これでも王家血族なのですよ
「ああ、待ちなさい」
「お父様」
悄然と晩餐会の会場を立ち去ろうとするわたくしを、お父様が引き止めました。
そうでした。今宵この場には子爵もいらしているのでしたわ。
お父様は私の側まで来られると、殿下に一礼なさいます。
「殿下。それほどまでに厭われるのでしたら婚約の破棄は承りましょう」
「無礼だぞ子爵!貴様にも発言を許した覚えはないわ!」
「ですが、陛下の御裁可はおありかな?」
「なっ、貴様!無視とはいい度胸⸺」
「御裁可もなしにこのような騒ぎを起こして、後悔なさいますな」
「きっ、きさま⸺」
「では、これにて失礼」
お父様はそれだけ仰って殿下に背を向け、「さあ、帰ろうか」と腕を差し出して来ます。退場のエスコートをして下さるおつもりなのですね。
わたくしも殿下に背を向け、そのお父様の肘の内側にそっと手を添えます。そうして後ろで衛兵を呼びつける殿下をよそに、会場を出ました。騒ぎに気付いたお母様も歓談を中座して、すぐにわたくしとお父様に合流なさいました。ですので帰りは、一家揃って子爵家の馬車に乗りました。アロルドお兄様にご挨拶できなかったのだけが心残りです。
衛兵たちはわたくしたちを捕縛しませんでした。おそらく、陛下の御裁可がなかったからでしょう。
ああ。今宵のために集まった貴族当主の皆さまやそのご夫人、ご令嬢やご子息の皆様が集まる中、わたくしは辱められ、家名にも泥を塗られてしまいました。
何ということでしょう。これからどうしたらいいのかしら。本来ならわたくしと殿下の婚姻と、殿下の臣籍降下を発表する場だったはずでしたのに。
こんな事になって、殿下は無事でいられるのでしょうか。
まあ、もうわたくしが気にすることではないのですけれど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お父様はわたくしと王都の子爵邸に戻られたあとすぐに書状をしたためて、王宮へと使者を遣わしました。もちろん今宵の抗議の文ですわね。
そうしましたら数日後、わたくしとお父様は揃って王宮へと呼び出しを受けました。王命の書状であり陛下の御璽も確認しましたので、こちらは安心して応じることができますわ。
そうして通されたのは王宮の謁見の間でした。案内に従って扉の前まで進み、到着のコールとともに扉が開かれて、わたくしたちは中へと進みます。すでに中には陛下、王妃殿下、それに王子殿下がたが皆様お揃いで、すでに他国にお嫁ぎの第一王女殿下を除く姫殿下がたもいらっしゃいます。それだけでなく宰相閣下はじめ主要閣僚のお歴々や貴族院議長、さらには主だった高位貴族のご当主の皆様も揃っていらっしゃいます。
正直申し上げて、曾祖父の代からの借金を抱えて困窮している貧乏子爵家のわたくしたちだけが場違いな印象も受けてしまいます。ですが王命で召喚された以上、辞去することもできません。
まあ、その必要もないのですけれど。
頭を下げたまま中央まで進み出て、お父様とともに陛下にご挨拶申し上げます。頭を上げるようお言葉を賜わり、姿勢を正して玉座を見上げました。
そこには渋りきったお顔の陛下と、憮然となさる王妃殿下、それにあの夜と同じくお顔を嫌悪に染めた第六王子殿下。
「あー、此度は申し訳ないことになった。息女にはなんの瑕疵もないと明言致す。子爵よ、済まなんだな」
開口一番、陛下が謝罪を述べられました。それに驚かれたのが第六王子殿下です。
「なっ……!?父上、こやつらのような貧乏子爵家ごときに何を仰せられます!領地経営もまともにできぬような無能者ですぞ!」
「借金など過去のこと。子爵は立派に領地を守り、今や領民たちからも絶大な支持を得ておる。口を慎め」
そう、我が家は曾祖父が爵位と領地を賜った、まだまだ新興の子爵家。そして慣れない領地経営に失敗した初代と、二代目つまりお祖父様が多額の借金を抱えてしまったがために、お父様も困窮しわたくしたち家族も厳しい倹約のもと慎ましい生活を送らざるを得ませんでした。
ですが、それでも授爵の栄誉を賜った誇りだけは失うまいと、一族を挙げて今日まで頑張ってきたのです。そして第六王子殿下の婿入りを得て、王家からの支援で最後の借金も全て返済の目処が立ったところなのです。
三代目であるお父様は頑張られました。領政を見直し、無駄を切り捨て産業を振興し、今では領民たちからも慕われ他領からも視察に来られるまでになっているのです。もはや貧乏と謗られるいわれはありません。
口を慎めと陛下に叱責された殿下は鼻白まれましたが、それでも口を閉ざされませんでした。
「しかしそれでも!新興の子爵ごときを父上が立ててやる必要はありません!我が意を無視した不敬の件もあります!直ちに捕縛して獄に繋いで下さいませ!」
「愚かな。子爵家が王家血族であることくらい、そなたも知っていようが」
そう。我が家は爵位こそ低いですが、叙爵された初代の曾祖父が侯爵家に降嫁した王女殿下のご息女を妻に得たおかげで、我が家には王家の血が受け継がれているのです。
初代は騎士として王家にお仕えしておりました。その当時の王女殿下が隣国へ輿入れする際の護衛のひとりとして付き従い、その婚姻に異を唱える隣国の反対派の襲撃を受けた際、初代は身を挺して王女殿下をお救い参らせたのです。
その褒美として子爵位を叙爵されることになり、さらに望みのものをひとつ賜わることになって、初代は美姫と名高かった侯爵家のご令嬢を妻にと望みました。それが我が家の曾祖母で、当時の降嫁された王妹殿下の娘、つまりは王孫でした。
曾祖母は褒美として下賜されたことをお分かりになった上で、子爵家へ嫁いでこられたそうです。そして政略での婚姻でありながらも、終生愛を捧げ慈しんだ曾祖父に応えて、立派に家を盛り立てて下さったと聞いています。
王家の血を継ぐ家系は、直系三代までは『宗族』として遇され、場合によっては王位継承権さえ与えられます。四代目以降は継承権こそ得られませんが、六代までは『血族』として、王家の縁戚と認められ相応の待遇が約束されるのです。
そして我が家は、先々代である初代の妻が王妹殿下の娘、つまりわたくしの代で王妹殿下を初代として五代目、今はまだ父が当主ですから四代目の『血族』であるのです。
「もちろん承知しています!ですが、そうだとしても!」
第六王子殿下はそう大声で宣わり、わたくしを指差しました。
「この女は当時の王妹殿下から数えて五代目に過ぎません!王家の直系、嫡出である私の婚姻相手としては相応しくありません!」
あっ殿下、それは失言では?
ほら、側室のお子である第二王子殿下や第三王子殿下がギョッとされてますけれど?
というか、やっぱり殿下はご存知なかったのですね。
「……そなたは、何を申しておるのか」
陛下が呆れておられます。
「決まっているでしょう!王たる父上と王妃たる母上の子、正嫡の至尊たるこの私に、この女は相応しくないと言っているのです!」
堂々と胸を張って宣言なさる第六王子殿下。ご自分が今何を仰っておいでなのか、きっとお分かりでないのでしょう。
その自信満々な態度に、陛下はわざわざため息でお応えになりました。
「そなたの母、ここにおる王妃だが、隣国の姫であることは知っておるな?」
「もちろんです!我が国と隣国との永遠の友好を約して嫁いでこられたこと、知らぬはずがありません!」
「そうですわ陛下。わたくしは当王家に嫁いできたこと、両国の架け橋となれたことを誇りに思っておりますの。第六王子は王位を継ぐこと叶わぬでしょうが、それでももう少し良いご縁をお考えになって下さってもよいではありませんか」
あら。王妃殿下もこの婚約破棄にご賛成だったのですね。もしや、我が国の王家血族をきちんと把握されておられないのでしょうか?
陛下が残念そうな眼差しで王妃殿下に目をお向けになり、それで王妃殿下は口を閉ざされておしまいになりました。
代わりに陛下がお言葉を述べられます。
「王たる余の母、つまりそなたの祖母にして先の王妃も、他国から嫁いだ姫であった」
「もちろん存じております!国同士の婚姻は、友好を深め泰平を長く開く道でございます!」
ああ。つまり殿下は、ご自身もそうして近隣国との修好のために他国の婿となるか、あるいは他国から姫を迎えたいと、そういうおつもりなのですね。
「ではそれを踏まえて計算してみるがよい。直系で純血となるそなたの祖父王から数えて、そなたにはどれほど王家の血が継がれておるか?」
「…………えっ?」
そう。先代の陛下はその先代の陛下と、三代前の陛下の王妹殿下の娘である王妃様とのお子であられます。そこから二代続けて他国から王妃をお迎えしたのです。
つまり第六王子殿下の時点で、先々代の陛下から8分の1、先々代の王妃様から16分の1しか直系の血を継いでいないのです。
あ、お顔がみるみる青ざめていくところを拝察致しますに、ご自身は王家の血を100%継いでおられるおつもりだったようです。王妃殿下が他国出身な時点で、そんな事あり得ないのですけどね。
「そ……そんな、バカな……。私が……この私が、わずか18.75%しか王家の血を継いでいない……だと……」
【お断り】
血統は家系図を起こして間違いのないよう確認していますが、もしかしたら誤っているかも知れません。もし間違っていたらご指摘下さればありがたいです。
計算が苦手なので、もしかしたら血流量(%)も間違っている可能性も……(爆)。