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ー20ー



 …………あれ?


 尻から一気に新しい尻尾を捻り出したら体からやばい異音。それに驚いて固まってたら、突然視界が真っ暗になったんだけど。

 (せわ)しなく周りをきょろきょろ。少しづつ目が慣れてくるが、どこまでも果てしない暗闇。


 う、うん。どういうこっちゃ?

 ようやく俺のスーパーボコボコシーンかと思ったら酷すぎない?


 とりあえず惚けていても状況は変わらない。てくてく足を動かし歩き始めた。



 はぁ……なんなんよ。



 歩いて数分。風景は相変わらず変わらない、誰も現れない。

 悲しくなった俺はその場で体育座り。


 ほけぇ〜っとボインさんのボインボインをボインボインする妄想をしていたら、俺の可愛い耳にきゃんきゃん聞こえる鳴き声が入ってきた。


 おん?


 ちらっと向けば可愛らしい黒犬。



 あ、どうも。



 とりあえず小さく会釈して挨拶してみれば、黒犬から飛んでくる呆れたような視線。なぜか無性に居心地が悪い。

 お座りしている姿は可愛いのに威風堂々。ただ、どこかで見たことがある佇まいだった。


 ……どこなく尻尾がよく俺に向ける視線に似ている気がする。人間の俺に尻尾が生えてくることは到底認められないが、とりあえず置いとこう。


 ふぅむ。それ以上にどこかこう、喉に骨が詰まったような……うーん。



 そんな俺へ黒犬がわふ、わふわふ! と鳴いた。



 ほっこり。


 あ! 思い出したぞ! 俺が昔飼ってたクロに似てる。

 というかクロじゃね? なんでお前、こんなところにいるんだ?


 小さく首を傾げると、クロがバカにしたような顔で真っ直ぐ走ってきて俺の太ももにガブリッ。



 いってぇぇ! 何しやがる!



 はぁ、はぁ。クロとの戦いは思った以上に白熱した。この真っ暗な空間の主人と言わんばかりに空中を飛んだり瞬間移動するもんだから、一方的にいじめられた。


 大の字になって呼吸を荒げていると、クロが俺の顔の近くに寄ってくる。


「わふっ!」


 クロはひと鳴き上げて、俺の頬っぺたを舐めた。


 真っ黒な空間がひび割れ、暖かい日差し。まるで泣き喚いていた赤子が母親の胸元に抱かれ、一気に眠くなるように俺の視界もぼやけていく。


 とてつもない眠気。そんな中、俺の手は自然とクロへ伸びる。



 かぷっ!



 あっ……こいつ……また……噛み……やがっ…………た。


 ジンワリ、と噛まれた手のひらは痛みよりも………。







 ーモニカ・R・ジェーン:主任ー


 白、黒。


 暖かい白。凍り尽くす黒。

 祝福する白。呪詛する黒。

 愛する白。憎む黒。



 白黒白黒白黒白黒白黒白黒白黒白黒。

 黒白黒白黒白黒白黒白黒白黒白黒白。

 白黒白黒白黒白黒白黒白黒白黒白黒。

 黒白黒白黒白黒白黒白黒白黒白黒白。



 視界から入ってきた白と黒は私の脳内を犯した。

 あるのは白と黒の単語。気が狂ってしまうほどの情報量。



 再生していた舌を再び噛みちぎる。しかしそれだけは白と黒の暴威の前には毛ほどにも意味がない。


「ガハァッ!!」


 口から夥しい量の涎が出てくる中、私の左腕が動いた。私の頭を開き、脳を掻き回す。それにより、ようやく意識が戻る。


「はぁ……はぁ……」


 左腕が汚染された脳を破壊してくれなければ、私は発狂するところだった。口の中に溜まる大量の液体。舌を噛みちぎったせいだろう。

 そのまま吐き出せば、赤色だった。


「……なんだ?」


 左腕をゆっくり眼前に持って来れば、脳汁もついていたが大量の赤い血液がべっとり。しかも魔染生命体に変異していたはずなのに、数秒ですでに元の人間の小さい手に戻っていた。

 すばやく口の中を再生した舌でモゴモゴ動かせば、鉄の味。先ほどまでα-319との戦いでは****による憎悪の腐った味しかなかったはずだ。


「一体、何が起きている?」


 ゆっくり両手で足や顔を触れば、一切の傷も痛みなく全回復している。身体に不調はなく、ほとばしる甘さを感じる絶頂。


 意味がわからない。

 理解ができない。


 研究者である私ですら見たこともない事態だった。そこへ大きな空間を包み込むに聞いたこともない声が響き渡った。



「WAOOOOOOOOOON!!!!」



 とても切なく、悲しくなる遠吠えだった。


 夕暮れ時に落ちていく太陽を眺める光景。愛した者が亡くなり、必死に笑顔を浮かべる感覚。


 胸に去来するのはどこまでも悲哀と憂鬱感。両目から溢れ出る熱い雫。咽び出る泣き声。ごちゃまぜになった感情はまるで子供のそれ。

 その場で子供のように泣きじゃくりながら、なんとか顔を上げた。



 一匹の巨狼。



 触れることすら許されぬだろう、神聖で神々(こうごう)しい狼がいた。

 おどろおどろしく吐き気を催す、醜い(おぞ)ましい狼がいた。



 忌み嫌われ、

 呪われ、

 迫害され、

 堕とされてもなお、



 神々(こうごう)しくも(おぞ)ましい、大神(オオカミ)がいた。



 神々のみならず、全ての生物から呪いと呪詛を一心に受けたのではないかというほど、黒く……黝く(くろく)

 全ての光を吸い尽してもなお、輝くことはない漆黒。


 見ているだけで心が浄化され、次の瞬間には発狂してしまいそうな吐き気。



 巨大な暗闇に浮かぶ二つの真紅のルビー。数千の生き物の生き血を吸ったほどに赤く、紅かった。

 見ているだけで心が奪われ…………。


「ぐッ」


 突如、左半身が暴れた。一瞬だけだったが左半身が完全に魔染生命体に変異するも、たちまち人間の身体に戻る。


 私はいったい……?


 思考が戻る。おそらく直視しすぎた結果による精神汚染だろう。すぐに目を背ける、だというのに身震いが起きる。再び脳内がかき混ぜられ、至福の快楽が沸々と揺れ動く。


「すぅ、ふぅ……」


 一度深呼吸して落ち着かせる。すると自然と一気に心が落ち着き、汚染されるような感覚が減った。


 警戒しつつ心を強くしながら目を向ければ、大神(オオカミ)は残像をいくつも作り出しながらα-319を翻弄していた。

 α-319は黒い蒸気を発しながら今までのように舐め腐った戦いではなく、闘争心むき出し。大神(オオカミ)に攻撃をするが何ひとつ当たらない。


 嵐のような攻防に見ているだけで眼球に疲労が蓄積していく。一度、目を閉じた瞬間、大神(オオカミ)が消えた。周囲を見てもどこにもいない。


 ぷしゃァァあ、と壊れた噴水が吹き出す音。発生源を見ればα-319にあったはずの四本の腕がごっそり根元から消え黒い液体を噴き出していた。


「なんだこれは……何が起きている!?」


 いつのまにか音も立てず、大神(オオカミ)はα-319の傍でリラックスしているように佇んでいる。

 α-319も腕がなくなったことに気づいていない。いや、脳が理解していることを拒絶しているんだろう。見てる私ですら目まぐるしい状況の変化に追いついていない。


 α-319は呆然とした表情でゆっくり、消えた腕の位置に視線を向け、少しずつ顔を苦痛に歪め口を大きく開いた。



「ギァヤアアアアアア!!!!」



 まるで駄駄を捏ねる少年。拳を乱雑に振り回しながらα-319は大神(オオカミ)に突進。しかし当の大神(オオカミ)は突っ込んでくるα-319に、脅威すら感じていないのか大きく欠伸。


 もう少しで巨大な魔導機械ほどの大きさであるα-319が大神(オオカミ)に当たる瞬間、α-319の頭がゴトリと落ち、大神(オオカミ)が消えていた。頭部を失ったα-319はそのまま少しずつ失速しながらも壁にぶつかると、それ以上起き上がることはなく倒れた。



 あれはなんだ?

 どういうことだ?

 α-319を瞬殺だと!?

 あれは本当に(人狼)なのか?

 昇堕……か?


 ありえない、ありえないはずだ!

 万が一そうだとしても、なぜあんな****の影響を受けていない姿なんだ! 



 頭の中を埋め尽くす疑問。いくら推測を並べても答えは出ない。


 混乱していると、大神(オオカミ)が私の目の前にいた。目玉をぎょろぎょろさせながら(つぶさ)に観察する。色は黒く、大きな手足。悍ましい****だが、それ以上に日差しのようなポカポカした魔力。吐き気を及ぼす二つの目玉。私が人間だとしても美しい顔立ちに見える。


 その時、大神(オオカミ)は悲しげなような表情で私を見る。


 体が硬直した。


 大神(オオカミ)の瞳は何も映していない。遠くを見ていない。世界に希望を抱いていない。世界を憎んでいない。

 ただそこにいるように見え、そこにいない。


 どこまでも続く深淵のように、どこまでも暖かい奈落へ落ちていくように…………


 私が凍りついていると、大神(オオカミ)は私からゆっくりと視線を外す。


 ワーム、アルラウネ、悪魔の書に顔を向け、大神(オオカミ)は私へ何かを伝えるように再度視線を合わせてきた。



 ゴク、リっ。



 思わず唾を飲み込んでしまった。嫌に大きな音が響くと、大神(オオカミ)は微笑んだように優しい目を浮かべた。そしてゆっくりとした動作でその場で体を伏せると目を閉じる。


 まるで永遠の眠りにつくように、大神(オオカミ)は私の目の前で動きを止めた。


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