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剣が支える世界。暗き日常の終わり

五百年前。まだ空は青く緑の名残がある頃、陰りを見せぬ緑を求めてこの地にやってきました。

辿り着いた魔力の水に溢れる約束の地から人は鉄を掘り起こし、木々を組み立てて都市を作りました。


安寧は、長くは続きませんでした。

魔は夜闇に紛れて、人々を襲い始めたのです。

魔は人々の身体のみならず、魂を削り取っていきました。そこにいるだけで、どんなに屈強な戦士も、一人また一人と膝をつき、力尽きていったのです。


恐怖に震える夜が続きました。

誰もが終わりを待つだけだと諦めかけたその時、一人が立ち上がりました。

彼は剣を持っていました。希望に満ち溢れる、光輝く剣でした。誰が用意した訳でもありません。ある人は言いました。その剣は彼の胸から引き抜かれた剣。魂でできた、生ける剣だと。


彼が剣を振るうと、空が裂けて地が震えました。その剣の一振りで、魔は退けられたのです。

人々は歓喜に沸きました。彼は英雄と讃えられ、皆の指導者となりました。

彼は二度と魔が現れないように、残された緑と人々を守る障壁を立てました。



―――そして五百年後の現在。

吹き荒れる砂嵐や魔……『ロスト』から隔絶する為に、障壁は金属で固められ、空は鉄よりも固いガラスで覆われた箱庭。誰しもが魂の剣『シュヴァー』を持ち、残された恵みを大切に使い、剣と機械が人々を支配する王国『アルファング』が繫栄していました。ロストを追い払った若者の子孫である王族や貴族が住まい、魔力が宿る水【レナス】が湧き出る上層区、農民や職人が働く中層区、鉱山資源が掘り進められる下層区に分けられ、人々は生活を営んでいた。


「おい返せよ。それは俺の獲物だぞ」


下層よりも更に下、クレバスのように深い地下の大穴【アビスホール】の底辺、通称最下層区に住む青年シェイもまた、アルファング王国に生きる一人だ。

ここに住むのは、空という存在そのものをずっと前に忘れてしまった人ばかり。許されざる罪を犯した人とその家族、陰謀に巻き込まれた人、狂ってしまった人達が(シュヴァー)を折られて廃棄される。仄かに光る苔、それを養分にする小さなきのこ、或いは豚と見紛う大きさの毒虫を巡って、人々は睨み合いを続けていた。


「やだねガキ。この前はオレの獲物取っただろ? お互い様って奴だ」


シェイに突き付けられる、折れた(シュヴァー)。根元は黒ずんでいて、割れ口は歪に尖っている。(シュヴァー)同士の斬り合いでは不利を取るだろうが、(シュヴァー)を持たない彼にとっては折れていようといまいと同じだった。


「っざけんなよ―――」

「ッツ、このガキッ! 大人しくしろッ」


そんなことは慣れっこだ。生き馬の目を抜くこの空間ではビビったら死ぬ。だからシェイは迷わず男の懐に飛び込み拳を振るう。だが体格差のある男を殴り飛ばすには至らない。反撃とばかりに(シュヴァー)の柄が彼の背を鈍く抉る。

肉を貫通し内蔵まで響く衝撃に呼吸が止まる。消えそうな意識を喰いしばって耐えるが、身体は痺れて湿った地面に転がり落ちる。間もなく腹部を鋭く蹴り上げられ、シェイは声にならない声を上げた。


「がはぁッ、ちく……しょうが」

「二度と立ち上がんじゃねぇよクソガキ。くたばりやがれ」


トドメと言わんばかりに欠けた(シュヴァー)が向けられる。今更殺す事に躊躇いは無く、今殺さねば己が殺される。それが最下層の常であり、ルールだ。

だが、この最下層にはもう一つの、否、()()()()のルールがあった。


「ちょっと待った待った、お前らそりゃ無いだろう? この間団結するって言ったばっかじゃないか!」


男の肩を掴んで、シェイの間に割り込む若者。ガタイの良さは片手で男を抑えられる程であり、折れた刃はからりんと地面に落ちた。

若くどっしりとした肩の上に置かれた頭は、怒りでなく呆れ半分に二人を俯瞰していた。


「……おう、アトラ。お前んとこのシェイが生意気だからな、懲らしめてやったんだ」

「誰が頼んだよそんなこと。だいたいそんなワーム独り占めしても腐らせるだけだろ、勿体ないじゃないか」

「そりゃそうだが、このガキが分け合うようにゃ見えないだろ!?」

「あぁ、だから俺が来たんだ。可食部の切り分けとかしてやるから、ちゃんと待ってろって話。そもそもお前ら、この虫の捌き方、分からないだろ?」


苔やきのこを食い荒らすだけの毒虫の活用方法を持ち込んだのは、このアトラという男だった。数年前に下層から落ちてきた彼は、最下層の人々が知らぬ知恵と統率力を持っていた。


「……あー、そうだな。じゃ、俺に取り分多くしてくれよな。頼むぜ」

「任せとけ、丁度いい分量を分けてやるからな」


上機嫌に去っていく男を見送ると、アトラはシェイの腕を掴み、引き上げるように支え、立ち上げる。


「お前は小柄なんだから喧嘩には向いていないだろ。(シュヴァー)も持ってないんだからもっと自愛しときな」

「るせぇ。ほっといてくれよ」


ガラス片のようなナイフを取り出すと、慣れた手付きでシェイが倒した虫の関節、殻を切り離していく。癖のある粘液に纏われながらも、ブリブリとした肉質が瞬く間に量産されていく。


「食うか、シェイ」

「俺の獲物だ、当たり前だろ」


剥ぎ取りたての生食可能な部位を貪る。ぬたぬたとした食感の奥には苦味と甘味を感じる。だがシェイは殊更これが美味とは感じていなかった。そもそも生涯で食べたことがあるものが虫の他には苔ときのこだけなのだから、比較するだけの味の種類が存在しなかった。


「……ありがとな、アトラ」

「どの部位をどう切り分けるかは俺達の勝手だ」


特に質の良い部位をつまみ食いしつつ、解体が完了。殻の上に肉を盛り付けると、それを引きずってアトラは暗がりのスクラップの中を歩いていく。シェイもそれに付いていこうとしたが、アトラはそれを片手で制した。


「気持ちはありがたいが怪我を直してからだ。いつも言っているだろ、体力は温存しておけって」

「分かってる……って、くっそ……。でも貰ったからには何か返したいんだ」

「じゃあ部屋の片付けだけ頼むぜ。こればかりはどうにも苦手でなぁ」


アトラが言って立ち去るのを見届けると、地面と壁に生える苔の明かりに照らされた道を辿り、シェイは一足早く帰路に付いた。空腹が満たされる程に食糧にはあり付けたが、狩りで費やした体力と、喧嘩で貰った痣の分で、実際はプラスマイナスゼロ、という所だった。

ガラクタを組み合わせて作った小屋。鍵なんて存在しないアトラとの相部屋に戻ると、彼は疲れ切った身体を板と布だけで作ったベッドに横たえる。

片付けを頼まれてはいるが、実際の所あれは方便のようなもの。本人の言う通り、いや言う以上にアトラは部屋をガラクタだらけにしてしまう。幾ら掃除をした所で何の甲斐性も無い。だから、あれはシェイにとって「とっとと休め」以上の意味は無かった。


「……ふぅ」


身体を寝かせながら、今日起きたことを思い返す。毒虫退治以外は特に思い出すに値しない記憶。最下層の連中の昔語り。折れた(シュヴァー)をさも誇らしげに見せびらかし、昔は炭鉱夫をやっていた、騎士をやっていた……意味の分からない話ばかりで、苛立った。どうして自分には(シュヴァー)が無いのか、訴えても意味の無い嫉妬と憤怒ばかりが微睡の中で再び加速した。


―――ギギギギギギギギッギ!!


「っ!!」


聞いたことの無いような音で目が覚める。金属が抉れて削れるような音が耳を劈く。シェイは上体を起こし、辺りを見回した。

アトラがまた何かをやったのか。否、アトラはどこにも、ベッドにもいなかった。それでいて室内は散らかったまま。つまりあの轟音はここで鳴ったものでは無い。


―――ガガガガガガガガッ!!!


先程とは違う音が響く。今度は明確に、小屋の外から聞こえたのが分かった。喧嘩と暴行以外には静寂が支配するこの闇の世界で、それが何かの予兆であることを感じさせるには十分だった。

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