第二十話
翌週、学校へ行くとクラスの女子の視線がいつもと違って
いる気がする。
気のせい…ではないようだった。
「あっきらくーん?今日はイメチェン?すっごくいいじゃん!」
「なんの事?」
「気づいてないのか?髪切ったでしょ?それに…髪の色も明
るくなってるし、それに…ボサボサだったのがサラサラに
なってるじゃん?前髪も切ったせいかスッキリしてて爽や
か系?」
「そんな事は…」
「おはよう、伊波…イメージ変わるもんだな〜」
後から入ってきた有坂までもが和泉のように茶化してくる。
そう思っていたが、満更でもないらしい。
「中学ではモテてだろ?」
「それはない…寧ろ…いや、なんでもない」
いじめの対象になっていたなど言いたくなかった。
テストも終わったので、また部活が始まる。
『部活に行く』のは『命令』なので拒否権はなかった。
「はぁ〜行きたくないなぁ〜」
どうしても口に出てしまう。
曽根崎先輩にバレなきゃいいけど、あれだけ睨みつけられて
いたのだからバレずに今まで通りというわけにはいかないだ
ろう。
授業が終わってホームルームが終わりみんな慌ただしく廊下
を通り過ぎていく。
彰もまた、荷物を持つとそのまま部室へと向かう。
この前の暴行事件の後で、一年にもチャンスをという事で、
ラケットの素振り以外にも対戦形式でコートに入る事を許
されたのだった。
「お!早いじゃん」
「伊波くんか…身体は大丈夫なのか?」
「平気、平気。でも…あれを撮ったのって誰だったんだろう
な〜」
彰にも分からない。
毎日のような暴力に耐えるだけの毎日が終わって、普通に話
せる友人もできた。
それもテニスが上手いので、今はもっぱら友人になった小金井
に教えて貰っているのだった。
先に着替え終わった小金井が出ていってしばらくして、誰かが
来たようだった。
「おい、伊波ってお前だったのか〜!」
開いたドアから入ってきたのはイライラした曽根崎先輩だった。
「あ、はい。曽根崎…せんぱ…い?」
「よくも騙してくれたな〜。お前、大西玲那と付き合ってるの
か?」
「いえ、そういうわけではないです」
「なら、なんで腕を組んで歩いてんだ?それも俺は拒絶されたっ
てのに…」
それは、いくら誘っても断られる自分の行いを見直せばいいのだ
が。
そんな事は微塵も考えないらしい。
「おい、これ…買って貰ったのか?」
「ちょっと、やめてください!」
ロッカーの中から見えていたラケットを掴むと引っ張り出した。
有名なメーカーの物で、一般的には手が出ないはずだった。
曽根崎ですら買えなかったやつだったらしい。
「くそっ、なんでお前が持ってんだよ!」
思いっきり床に叩きつけるとバキっと音がして枠組みが欠ける。
そして次に叩きつけた時には枠ごと壊れてしまった。
「そ、そんな…」
「こんな身分に合わねーもんを持ってるからこうなるんだ」
「酷いじゃないですか!これは…貰ったものなのに…」
「そうだろうな〜、お前じゃ一生手が出ねーよ!」
ギッと睨みつけると、余計に曽根崎に火をつけたらしい。
「生意気な後輩は躾けてやらねーといけねーよな?」
「なっ、は、放せって…」
髪を鷲掴みにすると引きずるように外へ出ていく。
誰もいない裏まで来ると思いっきり殴りつけてきた。
頬が熱い…それ以上に痛い。
ギリギリと髪をがっしりと掴み上げられると皮膚がつって髪
ごともがれそうで不安になる。
「金輪際、玲那には近づくな!あれは俺の女だ!」
「断る…うっ…カハッ……」
蹴り飛ばされると地面に蹲った。
苦しさに息ができない。
動けない。
ここで下手に動いたらダメだ。
頭の中では分かっている。
反撃して長引かせるのは良くない。
それでも、怒りが込み上げてくる。
理不尽さに…傲慢な態度に…。
そして…玲那を自分の女と言った事に腹がたった。
自分は所詮犬だ。
買われた時から、人間ですらない。
命令と言われれば逆らえない。
自分の命さえも自分ではどうにもならないのに、未来など考え
られるわけはない。
心は荒んでいく。
全身が痛みを訴える。
動かなくなるまで殴る蹴るの暴行に、身体中の骨が軋んだのだ
った。




