


だから、体が小さくても、どんなに可愛らしくても、誰もがある意味畏怖の念を込めて、しおん”先輩”って呼んでいる。


それが彼女だった。


だから、そのしおん先輩が呼ばれるってことは、十中八九、今回はロクな仕事じゃない。


大方、テロリストのアジトに乗り込むとか、そういう危ない系の……


「は?」


つい、声が漏れた。


仕事の内容は、あたしの予想を外れてなんてことない監視任務。


ま~、いわゆる探偵、

って言っても映画や小説で出てくるような名推理で事件を解決に導く!、みたいな奴じゃなくて、もっと生々しい、例えば不倫の証拠集めをする興信所とか…


それの真似事みたいな仕事。


人様の私生活に土足で踏み入って、あちこち聞きまわったり、付きまとったり、覗き見たり。


そんな陰気な作業だね。


もっとも、聞き込みは大人の局員の仕事で、あたしたちの担当は専ら後の二つ。


尾行と張り込みっていうのがいつもの定番だったんだけど。


でも、暗殺(そうじ)系の任務に比べれば危険も少ないし、その分の精神的負担もない。


比較的イージーなお仕事の部類だった。


問題は、その監視対象なんだけど………


のっぺりした凹凸の少ない顔に、明るめの髪色。


こっちの写真でもそうだってことは、アレ地毛だったんだ。


いつものニヤケ面じゃなくてちゃんと真面目な顔をしてるし、髪も短く切りそろえられてるし、知ってる顔はこれよりも少し老けてた。


っていうか、コレ多分軍の資料だよね?


下の方に迷彩柄の服がちょっと写ってるし。


話半分に聞いてたけど、昔国防軍にいたって言うのはホントだったっぽい。


何の話をしてるかって?


ん~、………今回の任務対象(ターゲット)、あたしのストーカーだった。



そいつと初めて会ったのは、今年が始まって直ぐの、一月半ばくらいのこと。


本を整理してたら、そいつが店に入ってきた。


特に目立った外見って訳でもないし、最初は特に気にしてもなかったんだけど。


そいつはあたしを見るなりわなわなと震え出して、目の前で膝をつき……


「結婚してください」

「……は?」


警察に突き出してやろうかと思ったけど、()()()()()()もあって店長はコトを大きくするのを嫌がってたし、恥も外聞の無く床に額を擦りつけながら必死に弁明するあまりに情けない姿を見てたら、もうどうでもよくなってきた。


それ以来、恩情で出禁を免れたのを良いことに、そいつは度々店に顔を出すようになった。


最初こそそれなりに警戒してたけど、精々バイト中に話しかけてくる程度で、それ以外の実害は無かったから、まあいいかって思ってたよ。


実は店長と、「店外では一切接触しない。破ったら即警察呼ぶ」っていう誓約書を交わさせられてたってことをあたしが知ったのは、かなり後のこと。


情報機関の人間だけあって、店長はそういうとこ抜け目無い。


それが何で今更……


いったい何やったのさ? あいつ。


「深井は面識があるな」

「…はい」


こいつストーカーです、なんて言える雰囲気じゃない。


っていうか、もう店長から大方の話は上がってるんだろうね。


だからあたしが呼ばれたって考えた方が、辻褄が合う。


もう一度資料に目を通してみるけど、肝心の”何”をやった”どんな奴”なのかっていう話は、どこにも書かれてなかった。


「対象に関する情報はそれが全てだ。追加事項は無い」


こっちの心を見透かしたようなタイミングで司令が言う。


それはつまり、お前たちはこれ以上()()()()()()()、ってこと。


ま~、この仕事じゃよくある話だよね。


内容に納得いこうがいかなかろうが、あたしたちはやるしかない訳で……


そんなこんなで、何の因果か、あたしはストーカーをストーキングする羽目になった。






執務室から退室し、今回の相方(パートナー)と諸々の打ち合わせを終えた後、解散した。


相方は現場監督(てんちょう)とも打ち合わせがあると言って帰り、今は打ち合わせに使った休憩室兼ミーティングルームには自分一人。


いや、正確には”二人”。


「わざわざ本部に呼び戻されて、何事かと思えば…… ふふっ」


無意識のうちに口角が上がる。


それもこれも、この予期しない再会のせいだ。


目線の先に居るのは、()()()()()()()もう一人。


机の上に広げられたままの資料、そこに添付された一人の男の写真だった。


「やっぱり… 私は運がいい」


そっと、まるで恋人にするかのように、写真に優しく触れる。


「やっと見つけた。………これから、楽しくなりそうね。…うふふふふふ」


彼女の笑い声だけが、いつまでも部屋に響いていた。






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