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1.名もなき戦士たち





1年前 地中海沿岸 モナコ公国



地中海らしい乾燥した潮風が吹いている。


現地時間で午後3時を少し回った頃。


外気温は22度、5月の平均と比べればやや高いが、十分過ごしやすい。


天気は快晴。


柔らかい日差しが、洗練されたデザインのビルが立ち並ぶ街並みと、高級クルーザーや豪華客船が所狭しと停泊する港を照らしている。


人口約4万人、総面積2平方キロメートルと少しという極小規模ながら、世界でも特に裕福な場所の一つとして知られる都市国家である。


観光を主産業としている有数のリゾート地故、

『地中海の宝石』と呼ばれる美しい夜景、数々の観光地、カジノetc.

見どころを上げればきりが無いが、それらを紹介するのはガイドブックにお任せしよう。



さて、視点を移して、発展した中心街から離れること2キロメートルと少し。


ここまで来ると公国からは外れ、隣国の仏領内なのだが、そんな些細な事情はこの際置いておこう。


石灰質の大地が波に侵食されることで形成される、やや傾斜の激しい丘の上。

そこに、”彼ら”は居た。



男が二人、

何もない丘の上に陣取り、ジッと遠くを窺っている。


奇妙な者達だった。


一見景色を眺めているだけの観光客にも見えるが、結論から言えばそうではない。


辺りを見回しても移動手段の類は見受けられず、それどころか、そもそもここから最も近い舗装路までそれなりの距離がある。


とすれば徒歩で来たとしか考えられない。


確かにこの位置からは例の港が良く見渡せ、その様は絶景と言っても差し支えない程だったが、それにしても熱心すぎる。


少し近づいてみると、やはりこの辺りの者では無いらしい。


黄色の肌色に、西洋人からすると幼く見える顔立ちは、東洋人のそれである。


更に、服装こそ一般人を装ってはいるが、彼らが普通の、言い換えれば堅気の人間でないことが分かった。


一人は片膝をついた姿勢で三脚に固定した単眼鏡を覗き込み、もう一人は地面に敷いた布の上にうつ伏せに転がっている。


何よりも、うつ伏せになった男の腕の中にある黒い銃器が、それを裏付けていた。



「なあ」

「ん?」

「ワイら、後どんくらいここに居りゃいいんや?」


相方の問いかけに、男は狙撃銃に載せた照準器(スコープ)を覗いたまま、面倒くさそうに答えた。


「そいつは奴さんに聞いてくれ。 向こうが動かねえ限り俺らは何も出来ねえんだからな」

「えぇ…… ワイちゃんもう帰りたいんやが、お尻痛いし」

「我慢しろ、任務中だろ」

「えー、ヤダヤダヤダ。 て言うか、今日の城ヤンなんかいつもより冷たいやんけ。どしたん、機嫌悪い? ワイで良ければ話聞いちゃるやで」


止む気配のない無駄口に狙撃手、城山健也(しろやまけんや)二等陸曹は舌打ちと共に十字線(レティクル)から目を離した。


と、隣で騒ぐ観測手、金本(かねもと)と目が合う。


と言っても、生粋の狙撃手として軍歴を積んできた自分とは違い、こちらは今回限りの即席の人員だ。



本来観測手とは狙撃手、ないしはそのための訓練を受けている見習いが担当することがほとんどだ。


狙撃に関する知識が無ければ、射撃観測に際し必要なデータを集められず、

万が一狙撃手の身に異常が生じ、任務の続行が困難になった場合、代わりに狙撃を行うこともある観測手の仕事は務まらないからだ。


一般に狙撃手(スナイパー)の存在ばかりがクローズアップされがちだが、それを補助する観測手(スポッター)も、十分な訓練を積んだ射撃の専門家(エキスパート)なのである。

………そう、通常は。



話を戻そう。


年甲斐もなく、TPOも弁えず、ヤダヤダ帰る~と駄々を捏ね続ける金本を前に、城山は大きなため息を一つ。


そして、不意に真顔に戻り、金本に質問した。


「お前…… いつも思ってたけど、緊張とかねぇのか?」

「え? チン長? なんやねん急に、ワイにそっちの気は無いやで」

「もういいよ」

「ちな1●㎝誤差±1㎝やで」

「知らねえよ! しかもマジで答えんなよ生々しい!!」

「あ、もしかして平時の話やった?」

「黙れ!!!」


全くである。


コンプライアンスに配慮し、下一桁は伏字にしたためどうかご容赦願いたい。


「スマソスマソ。で、なんやっけ? 緊張? しないやろ今更。仕事やで」

「聞こえてんなら最初から普通に答えろよ」

「それじゃ暇つぶしにならんやんけ」

「うぜぇ…… でも、そうか。お前、きっと向いてんだな。この仕事」

「まあ、天職やな」

「マジか…… 皮肉も通じないとか、マジで天職かよ」


少し話して満足したのか、理解出来ないものを見る目を向ける城山を他所に、金本は再び単眼鏡に目を戻す。


彼らの視線の先には、と言ってもその間の距離は1キロ近かったが、公国の港から少し外れた岬の先、そこに立っている一軒の建物が映っていた。



民家、とは思えないような敷地面積だが、駐車場の数や造りを見るに個人所有のもので違いないのだろう。


ゴルフが出来そうな広い芝生の庭に、屋根付きの車庫、プール、更に岬の先に設置されたヘリポートには、これまたプライベートのものと思われるヘリコプターが止まっていた。


どうやら屋敷の主は相当な富豪のようだ。


そして、銃を片手にそれを人知れず監視する彼らもまた、只者ではない。


狙撃手城山とその相棒金本、彼らは此処より遥か遠い極東の島国、その軍部に身を置く兵士だった。



と言っても、彼らの事情は一般的な軍人のそれとはかなり違っていた。


先ず、彼らの所属部隊であるが、これは公式にはその存在を公表されていない。


便宜上、『直接行動班(D A T)』という無機質な呼称が申し訳程度に与えられていたが、誰かにそれを尋ねられた際にも名乗ることは許されないし、所属する当人たちですら、その名を口にすることはまず無かった。


有体に言えば秘密部隊、そして彼らは、所謂ところのTier1(最深部)オペレーター(特殊作戦要員)と呼ばれる、精鋭中の精鋭の称号を得た存在なのだ。


若干一名、とてもそうは思えない者も混じっていたが……



監視対象である豪邸を眺めながら、そう言えば、と金本が口を開いた。


「それにしても、わざわざワイらがこんなとこまで来させられるなんて、一体何やったん?」

「………去年流行った新型インフルあっただろ」

「あぁ、なんか聞いた気するわ。 なんやっけ、アフリカの方で騒いでたやつやっけ?」

「そうだ」


前年冬、世界的に猛威を振るった新型インフルエンザ。


従来型では考えられない高い感染力と毒性を持ち、先進国ではそれほど目立った被害は無かったが、流行の中心となったアフリカ南部では1000人近い死者数を記録した。


これは同地域の例年の基準からは考えられない数字であり、致死率は通常のものの10倍以上だったとするデータもある。


そして年末。


場所は移って日本の東京港で、国籍不明のコンテナの中から多数の不審な容器が見つかる。


カプセルの中身は、例の新型インフルエンザの原体だった。



「容器にはボタン一つで中身を拡散する機能がついてたらしい。 当然、速攻警察がコンテナを抑えて事なきを得たが、もしウィルスがばら撒かれてれば、何人死んだか分らねえ」

「怖っ! 完全バイオテロやんけ…… でも、それと今回の任務に何の関係があるんや?」

「まあ、俺らにとってはここからが本題だな」


爆発的に流行したウィルスだったが、年が変わった1月、欧州のある製薬メーカーが新型のワクチンを発表する。


北半球ではメインの流行シーズンに入った矢先のことで、先進諸国での被害が少なかったのはこれの影響が大きい。


これを受けて同社の株価は高騰し、関係者は莫大な利益を手にすることになった。


「で、どうも話が出来過ぎてるってんで調べてみりゃあ、ドンピシャ。 例のコンテナを運んだ連中と、会社の役員の息子がやってるNPO法人との間に妙な金の行き来が見つかった。 おまけに同じ海運会社の船が、その半年くらい前にも中身の記載が無え積み荷を南アフリカに運んでやがる」

「なるほどねぇ、最初から全部仕組まれてたって訳やな。 …とすると、つまり、あの豪邸の持ち主は」

「その製薬会社の経営幹部だな」


しかし、いくら事件に関与していようと、相手は欧州でも指折りの大企業。


政財界へのパイプも太く、国としては公に敵対することは避けたい。


そう言った事情から、表向きは存在しない、彼らのような集団にお鉢が回ってきたのである。


目には目を歯には歯を、後ろ暗い事件には後ろ暗い部隊を、という訳だ。


「………って、これ全部作戦前のミーティングで説明してたことだからな。 一体何してたんだよお前」

「寝てた☆」

「ぶん殴っていい?」


コイツとバディでうまく任務をやり遂げられるのだろうかと、その大きすぎる不安を吐き出すように、城山は深く息をついた。






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