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恵まれ

 その後の麻里花は普段通りの様子だった。

 クラスメイトに声をかけられたときは笑顔を浮かべながら話していて、動揺しているような素振りは微塵も見せない。先ほどのやりとりがなかったかのような落ち着きぶりだった。


 でも確かにあのとき、麻里花の声音は弱いもので壊れそうなくらいに脆いものだった。あれは間違いなく麻里花の心からの言葉だと思う。

 にもかかわらず、教室に戻った途端にまるで別人になったかのように何事もなくホームルームを過ごしている。


 あの日引っ越してきたのは麻里花と雨宮家の間にある確執が原因。その確執が何なのかまでは分からない。


 そもそもの話、祐馬が知る必要なんてこれっぽっちもない。祐馬が勝手に盗み聞きして、勝手にあれこれ考えているだけだ。


 (あの人たち……ね)


 その単語が指しているのは、おそらく麻里花の近しい人間。つまり家族だろう。だとしてもあんな風に呼ぶものかと疑問にもなる。

 きっと祐馬が思っている以上に、その溝は深いものなのだろう。


 接点を持つようになって一ヶ月半。少しは理解したと思っていたのだが、改めて麻里花のことは本当に何も知らないんだなと認識の甘さを実感させられた。


「――ま……おい祐馬!」

「んぁ」


 思ってもいない方向から声をかけられた祐馬は寝ぼけたような声を漏らして顔を上げる。そこには鞄を背中にかけるようにして持っている蓮司が祐馬を声をかけていて、その隣には聖奈の姿もあった。


「どうしたよ二人とも」

「どうしたよ、じゃねぇよ。もうとっくにホームルーム終わっちまったぞ」


 蓮司に呆れたようなように呟かれて祐馬が教室を見渡すと、もう数える程度の生徒しか教室にはなかった。当然、目の前に席がある麻里花もいなかった。


「いつ終わった?」

「ついさっき。何だ祐馬?もしかして寝てた?」

「いや、寝てはない」

「じゃあ考え事でもしてたの?」

「あぁ。ちょっとな」


 聖奈の質問に祐馬は頷きながら、空き教室から聞いていた会話を思い出す。


 萩浦がわざわざ麻里花を呼び出したということは間違いなくあの会話は誰にも聞かせたくなかったもので、実際そうだった。

 最後まで盗み聞きしておいて言えたことではないが、この話は他言できるようなものではない。


「あっ。もしかしてあれだな。自己紹介もう少し面白いこと言っておけば良かったって後悔してたんだろ」

「それはない。断言してやる」


 自己紹介は去年同様に手短に済ませた。

 変に張りきってその場を凍らせるなんてことは論外だし、そんな度胸もない。

 普通に学校生活を送ることができれば十分な祐馬にとって、そもそもあの場面は張りきる場ではないのだ。


 閃いたような顔の蓮司に対して祐馬は無慈悲なまでに切り捨てると、「まぁ祐馬の性格上、それはねぇよな」と蓮司は笑って続ける。


「それにしても祐馬が考え事なんて珍しいよな」

「そりゃ考え事の一つや二つあるだろ」

「何かあったの?わたしたちで良かったら相談にのるよ」

「おぉ。いつでもな」


 気遣って心配してくれた蓮司と聖奈の言葉に、祐馬は思わず吹き出してしまう。一人で急に笑い出した祐馬に蓮司も聖奈も困惑の表情を浮かべた。

 

「ど、どうしたの?」

「別に。ただ俺は恵まれてるなって思っただけ」

「なんだそりゃ」

「なんでもねぇよ。それより帰るから声かけてくれたんだろ。なら早く帰ろうぜ」

「ねぇ。今日どこか食べて行かない?」

「じゃあ祐馬が働いているカフェだな。友人枠で半額くらいにしてくれるぞ」

「できるかそんなこと。店が赤字になるわ」


 祐馬たちは笑いながら教室を去っていく。


 こうやって馬鹿話だってできるし、悩んだ時には嫌な顔をせずに相談に乗ってくれる。自分には出来すぎた友達だと思っているしこれからも仲良くしたいとも思う。

 本当に人に恵まれていると、祐馬は心の底から言える。

 

 だからこそ思う。

 麻里花には何か悩み事を打ち明けることのできる、真の意味で友達と呼べるような存在はいるのだろうか。辛いことや悲しいことがあったとき、寄りかかれる何かがあるのだろうか。


 それだけが祐馬の心には引っかかり、しばらく外れることはなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジャンルやパターンという概念がある以上、ある程度共通点があるのは必然ですので、そこまで気にすることではありませんよ。全く同じは流石にアウトですけど、まだこの作品は序盤も序盤ですし、これからの…
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