告げられた言葉
「祐馬くん。ちょうどいいところに戻ってきた。ちょいちょい。あっち見てみ」
少し休憩を終えて戻ってくると、柊木から来い来いと手招きされてホールを指差した。
客の入りは休憩前と比べて落ち着いたように見えるが、店内は先ほどよりも騒がしい。来店客というよりはここで働いている従業員が一定の方向を見ていて、何やら話しているようだった。
「なぁ。左側に座ってる女の子可愛くね?」
「俺は向かいに座ってる子の方が好きだな」
彼らが言っていたのは窓際のテーブル席に座る二人の女性だろう。目の保養となる彼女たちを遠目で眺めながら男性従業員はどちらが好みかを言い合っていた。
「二人とも綺麗で可愛いね。見たところ祐馬くんと同い年くらいじゃない?」
「同い年っていうか学校の友達です」
二人が気になった柊木に尋ねられたので、祐馬はさらりと事実を告げる。
あのテーブル席に座っているのは麻里花と聖奈で、楽しそうに談笑を交えていた。お世辞抜きにして美人な二人がお洒落をしているのだ。可憐に咲き誇る花二輪に目を奪われるのも無理はない。
「えっ、祐馬くんの友達?」
「そうです」
目を大きく開いて事実確認を行う柊木の問いかけに首を縦に振ると、いつもみたいに祐馬を揶揄うような表情へと変わっていく。
「あんな美少女たちと仲良くしてるくせに彼女いらないですってどの口が言ってんだー」
「別にいいでしょうが。それに片方は彼氏いますし」
「もう一人の子は?」
「知らないです。いるって情報は聞いたことないですけど」
「へぇー」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる柊木から祐馬は少し距離をとる。「すみませーん」とタイミング良く聖奈が手を挙げていたので、逃げるかのように祐馬は注文を取りに向かった。
「いらっしゃいませ」
慌てた様子をひた隠して平然を装った祐馬は麻里花たちが座るテーブル席へと向かうと、聞き慣れた声に顔を上げた麻里花たちは目を丸くしていた。
「あれ?一条くん今日バイトの日?」
「本当は休みだったけど急遽出勤することになったんだよ」
「そうなんだ。お疲れさま」
休日に働く祐馬に聖奈は敬意を示して労いの言葉をかける。「ありがと」と祐馬もかけられた言葉を受け取った。
「それにしてもそのバイトの制服、カッコいいよね」
「そうか?普通だと思うが」
祐馬が着ている男性用の制服は基本黒で統一されていて、黒の長袖シャツの上にはストライプ柄のベストを身につけている。
誰にでも似合う黒色の制服なので恥ずかしくないとは思うがかっこいいかと言われると少し疑問。
「わたしはいいと思うけど。まりちゃんはどう思う?」
「わ、わたしですか?」
聖奈はこれまで一言も発することなく押し黙っていた、向かいの席に座る麻里花に話を振った。
戸惑いながらも麻里花は見定めるようにジッと見つめる。見ているのは制服であって祐馬ではないのに、向けられる視線がなぜか気恥ずかしく感じた。
「その、似合ってると思います。その制服……」
「……どうも」
恥ずかしそうに呟いて、麻里花は俯いてしまった。制服がカッコいいかの話だったのに制服を着ている自分が褒められたような気がしたので、祐馬は短い返事を返したあと、目を逸らした。
「ふーん。へぇー。なるほどね」
「何がだよ」
「ううん。気にしないで。こっちの話だから」
何か理解したようにうんうんと首を振る聖奈に祐馬が問いかけるも、笑顔で躱された。
詰めることもできたが、なんとなく嫌な予感がした祐馬は軽く咳払いをした後に、話題を切り替える。
「てか、二人は買い物にでも行ってたのか?」
「そうだよ。春物の洋服買いに行ったりとかパフェ食べたりとか。わたしもまりちゃんも甘いものに目がないから。あっ。まりちゃんがパフェ頬張ってる写真もあるよ」
「せ、聖奈さん!?いつの間に撮ったんですか?」
「こっそりとね。一条くんも興味あるでしょ?見る?」
「恥ずかしいのでやめてください」
「でもすごく可愛いよ。こんなに美味しそうに食べるまりちゃん。ほっぺた抑えるところとか口元についたクリームを拭くところとか最後の一口食べるのがもったいなさそうにしてるところとか」
スマホを取り出して珍しく悪い笑みを浮かべた聖奈に、麻里花は慌てて止めに入る。
「そうだな。興味ないことはないが、今回は遠慮しておく」
こんな風に慌てふためく麻里花を見るのも新鮮で、聖奈をここまで言わしめるくらいの可愛い写真とやらも興味はある。が、麻里花の嫌がることは極力したくないしそもそも仕事中だ。
「その様子だとだいぶ満喫してきたな」
満足のいく買い物ができたかどうかは二人の隣に大量に置いてある紙袋と表情を見れば一目瞭然。充実した休日を過ごせていたことが見て分かった。
「うん。それで少し休憩しようってここに立ち寄ったんだ。麻里花ちゃんがここのスイーツ美味しいって教えてくれて、特にチーズケーキが絶品って言ってたから興味出てきちゃったんだ」
「まだ食うのかよ」
「甘いものは別腹ですから。それにしてもまりちゃんは前からここのお店知ってたの?」
「とある人からの勧めで来たのがきっかけで、それからちょくちょく……」
二ヶ月ほど前に渡した半額チケットのことだろう。麻里花も渡したその人物が目の前にいたので、名前はあえて伏せた。
とある人というあやふやな伝え方に疑問を持つかと思ったが、聖奈は「そうなんだ」の一言で済ませた。
「あっ。そういえば注文まだしてなかったね。わたしはチーズケーキとカフェオレでお願いしようかな」
「わたしはチーズケーキとモンブランとレモンティーでお願いします」
「かしこまりました」
結構食べるなと内心思いながらも、気持ちを店員モードへと切り替えると伝票に注文を書き進めていき、「少々お待ちください」と告げて、裏へと姿を消した。
☆ ★ ☆
麻里花たちも店を出たあともしばらく働いた祐馬は、労働時間を終えて着替えを済ませるとバイト先を後にしていた。
「一条さま」
祐馬のことをそう呼ぶのは一人しかいない。
足を止めると、金色の髪を靡かせる麻里花の側付きがいた。デニムパンツにトップスはカットソーにジャケットと、大人らしいクールビューティーな服装なだけに、語尾に「さま」を付けて呼ぶことにギャップを覚えそうになる。
「奇遇ですね。どうかされました?」
「一条さまはご昼食はもう済まされました?」
「いえ、これからです」
「でしたら、少し付き合っていただけませんか。お話ししたいことがございます。昼食代はわたしが持ちますので」
「……分かりました」
バイト帰りの祐馬を見かけて、わざわざ声をかけたのだ。呼び止めるだけだけの内容の話があるのだろう。その内容もおおよその予想はついている。
祐馬としても断る理由はなかったので、彼女の誘いに頷いた。
到着したのは少しお高めな洋食店。
外観、内装と共に綺麗でインテリアにも目を引かれる。案内されたテーブル席に腰掛けてメニュー表を見ると、一般人では中々手を出せない金額に祐馬の顔が引き攣る。
「好きなもの注文していただいて構いませんよ」
「いや、でも……」
「わたしが誘ったのですから遠慮しないでください」
「……じゃあ、ハンバーグセットで」
祐馬がメニュー表にあるハンバーグセットを指差すと、女性は近くにいた店員を呼び止めて注文する。程なくして店員はこの場を去り、再び二人だけの空間になった。
「それで、話ってなんですか?」
「――そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね」
この女性は祐馬の苗字は知っているが、祐馬はまだこの女性の苗字も知らない。
早速祐馬が話を切り出すと、彼女はコップに注がれた水を一口含み喉を潤したあと、口を開く。
「私、雨宮茜と申します。麻里花さまに支える側付きであり、麻里花さまの姉です」
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