ダイヤの原石
休日。
祐馬はバイト先であるカフェで制服に身を包み汗を流していた。
本来なら今日はバイトは休みなのでいつも通り家で過ごそうと思っていたのだが、前日に「欠勤者が出たから明日のシフト入って欲しい」と連絡を受けて、断る理由もなかったので代わりに出勤している。
平日に比べると人の出入りも激しいのでホールも厨房も目まぐるしく動いていた。祐馬はテーブルに置いてある空いた皿をトレンチに乗せて、持ちきれないものは腕を使って器用に運んでいった。
「お疲れ祐馬くん。休憩行ってきていいよ」
「分かりました」
食器を運び終えると祐馬を見かねた柊木が柔らかく微笑んで声をかけ、首を縦に振った祐馬は仕事場の裏へ向かい休憩をとる。広げた簡易椅子腰掛けて腰深くかけた。
「それにしても祐馬くんは本当に働き虫くんだねー」
「どうせ暇してましたしその分給料も貰えますから」
「入った当初は何も分からなくて戸惑っていた祐馬くんをわたしが一つずつ手取り足取り教えてあげていたのに気がつけばこんなに成長して……」
祐馬と同タイミングで休憩に入った柊木は、まるで我が子が成長したことに喜びを覚えた母親の如く感慨深く涙ぐんだ姿を見せる。聞き手によっては誤解を招きかねない発言にたまらず顔を顰めるが、祐馬たち以外誰もいないので口に出さないことにする。
柊木も祐馬といるときのみこのだる絡みをしてきて、第三者がいるときは普通の頼れる先輩として振る舞っているし、実際に仕事はできる人なので言うに言えないところはある。
ペットボトルを手にして飲料水を喉に流し込み一息ついていると「そういえばさ……」とスマホを片手にしていた柊木がちらりと祐馬の方を見る。
「突然なんだけど祐馬くんって彼女いないの?」
「まじで突然な話ですね」
なんの前振りもなく、なんなら先ほどの話とも一切関係のない切り替わった質問を投げかけられた祐馬はそう言わずにはいられなかった。
「いないですよ」
「ちなみに作る気は?」
「今はないです」
淡々と彼女作らない宣言した祐馬に柊木は「えぇもったいなーい」と口を尖らせる。質問に答えたのになぜ不服そうにこちらを見るのかと思っていると、こちらの考えを読み取ったかのように柊木が口を開く。
「祐馬くんは頭もめっちゃ良いしなんなら有名高校に通ってるしついでに顔も整ってるしスタイルも悪くない。各パーツがいいんだよね」
「はぁ……」
柊木は綺麗な指を折り曲げながら祐馬の外見や頭の良さなどを挙げていく。
いつもの揶揄ってくるような空気感ではない。異性の柊木がそう言ってくれるのはありがたいがいかんせん本人に自覚がないので、とりあえず頷いておくことにする。
「にも関わらず祐馬くんにこれほど女っ気がないのはいかがなものかと思いまして。髪セットしたりお洒落な服着たら絶対にモテると思うんだよ。きみはダイヤの原石なんだから」
「でも俺、お洒落とかあんま分からないし」
休日はジャージ。外出する時はトップスがパーカーに変わるだけ。それ以外の服となると大抵が白か黒の無難な服しか持っていない。服を選ぶ労力がもったいないと感じている祐馬にとっては服は着ることができればいいと思っている。
分かる分からないの以前に、そもそもお洒落に興味がないのだ。
「自分磨きは大切だよ。ダイヤは磨けば輝くけど磨かなければそこら辺の石と変わらない。今の祐馬くんはそこら辺の石と同義なんだよ」
「そこら辺の石って……」
「それに自分を磨くことによって自信が持てるようにだってなるんだ。自分に自信を持ってる男はカッコいいしモテるんだから」
自信を持ってる人はそれだけ頼り甲斐があるし尊敬もできる。まさに理想像そのもので祐馬とは正反対だ。
「わたしはね。後悔してほしくないんだよ」
「後悔?」
「高校時代にああすれば良かったこうしておけば良かったって。あの青春時代に戻りたくても戻れないんだからね。あれは高校二年生のとき……」
「あー。それ前にも聞かされたと思うんですけど」
その話の入り方はまだ垢抜けていなかった柊木が好きだった先輩に告白して振られた実体験を語るときだ。
そこから努力してダイエットやお洒落を勉強して無事大学デビューを果たした柊木だが、なぜか彼氏ができないことに嘆くまでがセットだ。
案の定、柊木はこの後もバイトがあるというのに目元は赤くなっている。
「なんで自分で始めて勝手に墓穴掘って泣きそうになっちゃうかなー」
呆れたように言った祐馬は、今にも泣きそうになっている柊木にティッシュボックスを差し出すと「ありがとー」と鼻をかむ。
「まぁわたしが言いたいのは、高校生って時期は今しかないんだから後悔しないように生きなさいってこと。勉強も大事だけど恋愛もめいっぱい楽しんでね。これお姉さんからのアドバイス」
菜穂はスマホをしまって立ち上がると「わたしは戻るけど祐馬くんはもう少し休んでていいからねー」とだけ残して仕事場へと戻る。
仕事もできるし揶揄ってくるが今みたいに気遣いもできるのだからなんとか報われてほしいと思いながら、柊木の言葉に甘えて祐馬はもう少しだけ休憩をとることにした。
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