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犬になった日  作者: 秋元智也
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第三十一話

病院では彰が書類にサインした事で、書類をまとめると礼子

はそのまま出て行った。


玲那はまだ残っていくらしかった。


「玲那さん…学校はいいの?」

「平気よ、それより…気分はどう?」

「まぁ…だいぶいいかな…」

「そっか…」


話が続かなかった。

いつもはお互いあまり干渉しないので上手く行っていた。

こうやって部屋に二人きりなんて久しぶりだった。


「あ、あのね…戻ってきてくれる?」

「…」

「あ…嫌だった?ごめんなさいね。私…彰くんの気持ちも考え

 ずにいつも脅していたでしょ?本当は出ていかれるのが怖か

 ったの…」

「それは…どういう…」


玲那は自分の目の前で両手を握りしめると歯痒そうに俯いた。

言いたい事があるのに、上手くいえない…そんな様子でもあっ

た。


「僕は…誰かの代わりじゃ…」

「違うわ!私が探していたのは…伊波彰という人物よ。昔のよ

 うに純粋な目で私を見てくれなかったらどうしようとは思っ

 たけど、別人なんかじゃない。一緒に暮らしてみて分かった

 の…貴方で間違いないって…」


過去の自分に優しくしてくれたのは、打算でもなければなんで

もない。

ただ、思うがままに助けてくれたんだって思えたから好きにな

った。

そして、今もそうだった。


どんな境遇にあっても、捻くれず真っ直ぐで、ただ不器用で。

そんな彼だからこそ、玲那も好きになったのだ。


「借金なんて関係ないの…初めから私の婿候補として連れてき

 てもらったのよ。たまたま、借金のかたに売られそうになっ

 ていたのは誤算だったけどね…」

「…ぷっ…はははっ…そっか、なら…僕は逃げれるんだ…こんな

 自分から」

「彰くん?」

「もう、うんざりなんだ…ずっと我慢してきた…きっと僕が我慢

 すればいつかはなんとかなって、普通の生活に戻れるって…父

 さんもちゃんと働いてくれて…母さんだって帰ってきてくれる

 って…幻想だよな…叔母さんに罵られたって、暴力振るわれた

 って、僕が我慢すればって」

「彰くん…」

「もう、嫌だ…奪われるだけの人生なんて嫌だ…周りに干渉され

 たくない」


ずっと我慢してきた分、想いが溢れ出したのだろう。

玲那が彰にそっと手を差し伸べた。


「私の手を取りなさい。絶対に悪いようにはしないわ。私の持っ

 てる全てをあげる。名声も、富も、全てを手にできるのよ?」

「それは…なんか違う…」

「違わないわ、君は…私が唯一選んだ男よ?」

「僕は…何もいらない、ただ、自由に生きたい…それだけなんだ」

「今のままじゃ自由は手に入らないでしょ?でもね、私と一緒な

 らなんでもできるの。どこに行くのも自由だし、好きな事をす

 ればいい。お金だって自由に使えるわ」


彰は首を振って否定した。


「誰かのモノになるんなら、今までと一緒じゃないか?」

「違うわ。これからは貴方だけの人生を送れるの。今のままじゃ

 強い人に搾取されるだけよ。私の手を取って。私を利用しなさ

 い」

「…」


ただじっと眺めると手を差し出そうとして、途中で止めた。

迷いが抜けないのだろう。

玲那は覚悟を決めると自分から彰の手を握りしめた。


「貴方の世界は今からいっぺんするわよ。ようこそ、新たな世界

 へ」

「…」


ただ黙ったまま玲那に手を引かれるように握りしめたのだった。



それから、本当に世界が一変した。


玲那を見てアピールしていた男達が、一縷の望みすら断たれた

のだ。


次期社長候補兼、玲那の恋人、そして婿候補と正式に発表され

たからだった。


彰を育てたと、主張してそれまでの養育費をたかりに来た叔母

には不当な暴行と、虐待、殺人未遂までの罪を出してしばらく

は取り調べに応じてもらう事になるだろう。


学校では、彰に反論出来る者などいなくなった。

逆に擦り寄ってくる人が毎日のように話したそうにしている。


玲那と仲良くなれなくても彰と仲良くなれば、未来は安泰だと

でも考えたのだろう。


だが、そんな奴を相手にする事はなかった。


今まで通りの関係しか、気を許さない。

そのスタンスは変わらなかった。


「彰くんらしいわね……」


玲那も今まで通りの態度を崩さなかった。

唯一変わった事と言えば、学校でも彰に話しかけたり、笑い

かけたりするようになった事だった。



「どうしたの?彰くん……?」

「なんでもないよ……本当に自由にしてていいの?まだ借金だ

 って残ってるのに……」

「それはいいって言ってるじゃん。私の旦那になるって事は、

 この界隈の企業の頂点に君臨するのよ?もっとしっかりし

 てよね!」

「う……うん。」

「いつでも頼っていいんだからね……私がついてんだから、

 しっかりしてよ。自分に、もっと自信持って」

「そうだね……玲那に恥じないような生き方をしないとな……

 これからが、新しい人生の始まりなんんだからさっ……」


彰は前を向いて行こうと決意するのだった。


前のように諦めたりしない。

今は一人じゃないのだから。

きっと上手くいく。


両親のように子供を見捨てたりしない。

ちゃんとした家庭を築いていくんだ。

玲那を幸せに、自分を選んでくれた事を後悔させない。

そんな人生を歩んでいくんだ。


そう自分に誓ったのだった。

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