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雨宮茜

 麻里花の側付き――茜が言い放った衝撃の告白に、祐馬は開いた口が塞がらないでいた。  


 こんな嘘をつくはずがない。ではあれば場所を変えてわざわざ二人きりのときの状況を作る必要なぞないのだから。そうしたということはこれは現時点で祐馬にのみ伝えたい情報。つまり真実であるという証明以外の何物でもない。


「あ、雨宮と姉妹なんですか?」


 理解が追いつかず脳を必死に回転させている祐馬が目を白黒とさせながら茜に問いかけた。


 本当にそうならば色々と疑問点が浮かび上がってくる。一つ一つ茜に問いただしたいくらいなのだが、まずこれだけは聞いておかなければいけない。


「本当に姉妹なんですか?」


 祐馬が同じことを問いかけたのはもちろん理由がある。麻里花と茜。二人は全く持って似ても似つかないからだ。


 確かに二人とも歩けば周りの目を引きつけるほどの美人だ。だがその系統があまりにも違いすぎる。顔の彫りから雰囲気まで姉妹ならどこかしら似ているものだが、麻里花と茜は似ているところが一切ない。


 もちろん似ていない兄弟姉妹だっているだろうし、そうだと言われればそれまでだが、これだけはどうしても聞いておくべきことだと思った。


「はい。姉妹ですよ。血の繋がっていない姉妹ですけどね」


 注文したコーヒーが茜の元に届けられ、砂糖とミルクを入れてかき混ぜると、味わうようにそれを一口。飲み方一つとっても絵になるくらいに美しかった。マブカップから口を離して小さく吐息をこぼしながら、茜は口を開く。


「色々と複雑な上に話が少々長くなりますが構いませんか?」

「……はい」

「ありがとうございます」


 元よりそのつもりで祐馬は今この場にいる。

 麻里花がなぜあんなことを言ったのか、時折り覗かせるあの泣きたくなるような暗い表情はなんなのか、その正体が少しでも分かるのならば、どんな話だろうと一言も聞き漏らさないように、聴覚に神経を注ぐ準備をする。


「その前に俺からも一ついいです?」

「なんでしょう?」

「前は答えられないって言ってたのに、なんで今は話せるんですか?」


 家庭のことは部外者に一切話すな、なんて決まりがあったなら頷けるが、だとしたら今この場で話そうとしていることは、前の言葉と矛盾している。


「わたしは今は答えられないって言ったんです。話すことができないとは一言も言っていませんよ」

「何か理由があったんですか」

「……そうですね。これはわたし自身の自分勝手な理由ですけど」


 夜に会った日から今日の間で、茜の中で何かしらの心情変化があったということだろうか。

 茜の答えに祐馬は目を丸くするも、茜は気に留めることもなく、話を始める。

 

「まず初めに、わたしと麻里花さまの関係についてです。先ほども言いましたが、わたしたちは血の繋がっていない姉妹です」

「親同士の再婚……ということでしょうか?」


 この線が一番妥当だろう。だが雨宮家にも面子というものがある。本家の印象的に再婚相手も子ども連れというのは世間的にはあまり印象は良くないのではないだろうか。そもそもそれを雨宮家で許すのだろうか。


「いえ。わたしは父と母とも血は繋がっていません」


 返ってきたのは想定の斜め上を通り過ぎるような言葉だった。どちらとも血が繋がっていないということはつまり――答えは一つしかない。


「それって……」

「はい。思っていらっしゃる通りわたしは養子です」


 衝撃の告白を続ける茜は至って冷静で、静かに淡々と告げる。確かに養子ならば両親とも麻里花とも血が繋がっていないことは頷ける。


「十年前、雨宮コーポレーションは現在携わっている事業分野の他にもう一つ別の分野に力を入れていました。それが――」

「孤児院、児童養護施設の支援ですよね」

「よくご存知で」

「少し気になってもので調べさせてもらいました」


 あらゆる分野で国内外に多大な貢献を果たしている雨宮コーポレーションは十年前、それぞれの事情で親元を離れて施設で暮らす子どもたちが十分な教育を受けられるように、多額の寄付や支援なども精力的に行なっていた。が、それも十年ほど前にピタリと止まり、その後撤退したと記録されていた。


「わたしは片親で、母親も三歳の時にわたしを置いて男の人とどこかへ行きました。もちろん行き先なんて知りません。気がつけば施設で過ごしてました」


 感情を抑えた静かで低い声で、茜は続ける。

 何事もないように話しているが、当たり前のように続くと思っていた生活が崩れ去るなんて、一体どれほどの恐怖が幼少期の茜を襲ったのだろう。


「それから数年の月日が流れたある日、あの二人がわたしのいる施設に現れました。その二人こそがわたしの、麻里花さまのご両親です。当時、前社長だった祖父から会社を引き継いでいた父は結婚してもう数年経っていたそうなのですが、中々子供が出来づらかったらしく、誰か一人養子をとろうと考えていたそうで、それでわたしが迎え入れられたということです」


 茜の表情に光が宿る。

 麻里花の両親、のちに自分の両親になった二人が、茜には救世主にでも見えたのだろうか。


「そこから数年、わたしに妹ができました。麻里花さまが……麻里花が産まれてきてくれたんです。わたし、兄妹に憧れがあったので産まれてきてくれたときは本当に嬉しかったなぁ……血は繋がってなくても、麻里花はわたしが守ろうってそう思わせてくれました。本当に楽しい時間でした」


 茜の口から始めて、麻里花という言葉が出た。

 それは側付きとしてではなく、麻里花の姉としての言葉が聞けたような気がした。


「ですが、その時間も長くは続きませんでした」


 が、輝いていた表情に影が差し込んだのはそう時間もかからなかった。


「出張に出向いていた父とその付き添いでついていった母は不運な交通事故で亡くなりました。わたしが十二。麻里花が五歳だったときです」


 息が詰まりそうになる感覚が祐馬を襲った。

 手にあった幸せが無理やり奪われて、取り残される。しかも二人はまだ幼い子供。ましてや茜は二度目の経験。いつ精神が壊れてもおかしくない状況だったのは間違いない。


「そこからは父の弟が社長として雨宮コーポレーションを引き継ぎ、そこから会社は変わりました。そしてわたしたちの扱いも」

「それってどういう――」

「書類上、わたしたちは父の弟夫婦の養子となりましたが、最低限の会話以外あとはまるで空気のように扱われていました……いえ。今思えば衣食住を与えてもらって、手を上げられなかっただけマシだったと思うべきでしょうか」

「ち、ちょっと待ってください」


 語られる急展開に、いよいよ祐馬の脳が追いつかなくなってくる。いつの間にか届いていたハンバーグセットにも目もくれず祐馬は汗をかいたコップを口をつけて、脳を冷やす。


「ご両親が……亡くなったことは分かりました。でもなんで――」


 茜と麻里花がそんな扱いを受ける筋合いはないはずだ。むしろ社長の娘として丁重に扱われるべきだとすら思っている。

 祐馬の途中で切れた問いかけを理解した茜は、その理由を告げる。


「父は母との結婚を反対されていました。父の結婚相手として用意されていたのは取引先の社長の娘――」

「政略結婚ってことですか」

「はい。ですが父はそれを蹴って母と結婚しました。それが理由です」


 おそらく会社としての規模を大きくするのが目的だったのだろう。会社の利益を優先するために当人の意思も無視して。


「今どき政略結婚って……一昔前の貴族とかじゃねぇんだから……」

「その一昔前のことが今でも当たり前だと思い込んでいる輩が、この世界にはまだまだいるということです。取引先とのやりとりは中止。内部反発がありましたが、父は経営者としてそれ以上の数々の実績を上げて実力で黙らせてきました。わたしたちが何事もなく過ごせていたのもその恩恵があったからです」


 だが、その恩恵は失われた。

 周りからは裏切り者の娘と拾ってきた養子。社長の娘という肩書きがなくなった以上、丁重に扱う義理などない。


「なんですかそれ……」


 会社にとって利益になる結婚を破談して好きな相手と結婚したから。会社の名前に泥を塗った人の子供もそれと同義だから守るものがなくなった途端、いないように扱った。


 そんなふざけた話があっていいわけない。

 少なくとも茜と麻里花には全く関係のない話だ。それなのになぜ彼女たちまで巻き添えを喰らう必要があるのだろうか。


「葬式の日。参列者たちは憐れむように、中には蔑むようにわたしたちを見てくる中で、麻里花はただ泣いていました」


 そのとき決めたんです、と茜は目力を強くして祐馬を見つめる。その迫力に祐馬は思わずたじろぎそうになった。


「いつ麻里花が会社に利用される日が来るのか。遅かれ早かれ麻里花に魔の手が伸びてくるのは分かっていました。だからわたしは、雨宮家の手足になることに決めたんです。麻里花を、たった一人の妹を守るために」


 その言葉にはもう何も失わまいという茜の強い信念のようなものが感じ取れた。

 

「麻里花は血筋上、雨宮家の正統なお嬢様です。

立場は麻里花の方が上、麻里花を支える立場になると決めた以上、呼び方も変えた方がいいと思いました」


 茜がさまを付けて麻里花を呼んでいる背景には、それだけの覚悟が隠されていた。


「麻里花を支える側付きとしていられるように、できることは全てやりました。時間はかかりましたが、成果を上げて仕事ができる人間と評価されるぐらいにまでなってやっと麻里花を守れるようになったと思ったときには――麻里花の心は誰も入れぬように固く閉ざされていました」


 自分の行いを責めるかのように溢れ出しそうな感情を抑え込みながら祐馬に語り続ける。


「麻里花を一人にさせてしまった。あれだけ甘えたがりだったあの子が誰にも甘えなくなった。甘えられる存在がいなかったから。わたしは、ダメな姉です。妹を守ると決めたのに結果として麻里花に寂しい思いをさせて孤立させてしまった。わたしは姉失格です」


 ああしておけば。こうしておけば。次々とよぎる可能性に後悔の念を募らせていた。


「ですが最近、麻里花と会って話をするとき一条さまが話題に出てくるんです。そのときの麻里花少しだけ昔の元気なあの子に変わるんです」

「そうなんですか?」

「はい、だからあなたにならこの話をしても大丈夫だと判断しました」


 だから、と茜は深々と頭を下げて、


「麻里花とこれからも仲良くしてあげてください。あとそれと――」


 麻里花の姉として、そして支える側付きとしての強い願いがこもった言葉ともう一つ。祐馬に送った。

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