第二十二話
保健室の天井を眺めながらぼけ〜としていると視界に
見慣れた顔が映った。
「気分はどう?」
「…別に…ただ転んだだけ、だから…」
「そう…ラケット新しいのを買っておくわ」
「…」
「テニスは面白い?」
「…」
もうやりたくないし、いきたくない。
そう言えたらどんなに楽か…
「昔ね、私迷子になったの。そしたら同じくらいの男
の子がね、家に帰らない私を見て一緒にいてくれた
の。夜遅くなってもずっとそばにいてくれたの。金
持ちの子供っていうレッテルがなくても、ちゃんと
私を見てくれる子を私は探してるの…」
「なら…その子を探せばいいんじゃないですか?」
「探したわ。名前しか知らなかったから…」
「見つかったんですか?」
「うん…見つけたわ。やっぱりお金の力ってすごいで
しょ?」
「そう…ですか…」
「うん。それでね、彼を家に連れてこようって思った
の」
「…!?」
いきなりの言葉に驚き身体を起こした。
それは当然自分が要らなくなると言う事だったからだ。
「荷物は…いえ、すぐに出ていけばいいですか?」
「何を言ってるの?」
「その人を家にいれるなら…僕は邪魔ですよね?それと
も、その人の身の回りの世話をしろと言うんですか?」
「ちょっと待って…違うわよ!私が言いたいのは…」
「僕は要らないのでしょ?僕は…生きていたい…借金は絶
対に…どれだけ時間がかかっても返すので…」
「違う!彰くんでしょ?私があったあの時の子って…」
何を言っているかわからなかった。
そんな記憶は全くない。
「知りま…せんよ…」
「嘘よ!だって、あの時…」
「そんな事をした記憶はないし、あった事はないです」
過去の玲那の記憶がただ美化されただけだろうか?
それとも、調査会社のミスなのだろうか?
「嘘…でしょ?」
「嘘も何も、僕にはそんな記憶はないですし…」
「…」
戸惑っているのがわかる。
たぶん、勘違いして助けてくれたのだろうか?
それなら悪い事をしたかもしれない。
が、それでも…ここで諦めるわけにもいかない。
「家からはすぐに出て行く。だから…」
「いえ、しばらくはいてもいいわ。ちょっと考えさせて」
玲那はそのままスッと立つと出ていってしまった。
彰が家に帰ってきた時には母親も来ていた。
「あ…あの…」
「彰くん、ちょっと待ってね。新しく部屋を用意するわ。
そっちに移動してくれる?」
「はい…」
「今日の分の仕事はしなくていいわ。これまでの分は口
座に入れておいたわ」
「あ、ありがとうございます」
少ない荷物を持つと別に取ってもらった部屋へと移動した。
ドアの向こうでは何やら言い合っているようだった。
彰が帰ってきて、そのまま出て行く間も、玲那は母親に講義
していた。
「調査会社のミスなの?ちゃんと調べたの?」
「いい加減にしなさい。彼、いい子じゃない?ダメなの?」
「だって…あの時の子じゃないって…」
「それは忘れているだけじゃないの?何度も調べても結果は
一緒よ?」
「でも…」
「私も調査内容は把握してるわ。間違いないし、記憶違いじ
ゃないわ」
玲那はあの時の子が彰だと、ずっと思っていたからそばにお
く事にしたのだ。
だが、別人なら話は別だ。
いくら、おとなしく無害といえど、こんな気持ちは裏切り行
為だ!と思ってしまう。
一緒にいるようになってから、彼の事が気になり始めていた
からだった。
それだけに、別人なら悔しいと思う気持ちが強くなってしまう。
朝クラスで玲那は彰の席を眺めた。
まだ来ていなかった。
昼になっても登校しては来なかったのだった。
スマホに電話しても出ない。
「一体、なんなのよ。でなさいよね…まだ私が主人なんだから…」




