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犬になった日  作者: 秋元智也
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第二十九話

そこには彰の書いた文字が並んでいた。


『誰にも会いたくない』と言うのは本心なのだろう。

そして、最後に『助けてほしい』と言うのは、彼からの緊急信号

なのだ。


助けを求める相手がおらず、いつ消えるかわからない灯火だけで

長らえている彼の、ほんの少しの勇気だったのだ。


「分かりました、今日は帰ります。明日改めて来ます。その時に

 は彼に伝えて欲しい。私達は貴方を傷つけるつもりはない…と」

「そうですね、明日にしてもらえるとありがたいです。彼も今は

 動揺していることでしょうから」


病院を後にすると、すぐに会社へと戻っていった。


「お母さん、いいの?帰って…」

「今日は仕方ないわ。それに、今会ってもきっと話す事は無理で 

  しょ?まずは玲那も今後の事を考えないとね。それにお父さん

 にも相談しないといけない事になりそうね」


会社のことは全て母親の礼子が取り仕切っていた。

父は甘い人なので、すぐに信用してしまう。

だから母がしっかりと人を見て選別をする。


それが、大西財閥が上手く立ち回ってこれた現実だった。

礼子は会社の手伝いとばかりに彰に経理の書類をつくらせていた。

会議資料や、データの集計。

やらせた事はどれも、重要な数字が書かれていたものだった。


顧客名簿もそのうちの一つだ。

彼が悪用しようものなら、たちまち会社が立ち行かなくなる。

そう言いった仕事をバイトと言ってやらせていたのだ。


ちゃんとこなしていた彼には礼子も好感が持てた。

だからこそ、玲那が彼を探していた時に彼の周りを調査したのだ。


家庭環境、金銭感覚、親兄弟、そして…本人の友人関係。

それに関しては危惧するような事はなかった。


なぜなら、友人という友人がいなかったからだ。


常に一人でいる事が多く、いじめの対象だった事もあった。


これには両親の事が絡んでいるが、それでも負の連鎖から抜け出

せなかったのも事実だった。


それを踏まえて見ても、彼は信用できると感じた。

だから一緒に住まわす事も許した。


父親は断固反対したが、礼子が黙らせた。


礼子のお眼鏡に適うならと引き下がってくれたようだった。

が、今度はしっかり紹介して家族にしようと思っている。


彼ならこれから支える立場として申し分ない。

まずは明日、しっかり話をしよう。

そして、彼の意思を聞こう。


身内と完全に縁を切って、新たに玲那と縁を結ぶ。


彼を守るにはこれしかなかった。

彼が『助け』を求めるのなら、今!この時に手を差し伸べるのがいい。


玲那を見ながら、高校での立場を考えなければならなかった。

高校生で婚約者ができると言う事は、そう言う事なのだ。




医師に助けを求めてから、誰も病室には入って来なかった。

安堵した彰はそのままゆっくりと背もたれを倒していった。


身体も心もボロボロで、今は何も考えたくなかった。

また、酒井の親子が来たらどうしようか?

とか、連れ戻されたとしても、きっと若菜の我儘で自分を落とし入れる

のだろう。


目的がわからないので、対処の使用がない。


自分に敵対心を持っているからあんな事をして自分を虐めるのか。

それとも、別の糸があるのか?


理解し難いが、最初は何度も悩まされた。

結局は自分を憎んでいると位置付けて考えるのをやめたのだった。


その頃、酒井の家では若菜が母親に食ってかかっていた。


「なんで連れて行くのよ!あきらお兄ちゃんを早く連れて来てよ!

 私達家族でしょ?」

「あんな子要らないじゃない、だって貴方に酷い事をしたんでしょ?」

「それは……でも、それでも反省させなきゃでしょ!」

「若菜に傷を負わせるような子なんて…」

「だったら、ずっと犬のように飼えばいいじゃん、外に出さなければ

 いいだけだし。どうせ友人もいないでしょ?」


若菜の執着に母の桐子も困っていた。

どうしてこの子はここまでこだわるのか?


確かに顔は悪くないけど、あんな子を庇う必要もないし、近くに置く

事さえ気持ちが悪い。


けれど、さっき来た弁護士だと言った女性は彰を欲しがっていた。

そこまで欲しがる理由がわからない。

もし、欲しいのなら金で売ってしまえばいい。


いっそ、ある程度の金額をふっかければ、言い値で買い取るのでは?

金にもならない子供が大金を産むかもしれない。

桐子はそっちのがいいと考えていたのだった。

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