第一話
学校から帰ると、誰もいないアパートの鍵を開けて中に入った。
中はカーテンが閉められていて薄暗い。
今が夕方という事もあってか外では買い物帰りの主婦が世間話に
花を咲かせている。
「はぁ〜…」
彰はため息を吐き出すと鞄を投げ捨てキッチンへと戻ってくる。
1DKのアパートなので寝室以外は主にキッチンになっている。
制服を脱ぐと着替えて冷蔵庫にある期限切れの弁当を温めて食べた。
すぐにシャワーを浴びて出て行く。
近くのコンビニのバイトだった。
生活費は母方の両親が払ってくれるが、生活費はびみたるもので食
べ盛りの青年には非常に少な過ぎた。
バイトをして食費に当てる分を稼いでいた。
夜勤は未成年には無理だと言われ、学校から帰ってから9時までと
いう短い時間になってしまう。
友人と遊ぶお金も、時間もない。
普通なら…両親が揃っていて、母親は近所のおばさん達と世間話を
しながら夕飯の準備をしていて、キッチンからはいい匂いが漂って
くる。
夜になると父親が帰ってきて、ビールにおつまみで晩食しながら談
笑し合う。そんな普通の家庭に憧れていた時もあった。
が、実際は違う。
母親は他所に男を作って帰ってこない。
父親はギャンブル好きで借金を作っては母の実家に駆け込む。
息子はほったらかしだった。
最初、彰が小さい時はこんなではなかった。
父親の会社が倒産してから、人が変わったかのように変わってしま
った。
その頃からだろうか?
母が他所に出て行ったまま帰ってこなくなったのは…
家族がバラバラになってしまって、一時期…彰は不登校になってい
た。
給食費も払えないせいで、クラスでも浮いてしまっていた。
学校に行くたびに先生にお金のことで言われるのが嫌で学校自体に
行けなくなったのだ。
ネットを繋げば勉強は出来る。
小学校で習うような事はそれほど学力に大差は出なかった。
中学に上がって、母親の両親が現状を知ってから援助してくれるよ
うになった。
そのおかげか、やっと普通に学校へと通えるようになった。
それでも差別的な言葉は絶えなかった。
そして、今高校に入学して新たな一歩を踏み出そうとしていた。
朝は、冷蔵庫に入れておいたパンをチンして食べるだけ。
ジャムなどはない。
お茶は沸かして多めに作っておく。
水筒に入れると学校へと向かった。
「よ!あきら〜おはよ〜」
「おはよ。和泉くん」
「なんだよ〜他人行儀だな〜将司でいいって!まーくんでもいいぜ?」
「おーい、まー坊。朝練で忘れもんだぞ〜」
「おー!さんきゅ」
同じクラスになった時に隣の席という事で知り合った和泉将司だった。
馴れ馴れしい性格のせいか友人も多い。
「伊波、大丈夫か?まー坊に今日も絡まれてただろ?」
「うん、平気だよ」
「嫌なら言えよ?」
「うん…」
心配して声をかけてくれるのが、和泉の友人の有坂裕だった。
「有坂くんも朝練あったの?」
「いや、俺はまー坊みたいに野球部じゃないからな。将棋に朝練な
んていらんからな、どうだ?入ってみないか?」
「う〜ん、遠慮しておこうかな…」
彰と同じ小中と被っている人がいなくてホッとしていた。
昔の自分を知る人間とは会いたくなかったからだ。
家の事もそうだが、昔の自分を知られたくなかった。
「中学とか何かやってたのか?」
「うんん、何もしてないかな〜」
「そっか、なら高校では色々とやった方がいいぞ?可愛い子も多い
しな」
そう言って指さしたのはこのクラスのマドンナ的存在の大西玲那だ
った。
大西物産の社長令嬢で、数十億という経済効果を生み出す会社だと
言われている。
そんなところの令嬢がなぜ?
と思うが、それは個人的な事情なのだろう。
下手に詮索する気はない。
今週に入ってからだけでも何人も玉砕している。
今はCMにも使われており、知らない人はいないほどだった。
そのうちは女優か?
とも噂されているほどだった。
顔もいい、性格もおっとりしていて誰をも虜にしていく。
しかし、全てをやんわりと断り、もしかしたら許嫁がいるという噂
がささやかれるほどだ。