12.其々の道
「それでは、解散一周年を祝しまして」
「「カンパーイ!!!」」
場所は移って、都内の居酒屋。
あれから金本は電車を乗り継ぎ、田舎からここまで出てきていた。
それもこれも、彼らに会うためだ。
テーブルを囲むのは懐かしい顔ぶれ。
ほぼ一年ぶりに再会した金本、牧村、城山、元直接行動班B分隊の三人だった。
テーブルの上には様々な料理が並び、三人の前には飲み物の入ったグラス。
右から時計回りに、生、ジンジャーエール、ドクターペッパー。
「牧ちゃんwww ちょ、ビールって、おまwww」
「なんか、顔に似合わずオッサンくせえよな」
「いや、ちょっと待って! 一応確認するけど、ここ居酒屋だよね!? おかしいの僕じゃないよね!?」
二人の理不尽な反応に困惑する牧村。
「っていうか、金本の方がどう考えてもおかしいでしょ。なんだよ居酒屋でドクペって」
「フハハハ!そう!これこそがシュタインズゲートの選択!!」
「?」
「おい、多分通じてねえぞ。牧村アニメ見ねえんだから」
「なぬ!? じゃあ、……僕はニート探偵、死者の代弁者だ」
「もっとマイナーじゃねえか!」
時を経て、進む道は別れども、彼らは未だ良き友人のままだった。
「酒って、飲めない訳じゃないんやけど、あんまり飲む習慣が無いんよねえ」
「まあ、確かに現役の時はいつ仕事入るか分からなかったし、実質的に飲酒は禁止されてる感あったよね」
「居酒屋なんて来てる時間も無かったしな」
料理を摘まみながら昔話に花を咲かせる三人。
と、思い切ったように金本が口を開いた。
「で、岩っちはどうしたん?」
「それ、僕も気になってた」
二人の視線が、B分隊四人目の隊員岩戸の元バディであり、今日の幹事も務めている城山に自然と集まる。
当の城山は首を縮めると、言いにくそうに切り出した。
「岩戸、岩戸な。 ………今度子供が生まれるってよ。だから、今はそれどころじゃねえんだ」
「「えええぇぇっ!!!???」」
絶叫に店内の視線が集まる。
そんなことはお構いなく、二人は城山に詰め寄った。
「え? 岩戸って結婚してたの? ていうか彼女いたの? いつから?」
「ちょっと待て、牧ちゃん。流石にワイらといた頃はそんな余裕なかっただろうし、…ってことは、解散してすぐ!? うわ、アイツやってんなあ!!」
「いろんな意味でね!!!」
彼らにとっては驚愕の事実に妙なテンションに突入し出した二人をなだめて、城山は話を続ける。
「何でも学生時代から遠距離してた彼女がいて、軍辞めて直ぐに式を挙げたんだと」
「え? ワイそれ呼ばれてないんやけど」
「安心しろ。俺も一月前に知った」
「まあ、岩戸あんまりプライベートの話しなかったもんね。公私がハッキリしてたっていうか」
あの薄情者め!とドクペを片手にヤケ食いを始める金本の横で、牧村が呟く。
「でも、普通に考えてあんな仕事じゃ、会えるの多くて年に数回だろ。よく彼女は待っててくれたよな」
「一途な子だったんでしょ」
「幸せになって欲しいよな」
「うん」
「「はぁ…」」
友人の吉報にダメージを受け、テンション駄々下がりの非リア充たち。
それでも何とか空気を変えようと、城山が話題を振る。
「そういや、牧村は最近どうなんだ? 今は病院だっけ」
「うん。と言っても親のなんだけどね」
どこかバツが悪そうに答えた牧村。
彼の実家は地方で総合病院を経営している医師一族。
学生時代から容姿端麗、頭脳明晰、文武両道だった彼は、家の中でも将来を期待された筆頭跡取り候補。
しかしそんな家族の期待を振り切り国防軍に入隊した牧村は、有名大医学部卒の特殊部隊員という変わり者揃いの隊内でも、見劣りしない程の変人だった。
「実家太いに越したことないやんけ。ワイだったら始めから素直に継いじゃうやろなあ」
「お前の場合は遺産目当てだろ」
「それ以外に何があるねん。後、可愛い許嫁も忘れんなよ」
流石にそれはいなかったなあ、と笑う牧村。
「でも、もうそろそろ真剣に向き合わないとと思ってさ。親とも、病院とも。
軍の仕事もやり甲斐はあったけど、一生は続けられないだろ?」
「…やっぱすげえよな、牧村は」
ポツリと城山がこぼした。
「ちゃんと将来考えてて。今だってしっかり前に進んでる」
「そんなことないでしょ。城山だって、狙撃教官だよね。立派な仕事だよ」
「まあ、まだ助教だけどな」
城山は城山で、その腕前を見込まれ、今は軍で教職として将来の狙撃手の育成に携わっていた。
長引く対テロ戦争の世の中で、周囲の民間人に被害を出さずに事態を解決する狙撃の役割は、軍でも警察等の法執行機関でも重要度が増している。
部隊に加わってからの日が浅く、関わった任務が比較的少なかったことも相まって、直接行動班出身者の中でも数少ない軍居残り組だった。
「そう言えば、金本は今何やってんだ?」
ギクリと一瞬表情が曇るが、皿から顔を上げた時にはいつものおちゃらけたものに戻っている。
「ワイは就活中やで。こう不景気な世の中だと仕事一つ見つからんくて嫌になってまうわ~」
あっけらかんと答える金本。
「でも、金本なんて一番の古株なんだから、相当貯金あるんじゃない?」
「あ、確かに俺も口座残高凄いことんなってたわ」
「まあ、金には困ってないねんけどな~。でも、何もしないのも暇やし、最近スーパーでバイト始めたんよ」
「スーパーって言うと、レジとか?」
「んにゃ、魚屋」
「でも、金本がレジとかすっげえ違和感あるわ。てか接客は普通に無理だろ」
「は? いやちょっと待て、城ヤンそれどういう意味かkwsk」
「でも、僕は金本は教官職の方行くと思ってたけどな。ずっとなりたいって言ってたもんね」
「そうなの?」
牧村の発言に城山が意外そうに聞き返す。
「憧れてた人がいたんだよね?」
「へえ、なんか意外だな。どんな人だったんだ?」
「ん~? …昔ナイフ教わった教官でな、イタリアの人なんやけど」
「え? お前外国語は無理なんじゃなかったんか」
「いや、その人が日本語話せたんや。っていうか、7、8か国語くらい話せるんやなかったかな?」
数年前に伊特殊部隊との共同訓練で出会い、それ以来金本の師匠であり目標でもあった人物。
金本が本格的にナイフ格闘の道に進んだのも、彼と出会ったことが切っ掛けだった。
「『レオン』に激似でさ、それで生徒からはジャン先生って呼ばれてたんやけど、アホみたいに強くてな。訓練じゃ結局一度も勝てんかったわ」
「そんなにか?」
「んん… せやなあ。ナイフだけだったら、今のワイならいい勝負できるかもな。
でも、初めて会った時はまだ現役だったんやけど、そん時すでに少佐やったからなあ」
「エリートじゃん」
「近接バリバリの部隊指揮官とか、バケモンかよ」
「まあ、ワイもあの人とだけは戦いたくはないわなあ」
遠い目をして話す金本に、ふと牧村が疑問を口にする。
「でも格闘教官って、そんなにないの?」
「…まあ、剣で斬り合ってたのが何年前だよって話やしなあ」
人類の闘争が白兵戦主体だったのはもう二世紀以上も前のこと。
除隊前、軍を始めとして他幾つかの組織でも仕事を探してもらったのだが、何せナイフや素手は銃に比べて使い物になるまでに時間がかかる。
それはつまり、兵士1人を育てるまでにかかる費用が圧倒的に増加するということだ。
更に、大体そう言った組織にはすでに”先任者”がいる。
幾ら腕が立とうが、それだけの費用をつぎ込み、既職の者を切ってまで近接格闘に比重を置く必要性は無い。
それが現代戦の一般的な認識だった。
「プロの刃物使いとか、僕はめっちゃ怖いけどね」
「しょうがないやろ。ナイフ持って殴り合いなんて、皆やりたくないんや。怖いし、汚れるし」
三人中二人が酒を飲んでいないのもあって、特に二件目三件目と梯子することも無く、終電にはかなり余裕を持った時間に解散となった。
「今日は誘ってくれてありがとう。また飲もうね」
「まあ、ワイらはノンアルやけど」
「ははは、次は酒飲んでよ~? 酔っぱらった金本とか見てみたいし」
「皆変わらねえな」
手を振りながらタクシーに乗り込んだ牧村を見送り、城山が言う。
それを聞きながら、金本は誰にともなく呟いた。
「…変わったさ。変わんねえものなんて、無いよ」
「? なんか言ったか?」
「いや、なんも」
城山も電車で来ていると聞き、駅に向かって二人で歩いていく。
しばらく当たり障りのない話題が続いていたが、街灯も人通りも少ない道に差し掛かった辺りから話題が途切れ始め、次第に沈黙が続くようになった。
暗い道を時折照らす車のライトに目を細めながら、金本はふと一年前のことを思い出す。
あれは確か、部隊が解散する少し前。
珍しく城山と二人任務に行った時のこと。
何を話したのか、なんてもうほとんど覚えちゃいない。
選択に対する不安を、先が見えない恐怖を、思い悩むことの苦痛を、何一つ分かっていなかった自分が、偉そうに説教垂れていたこと、今となっては、それがただただ恥ずかしい。
対等だと思っていた。
いや、ひょっとしたら自分の”力”にかまけて、見下していたのではないか?
かつて背中を預け戦った、尊敬すべき友人たち。
一年ぶりに会った彼らの姿は、当時よりもずっと大きく、輝いて見えた。
或いは、城山の言う通り、何も変わっていないのかもしれない。
何も考えず、ただ命令をこなして来た自分と、悩み考え、そして自分の意志で戦っていた彼ら。
元々その間には埋めがたい大きな差があり、それが当時は見えていなかっただけなのでは?
そういえば、あの時俺は「適材適所、人には人の居場所がある」みたいなことを言った気がする。
人生は椅子取りゲームだ。
それぞれのフィールドで、日夜人々が椅子を奪い合っている。
俺は今まで、全ての戦いに勝ってきた。
全てのゲームで椅子に座れた。
だから俺は、こうして生きている。
でも、戦場を離れ、社会に出た今、俺が座れる椅子は、もうどこにも見当たらない。
医者、教官、父親…
皆、自分の居場所を勝ち取ったんだ、この一年で。
置いてかれてるのは、俺だ。
こんな簡単なことに、俺は29年も気づかなかったのか。
何が元特殊部隊、何が戦闘のプロ、何が、…最強。
俺は、弱い。
ふと気が付くと、いつの間にか駅についていた。
「じゃあな。ワイこっちやから」
「……なあ!」
軽く手を挙げて新幹線の改札口の方に歩き出そうとすると、唐突に呼び止められる。
振り返ると、どこか思いつめたような表情の城山と、目が合った。
「どしたん?寂しくなっちゃった?」
いつも通り軽口を叩くが、反応が芳しくない。
「なあ、……お前、俺たちがやってきたことが間違ってないって、そう言ってただろ?
…一年、こっちで過ごした今でも、まだ、そう思ってるか?」
「ああ、思ってる」
城山も自分と同じ一年前のことを考えていたことに驚きつつも、金本は即答する。
自分が信じてきたあの日々を、仲間を、居場所を。
それらを否定してしまったら、もう自分には何も残らないから。
本当に、空っぽになってしまう気がするから。
誰の為でもない、ただ自分が自分である為に、それを肯定する。
「そう、か」
一瞬俯き、意を決したように城山が言う。
「お前の就職先、一個心当たりがあるんだが、どうする?」




