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だめだったでござるよ。
ドロンしようとしたら下水道の入り口が消えた。
意味がわからないと思うだろ? 安心しろ、俺もそう思うよ。
だって、思わず二度見したからな。
目の前で通ってきた通路がぐにょぐにょ、とぶっといコードが新種の生物みたい動いて入り口を封鎖したんだぜ。
ファンタジー要素を楽しんでいたら、地下はSFってどういうことよ。
いつまでも通路をまじまじ見てもしょうがない。あまり目に入れたくなかったが顔を向けよう。
……う、うん。
どう見ても危ない交際をしているようにしか見えない。
黒いローブを被った二人の怪しい男性と女子高生のリン。
放課後の逢い引き、大人との熱愛。
過激なプレイ、犯罪臭がする交際。
ここから導かれるのは……ふ、不純異性交遊だろう。それしかない。
だ、だけどさぁ長命っぽいエルフのリンは果たして、本当に女子高生の年齢なのか?
もしかしたらむしろローブの男性二人がとんでもない若造になるかもしれない。
ご、ごくり。
俺には難題すぎる。とてつもない命題だ。
もっと時間がなければ解ける気がしない。あっても解きたくない。
おっとっと。
俺がくだらないことを考えていたら、ローブの一人が体を膨張させ、俺の顔目掛け黒い液体をぶっ放してきた。小さく首を横に倒し避ける。
ちらっ。
じゅぅぅぅ……
壁からすごい勢いで融解し黒いヤバそうな蒸気をあげている。しかもそこはさっき完全に塞がったはずの通路。
多分だけど……二十メートルぐらい穴が空いてる。
え、なんでわかったって?
俺のスーパー目ん玉にはズーム機能があるからな! ……というのは嘘で、ちょうど今いる場所へ来るまで丸い通路を二十メートルぐらい通ったからだ。
それまで明らかに下水道ぽかったのに、いきなりメカメカ感満載の丸い通路に壁中を走るゴツいコードの束。
怪しい匂いがプン〜プンしてたぜ。
あぶねっ。
気持ち悪いローブが突っ込んできたから、か細い腕を右から左へ薙ぎ払った。ブォォンッッ! とやっべぇ音が出たが気のせいだ。俺はただの人間、軽く振っただけなのにゴリラみたいな音が出るはずがない。
ちょっと太いけど俺にとっては弱々しい人間の腕だ!
ボゴォォンッと俺に黒い液体をぶっ放してきたローブの一人が壁にめり込んだ。
う、うん。俺は悪くないよねぇ?
君がいきなり突っ込んできたのが悪い。誰だって反射的に手を振るっちゃうよ。
あ。もしかして、この人リンの恋人じゃね?
……リ、リーン! も、もしお前の恋人だったらごめんな!
だってお前の恋人が攻撃してきたんだもん! てへぺろ!
アヘ顔から少し戻ったリンにウィンクしながら謝罪。小さく会釈しようと思ったが、すぐに体を後ろへ仰反る。
あっっっぶ、ねぇぇ。
ちょうど俺の上半身の位置辺りにいくつものぶっといレーザーが伸びてきていた。
どう考えてもやばい。だって触れてないはずなのに俺の可愛いキューティクルがくるんくるんに捻れて俺の肌に逃げ帰ってきてるもん。
絶対半端ない高熱のレーザーでしょ、触れたら上半身と下半身が泣き別れになるって確信できるね。
「きゃっ!」
チカチカ飛んでくるレーザーと格闘しているとリンの声が聞こえてきた。そっちを見れば、ぐるぐるに簀巻きされたリンが地面をゴロゴロ転がり、もう一人のローブの男性が地面で這いつくばっていた。
う、うん。
いくらなんでも特殊プレイすぎんよ。どういうプレイよ?
少し引いているとレーザーが止まった。右足に力を入れダッシュ。これ以上うら若き……う、うら若いはずのリンを肩に担いでローブの男から距離を取る。
「うぅんん。だ、だめぇぇ」
あの……リンさん? 俺の肩の上で変な声を出すのやめてくれない?
やたら色っぽい声を上げるリンに俺は困った。何が困るってそろそろ仲間たちがここへやってくる頃合いだからだ。
もし見られてしまえば俺は性犯罪者として豚箱に連れていかれる危険性。
背中に冷や汗をかきながら、リンのプレイ相手のローブを見れば左足がないはずなのにごく自然に立ち上がった。
ど、どうなってんのそれぇ?
どう見ても左足の方は太ももから下がないのに、普通の体勢で立っている。
「くっくく……アーッッハハハッハ!!」
いきなり狂ったように笑い始めるローブの男。そいつの頬からミチミチと気色悪い音が響くと、口裂け女のように耳元まで大きく口が裂けていった。
き、きも。
……うん。あのぉ、どうぞ好きに笑っていていいので、俺ちゃんそろそろ帰ってよろし?
ーラスング:██████ー
暗闇の中にいても、なお更に全ての光を喰らい尽くす漆黒の瞳。さまざまな魔力が漂っている空間を殺すほどの悍ましい魔力の奔流。
大きな魔染生命体を隔離するための部屋ですら、小さく感じるほどの巨大さ。いくつもの太い筋肉を束ね、圧しても抑え切ることができないほどに隆起した身体。
地上に醜い人間たちが蔓延っていた時代にいた地上最強の生物。恐るべき怪物。忌み嫌われた存在。
そこにいたのはまさしく人狼。
麗しき同胞、我ら魔族の同胞。
「面白い者が来たものだ」
ついつい歓迎するような言葉を出してしまった。そんな私へ横にいた同志がギョッとした顔で見てくる。
私は軽く肩を竦め、手品師さながら持っていた空の注射器を懐へ入れ、新しい注射器を同志の首に突き刺した。中に入っているのは自分達を新人類だと呼称する愚かなゴミたちがコソコソ研究していた代物。
様々な魔染生命体から抽出した魔因子を混ぜ合わせ、作り上げた汚物だ。
同志の両目からは赤黒い血液と、魔因子によってドロドロに溶けた脳脊髄液が垂れてくる。すぐさま同志の鼻や口からも大量の黒い魔髄液が噴き出すと、同志は当然ながら抵抗をしてきた。
私は左手で同志の髪を掴み上げ逃げられないようにする。
暴れる程度なら特に気にすることもない。もし私の体のどこかの部位が破損しても新しい物と取り換えればいいだけだ。
数秒足らずだが、すでに同志の身体から異音が聞こえてきた。同志を人狼の方へ放り投げれば、瞬く間に変態を始めた。ただ急激な変態のせいか、体は膨張し続け止まる様子がない。
とりあえず同志に人狼を任せるとしよう。
森人の小娘を担ごうと手を伸ばしながら顔を向けた瞬間、手が止まった。
先ほどまで黒く変色していた二つの目が元に戻っていた。昇堕していたはずの身体にも寸分も変化がない。
「……面白い」
小さく呟き、そのまま森人の小娘を担ぎあげれば、森人の小娘は暴れ回る。そのまま無視して緊急避難路に向かおうとした瞬間、ぷちんっと乾いた音が響いた。
「きゃっ!」
森人の小娘から漏れる声。理由は私が崩れ落ち、肩から森人の小娘を落としたからだろう。私は下半身に手を這わせ、目を向ける。
私の左足の大腿部から下がごっそり消えていた。
「めんどうな……」
同志に悪態をつきながら同志と人狼を見る。素晴らしき魔染生命体になれず醜い姿となった元同志。
身体中から魔髄液を噴き出して痛みに喘いでいた。
だから信仰心が足りない者を使いたくなかったんだ……そんなことを考えながら、私は右目に指を突っ込み、眼球をどかしながら奥にあるスイッチを深く押しこんだ。
魔国から盗み出した魔導科学兵器の魔術エネルギーレーザー。高密度の魔石から放たれるレーザーはあらゆる生物を中途半端に魔染生命体に変異させ融解する。
やたら仰々しい正式名称があった気がしたが、今の状況ではどうでもいい。
私の周囲三メートルを除き、存在する全ての生物へ魔術エネルギーレーザーが照射された。




